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新魔術理論とリトリスの才能

「まず、初めに言うことがあるとしたら、これまでの常識は捨てろってことだな」

「常識……例えばなんですの?」

「まず、神の加護なんてものない。魔力というものの存在を認識してもらう」

「神の加護を否定するなんて、大きく出ましたわね」


 ベインは手始めに新魔術理論の基礎をリトリスに説明していく。


 この世界において魔術とは神に選ばれし者だけが使える超常の力である。


 例えば、火の神の加護を受けたとされる者は手から火を放てる。

 例えば、水の神の加護を受けたとされる者は手から水を放てる。


 大前提の認識として、魔術とは神の加護によって引き起こされるものなのだ。

 リトリスのような例外もあるが、神の加護は基本的に親から子に引き継がれていくものとされ、親の使える魔術を子は引き継ぐ。


 あくまで神に愛された”選ばれし者”が使えるのが魔術である、としているのが従来の魔術理論だ。


 一方で、ベインの新魔術理論において神の加護などというものは存在しない。

 魔術とは魔力という体内のリソースを使うことで発動するものだとしていた。

 すべての人が魔力という力を持っていて、それが多いか少ないかの違いしかない。


 神の加護を魔力と言い換えただけではあるが、ベインからしてみれば魔術は神などという超常の存在に与えられた力ではないということを言いたいのだ。

 魔術とは、人の手でコントロールする自らの力なのだから。


「つまり、ワタクシの体内にあるその魔力とやらを使って魔術を起こせばいいと、そういうことですのね?」

「飲み込みが早いな」

「でも、そうするならば、なぜワタクシは魔術が使えないんですの? それに、魔力を全員が持っているとするなら魔術師と凡民などという区別が作られたりはしませんわ」

「それについても説明しよう」


 新魔術理論において、今現在の魔術師は「生まれながらにして自動的に魔力を魔術に変換できる者」という位置づけにある。


 魔力を魔術として出力するには変換が必要であり、変換するためには体内の魔力を特定の手順で体外に放出しなくてはならない。

 この変換は練習次第で誰でも身に着けられるものだが、今の魔術師はその練習過程をすっ飛ばしているというのが新魔術理論の解釈だ。


「なるほど、よく分かりました。つまりワタクシがやるべきことは、魔力を魔術に変換するための魔力の流れを身につける、そういうことですわね?」

「そのとおりだ。あまりに飲み込みが早いが……魔術が使えないからと今の魔術理論を全く知らないなんてことはないよな……?」


 魔術学会では総バッシングにあった理論である。

 当然、リトリスにとっても理解し難い内容が多分に含まれるはずだ。

 にも関わらずリトリスは理解が早かったので、これまでの魔術理論を知らなかったから知識を吸収しやすかったのではないかと考えたわけである。


 だが、リトリスの返答は意外なものだった。


「ワタクシのことを見くびっているのではなくて? 魔術学院に入るのに必要なのは当然今の魔術理論の知識に決まっているでしょう。ワタクシは魔術が使えないこと以外は完璧だと申し上げたはず……お耳が遠くて聞こえなかったかしら?」

「それはすまなかった。だが、新魔術理論を信じてくれたのはオースレンじいさんくらいだったもんでな……」

「信じる信じないなど二の次でよろしくてよ。ワタクシは全力を尽くす。あなたも全力を尽くす。結果としてワタクシが魔術を使えるようになるのかどうか、それだけが大切なことですわ。それとも、新魔術理論はあなたの妄想なのかしら?」

「それだけは違う! 新魔術理論は俺の研究成果なんだ!」


 ベインは新魔術理論を妄想なのかと問われ、思わず大声で言い返してしまう。


「だったら、結果で示してみせなさい」


 ベインにとって、新魔術理論を否定されることは一番イヤなことだった。

 さきほど魔術学会で目の前で魔術を使ってやったにも関わらず、すべてを否定された悔しさは胸に残っている。


 このリトリスの一言は、見事にベインの心に火をつけたのだった。


「そういうならお前に新魔術理論のすべてを伝授してやる。絶対に途中で泣き言なんか言うんじゃないぞ」

「望むところですわ」

「それじゃあ、お望み通り早速始めよう」


 ベインは懐から一枚の紙を取り出す。


「これはなんですの?」


 ベインはリトリスの前の机にその紙を広げた。

 その紙に描かれていたのは手のひら大くらいの変な模様である。


「これは魔物の素材を使って描いた魔法陣だ。独自に調べた魔力と親和性の高い素材を使っている」


 その魔法陣の真ん中を指差してベインは説明を続けた。


「ここに手のひらを乗せるんだ。もし本当に完璧だって言うのであれば、自身の魔力の流れを感じ取ることができるはずだ」

「分かりましたわ。やってみましょう」


 リトリスが紙の上に手を重ねた。

 そのままリトリスは首をひねったり、じっと手のひらに目線を集中させてみたりしている。

 しばらくして、リトリスが何かに気づいたという様子で口を開いた。


「なんだか今、感じられた気がしますわ」


 この発言に驚いたのはベインである。


「嘘だろ!? その魔法陣を書くのに使った素材は比較的安価なものだぞ。そう簡単に感じられるわけが……」

「少しそのお口をのりづけしといてもらえるかしら?」


 リトリスは、見ている側でさえそれが伝わってくるほど集中していた。

 少しして目を閉じ、じっと感覚を研ぎ澄ましている。


 沈黙の中で三分、五分と時が過ぎていく。

 そして、体感で十分ほどが経過したときだった。


「…………来ましたわッッ!!」


 リトリスがカッと目を見開いた。

 その瞬間だ。


 リトリスが手を重ねている紙の色が突然変わり始めた。


「まさか……これは……!?」


 そのうち、紙の色は完全に変わって机の上に水が徐々にたまり始める。


 ――紙の色が変わっていたのは水を吸っていたからだった。


 水かさはどんどん増していき、ついには机の端から床へと滴り落ちた。

 リトリスがそっと紙から手を離す。


「どうかしら? 理屈は全く存じ上げませんし、ほんの少しの変化でしかありませんけれど、水の魔術と同じことを起こしましたわよ」

「……驚いたな」


 ベインのこの言葉は自然に口からこぼれたものだ。

 本当に、心の底から驚いていた。


 このとき、ベインはその頭脳と経験を持って目の前で起きた現象がなんなのか当たりをつけていたが、実際にそれが起こるなどとは思っていなかったのだ。


「魔物の素材に残された魔力の自動変換の残滓を利用して水魔術を発現させるなんて、ほぼありえないと思っていたことだぞ」

「とりあえず、説明してもらおうかしら。この感覚と理論を結び付けないといけませんから」

「あ、ああ」


 ……魔物とは特殊な生態をした動物をひっくるめた総称で、火を吹いたり水を放出したりといった様々な特徴を持っている。

 この特徴というのは魔術にそっくりなものも多い。


 しかし、この世界の一般的な常識では、そもそも魔物は魔術を使用しないということになっていた。

 魔物はなんらかの別の方法でそのような現象を起こしているというのが主に信じられている。


 だが、ベインの新魔術理論においては、魔力は人だけでなく魔物も有している。

 つまり、魔物は魔術師と同じく生まれつき魔力を魔術として変換することができ、それによって火を吹いたり水を出したりしているというわけだ。


 そして、さきほどベインが取り出した紙には、水辺に生息し手から水を噴射してくることで知られるサハギンという魔物の素材で魔法陣が書いてあった。


 ベインの見立てではリトリスがやったことというのは、まず魔力を手のひらに集中させ、次にサハギンの素材に残されていた魔力の自動変換を利用して魔力を変性し、水を作り出すという行為である。


「本当はもっと上等な魔物の素材で作った紙で試してもらおうと思ってたんだ。強力な魔術を使う魔物は相応に強力な自動変換が働くから、少量の魔力でも魔術へと変換されやすい。それを元に魔力の感覚を覚えてもらうつもりだった」

「しかし、ワタクシが難なくクリアしてしまった……と……」


 リトリスがくるくるとロールした紫の髪の毛をファサッと手で揺らす。


「まぁ、当然ですわね! ワタクシにかかれば容易いことですわ」


 これにはベインもリトリスのことを見直すしかなかった。


「おそらくよほど魔力知覚の才能があるのか、もしくは魔力量そのものが多いのか……両方というのも考えられるな。……だが、間違いなく天才だ」

「オーホッホ、もっと褒めてもよろしくてよ」


 このときばかりはベインもリトリスを褒めるしかないのであった。


きっかけがあれば才能が発掘されるかもしれない……!

隠されたりトリスの才能に驚いた方はぜひ評価とブックマークをお願いします!

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