互いに相手の才能を認めた瞬間
「それじゃあ、さっきの魔力が体内を流れる感覚というのは理解できたか?」
「だいたい分かりましたわ。と、いうよりも、さっきの体験で完全にワタクシの中にある魔力というものを知覚致しましたわ。今も分かりますもの」
「……本当に逸材というほかないな。俺が魔力を意識できるようになるまで一ヶ月くらいかかったというのに」
知っての通り、ベインは新魔術理論を自身の身体で試していた。
……しかし、結果だけ述べてしまえば、ベインの持つ魔術の才能はイマイチと言うほかない。
体内の魔力が少ないのか、手のひらからちょろちょろと水が出せるだけで大規模な魔術を使うのは不可能だったし、そうやって魔術を使えるようになるまでもものすごく苦労していた。
そのため、リトリスがこんなにも簡単に魔力を意識できているというのは、ベインにとって信じられないことだったのだ。
「別にそれでもよろしいんじゃありませんの? ワタクシはほぼありとあらゆる才能を持っていますけれど、あなたはワタクシより魔術研究の才能を持っているのは確かですわ。別に、研究の才能がある人が自分で魔術を使う必要などありませんもの。適材適所、それが原則でしてよ」
魔術師の家系に生まれた者がそのような発言をするのは珍しい。
ベインがこのような考えに触れるのはオースレンに続いて二度目である。
はっきり言って、この国では魔術師と凡民という区切りが根強く存在しているため、そのような考え方は一般的ではないのだ。
実際に魔術の力が強いせいもあるが、魔術師一人の価値は凡民が何十人集まっても勝てるものではなく、貴族たちはほとんどが魔術師の一族となっている。
ベインははっきりいってこの考えが嫌いで嫌いで仕方がない。
リトリスのこの言葉は、ベインの心を揺さぶるには十分な威力があった。
「……リトリス、お前のことを見くびっていたと謝罪しよう。すまなかった。お前の才能は確かなもので、新魔術理論を教えるのに相応しい相手だ」
「分かれば結構ですのよ」
リトリスはすまし顔だ。
「本当は明日になると思っていたが、早速次のステップに進むとしよう」
そう言ってベインが取り出したのは、また同じような魔法陣の書かれた紙だった。
先程のものとは少し魔法陣の模様が異なっているように見える。
「先ほどと同じようにこの紙に魔力を流してもらいたい。ただし、今度は体内の魔力の流れを意識するのではなくて、魔力が別のものに変換されるその瞬間の魔力の流れを意識してみてほしい」
「承知しましたわ」
リトリスが紙の上にそっと手を重ねる。
さきほどは時間がかかったが、今回はすぐに変化が訪れた。
「ゆっくりと魔力の変化を感じ取ってみますわ」
紙と手のひらの間から溢れているのは光だ。
ぼんやりとした小さな明かりではあるが、確かに光を放っている。
そのまましばらく光り続けると、徐々に明かりは小さくなっていった。
「……あれ、おかしいですわね。魔力を弱めたつもりはないのですけれど」
「ああ、それは魔物の素材による魔力の自動変換が長くは保たないからだ。魔力を流していたらそのうち使えなくなる」
ベインは紙を掴むと、もう用はないと言わんばかりにくしゃくしゃに丸めて捨てた。
「それで、どうだ。変換されるときの魔力の流れはわかったか?」
「ええ……なかなか複雑でしたけれど、ばっちり覚えておりますわよ」
「それは良かった。あとはひたすらその流れを完璧に再現するだけでいい。始めは無理かもしれないが、何回も使っているうちに……」
――と、喋っている途中で突然目の前が真っ白に包まれた!
まばゆい光。
太陽を直接見てしまったときのように、思わず目をつぶって手で覆う。
少ししてゆっくりと目を開けると、リトリスが地面に手をついていた。
「大丈夫か!?」
慌てて声をかけると、よろよろとリトリスが起き上がる。
「わ、わ、わ……な、何が……」
わたわたと慌てるリトリスだったが、ベインをそっと一瞥するとオホン、と咳払いをして元のように胸を張った。
「取り乱してしまって失礼いたしましたわ」
「まぁ、無事なら良いんだが」
「言われたとおりに魔力の流れを再現したのですけれど、どうも魔力を込めすぎてしまったようですわね」
そのリトリスの発言に、本日何度目か分からない驚きの表情を浮かべるベイン。
「まさか……今のはリトリスの使った光の魔術なのか……?」
「おそらくはそうだと思いますわ」
そう言って、リトリスは手を前にかざすと、手のひらから眩しくはない程度の光を作り出す。
これは明らかに”魔術”であった。
「やはり先程は力の調整を間違えてしまったようですわね」
「いや、そもそも一回でできるようなものじゃ……」
ベインが水の魔術を一回使うまでに要した時間は実に半年以上だ。
これではベインの立つ瀬がない。
「……だが、たったこれだけの時間で魔術を習得してしまうってことは、この先新魔術理論のすべてを教えて訓練を重ねたら一体どうなるってんだ……!」
……とはいえ、ベインにしてみれば、それ以上にリトリスの魔術師としての可能性を見いだせたことが嬉しかった。
自らの作り出した新魔術理論という道具を完璧に使いこなす可能性を持った逸材が目の前にいるのだ。
気持ちが高ぶるのも無理はない。
「ワタクシがすごいのは当然として、この新魔術理論というものも素晴らしいですわね。まさか、本当にワタクシが魔術を使えるとは……!」
一方のリトリスも、一呼吸ついたことで気持ちの高ぶりを感じていた。
リトリスはこれまでの人生で自分は才能に満ち溢れた人間だと確信していた。
しかし、それは肝心の魔術の才能がないことへの不安の裏返しだった。
確かにリトリスは非常に多彩な才能を持ってはいたが、魔術師の家系で魔術が使えないという欠点は、この国では致命的な穴と言うほかない。
自信があるように振る舞うことで、その穴を隠そうとしてきたのだ。
それがどうだ。
新魔術理論を元に魔術を使えなかった自分が魔術を使ったのである。
光を放つだけという使い道も限られているような至極単純な魔術ではあるが、自分が魔術を使ったという事実には変わりない。
リトリスは自らに欠けていたピースがハマったような感覚を味わっていた。
そして、目の前の男の凄さを実感する。
一見すれば簡単な手順であったようにも思えるが、このような理論は一朝一夕で作り上げられるものではない。
今の魔術理論とは全く異なる方法で魔術というものを探求している。
この理論がどれほどの情熱と時間をかけて作られたのか、検討もつかなかった。
「ベイン、新魔術理論をもっとワタクシに教えなさい。ワタクシは結果という形であなたの理論を実証してみせますわ」
「言われなくても教えてやるさ。貴重な実証データなんだしな」
この短時間の間に、二人の中に互いへの信頼感のようなものが芽生えていた。
二人が相手に思っていたことはただ一つ。
「ベインは世界を変える人物だ」
「リトリスは世界を変える人物だ」
……魔術学院の入学試験まではあと三日。
二人は互いの才能に気づきました。
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