魔術学院の入学試験1
あれから三日が経った。
今日が魔術学院の入学試験であり、規定の時間が近づいてきていた。
リトリスは一人で王立アストゥラ魔術学院の土を踏む。
「なんとか間に合いましたわね」
実を言えば、入学試験にやってきた人々の中でリトリスが最後の一人だった。
リトリスは入学試験までの時間のうち、食べる時と寝る時以外のすべての時間を新魔術理論へとつぎ込んでおり、ギリギリまで時間を使ったのだ。
「リトリス・マギ・コーデリアと申しますわ」
受付に名前を名乗り、入学試験が行われる教室へと案内される。
リトリスが教室に入ると、他の者はすでに着席をし終えていた。
静かな空気の中で緊張感が高まってくる。
しかし、リトリスに憂いはなかった。
なぜって、自らの魔術に対する知識に絶対の自信を持っているからだ。
これから始まるのは筆記試験。
魔術が使えなかった分、魔術理論だけは完璧に頭に叩き込んでいる。
筆記試験で自らが遅れをとるなどあり得ないと考えていた。
「これより試験の説明に入る」
規定の時間になり、教員が試験の説明を始める。
リトリスは静かにそれを聞いていた。
……さて、魔術学院の入学試験だが、それには筆記試験と実技試験の二項目が存在し、まずはこの筆記試験で十分な点数を取る必要がある。
点数を取れば上級クラスに入れるし、点数が振るわなければ低級クラスに入れられる。
なお、点数を取る必要があるとは言ったが、魔術学院の入学自体は基本的にすべての者が許可される。
それこそ、魔術が全く使えないとかではない限りは。
ではなぜ試験に対してリトリスが全力を尽くすのかと言えば、クラス分けの持つ意味が大きいからだ。
普通の学院であればクラス分けが異なった程度ではそこまで大きな差はないが、この魔術学院はほとんどの者が魔術師……つまりは貴族である。
学院では貴族としての地位で融通を利かせること自体は禁止されているが、周囲からどのように評価されるかまでは禁止することが出来ない。
万が一底辺クラスになど入ってしまえば、それは家の価値を落とすことに繋がると言っても過言ではなかった。
無論、リトリスが目指すのは最上級クラスである。
「説明は以上だ。試験開始!」
教員の言葉以外何も聞こえなかった静けさから一転、皆が答案用紙に回答を書き始める。
リトリスは問題用紙を一瞥し、すべての問題に簡単に目を通したところでフーっと息を吐き出した。
――これなら全部回答した上で、二十分は残りますわね。
当然それらの問題は、新魔術理論を自らの身で体験したリトリスからすれば、少なくとも半分以上は誤った理論であることが理解できてしまう。
新魔術理論のことを書きたくなる気持ちも多少はあったが、試験で大切なことは「採点者の望む答えを用意すること」にほかならない。
リトリスはそれが分かっているので、点数を取るのに必要な回答というものを書き込んでいった。
そうして書いていくうちに、回答を半分以上書き終える。
このときには、リトリスはすでに実技試験のことを見据えていた……
*
「続いて、実技試験の説明を行う。その場で待機するように」
そう言ってこれまで筆記試験の監督をしていた教員が立ち去る。
筆記試験が終わり、入学希望者たちは校庭へと集められていた。
ざっと見渡す限りでは、今年の入学希望者は100名ほどだろうか。
屋外ではあるが前方には横に長い机が置かれ、五人の教員が座っている。
おそらく、あの者たちが実技を審査するのだろう。
少しすると、そのうちの真ん中に座っていた赤髪の教員の男が立ち上がり、説明を始めた。
「これより実技試験の説明を行う。内容は簡単だ。一人ずつ前に出て自らの使える魔術を使っていってくれ。それだけでいい。審査を担当するのはこのオレ、ダヴラフィ・マギ・オルデガルトと4人の教員だ」
その男が喋り始めると、入学希望者が少しざわつく。
そのざわつきは憧れの有名人が突然目の前に現れたときのそれと同じだ。
ダヴラフィ・マギ・オルデガルト……コーデリア家と同じくこの国に四つしかない大公の地位を持つオルデガルト家の魔術師である。
その卓越した魔術の才能と、彼の使う魔術のとある特徴から、”最高の魔術師”と称されることも少なくない人物で、魔術師からすれば憧れの存在だ。
だが、変わり者としても知られていて、大公家の者でありながら魔物を狩る冒険者として活動していたり、このように何故か魔術学院で教員をやっていたりする。
噂でしか聞いたことなかったが、どうやら本当だったようだ。
「さぁ、順番にどんどんやってくれ。君らも日が暮れる前に終わりたいだろう」
この一言で実技試験が始まる。
入学希望者たちは並んでいた順番に端から教員たちの前に出ると、名乗ってから魔術を使っていく。
手から火を出す者。
水を出す者。
風を起こす者。
地面に触れて隆起させる者。
それぞれが使える魔術を使っていく。
その中でも特に目立っていたのは……
「ロシュール・マギ・マグヴァリス、このボクの魔術をお見せしましょう」
ロシュールと名乗ったいかにも偉そうな金髪の少年……彼もまたこの国の大公であるマグヴァリス家の者だ。
偉そうな態度も納得である。
実際、偉いのだから。
ロシュールは同時に、両手を上に向けて横に掲げた。
「雷と闇の力を見せてあげましょう」
右の手から上空に向かって放たれたのは鋭い雷……
そして、左の手から上空に放たれたのは真っ黒な闇であった。
上空に突き立つ雷と闇の柱は終点が正確に見えないくらいだ。
その威力は明らかにこれまでの入学希望者が見せてきた魔術とは一線を画している。
加えて、驚くべきは威力だけではない。
「まさか……”ダブル”か!?」
見ていた入学希望者と教員たちの間にざわめきが走った。
……基本的にこの世界の常識では魔術師は一つの魔術を使うものだ。
例えば火の魔術を使える魔術師ができることは、手から火を出すというただ一つのことだけだ。
では、優秀な魔術師とそうでない魔術師の違いがなにかといえば、それは魔術の威力だったり、出したものをどのくらい操ったり変性させたりできるかだった。
ただ手から火を出すだけの者と、空高くまで火柱を立てられる者と、火で空中に文字を描ける者ではそれぞれ評価が異なるのは分かるだろう。
しかし、魔術師の優秀さを決めるのにそれ以外の要素が一つだけあった。
その例外が”ダブル”、魔術を二種類使える者だ。
ダブルはかなり貴重な資質で、国内にも数えるほどしか居ないと言われている。
「以上になります」
してやったり、と言った顔つきでその場を後にするロシュール。
下々を見下したようなその目は不快感を覚えるものだが、実力は折り紙付きと言ってよいだろう。
さすがはマグヴァリス家の者だ。
「おい、見たかよ。あれはヤバすぎんだろ」
「一気に自信なくしたわ……」
見ていた者たちも思わず威圧されたようだ。
それでも、実技試験は続いていき、しばらくしてリトリスの番がやってきた。
「リトリス・マギ・コーデリアと申しますわ」
大公家であるロシュールの実技が終わりました。
それではリトリスの実力は……?
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