王子を狙う者
「まずは新魔術理論について説明します」
「ベイン、お前は大事なオレの協力者だ。もっとフランクに話してくれ」
「そうは言われてましても、王子様が相手だと……」
「気にするな。それに、その方が王子であることを隠しやすいだろう。オレもいつもどおり話させてもらうぜ」
「分かりまし……分かった」
ベインはエルの教育の手始めとして、新魔術理論を教えることする。
まずは新魔術理論の肝である魔力を意識して貰う必要があった。
ある程度新魔術理論について説明を終えると、エルは難しい顔をする。
「信じられないな。魔術使えて当然だし、神の力……いや、魔力か。それを意識したことはなかった」
「そう、今の魔術師は生まれながらにして魔術が使える。それは呼吸するのと同じようなもので、どうしてそれができるのか自身で理解していない。だから、エルが魔力を感じ取るにはかなりの努力が必要なはずだ」
「なるほどな……」
エルのような魔術師は、リトリスと同じような魔物の素材を使った紙によって魔力を感じ取ってもらうことができない。
やろうとしても、風の魔術師であるエルでは風の魔術が出るだけだ。
だからこそ、ここからはエルのセンス次第だ。
「だから、まずは魔術杖を使って魔力を感じ取る練習をしてほしい。普通に魔力を感じ取ろうとするより、まだ望みがあるはずだ」
普通、人間は魔力というものを認識していない。
それは、血液の流れを意識できないのと同じだ。
確かに体中に血は巡っているが、その流れを感じ取ることはできない。
しかし、個人差はあるが、怪我をしたときに血が流れ出していく感覚は分かるだろう。
つまり、普段の状態で魔力を意識しようとしてもダメなのだ。
何か、外的な要因がいる。
エルのような魔術師であれば、その役目を魔術杖が担ってくれると考えられた。
「分かった。やってみる」
エルは魔術杖を通して風の魔術を放出し始める。
かなり集中し、魔力を感じ取ろうとしているようだ。
「ワタクシもこれまで以上に気合いを入れて鍛錬しなくてはなりませんわね」
一方、リトリスは自主的に魔術のコントロールを向上させていた。
今では魔物図鑑から様々な技を身に着けており、日々進化を続けている。
しかし、これから先は一体何があるかわからないのだ。
より一層の力が必要だった。
「……俺もただ新魔術理論を教えているだけではダメだな。もっと実戦的な応用方法についても模索していかないと」
新魔術理論はあくまで理論に過ぎない。
もしこれを戦いに活かすというのであれば、ベインとしてもより発展的な内容を取り扱う必要があった。
ベイン一人では実験できなかった内容も、今ではリトリスという心強い仲間がいる。
「一気にやるべきことが山積みだな」
目的自体はエルの護衛をやり遂げることだけ。
しかし、それは簡単な話ではない。
人を殺すのと守るのでは圧倒的に後者のほうが難しい。
いくらここが魔術学院内とはいえ、それは変わらない事実であった。
相手は自由に仕掛けられるが、こちらからは今のところ動けない。
特に、大公家が協力しているということ以外に敵の情報が掴めていないのは痛手と言えた。
一体いつ仕掛けてくるのか。
一体誰が仕掛けてくるのか。
ベインたちには、ダヴラフィがそれらに関する情報を持ってきてくれることを待つ他ない。
*
ロシュール・マギ・マグヴァリスの学院での振る舞いは酷いものだった。
「お前、今服の端がボクに当たっていたぞ。何か言葉があるんじゃないのか?」
「な……」
王立アストゥラ魔術学院内では家の地位に関わらず平等。
これは国王が取り決めた何よりも優先されるルールの一つである。
しかし、ロシュールはそれを守る気など一切なかった。
「この制服はお前たちのような下級貴族の安物とは違って、特別な糸を取り寄せて職人に作ってもらった特注品だぞ? もしも汚れがついたらどうする気だ?」
「く……も、申し訳ございませんでした……」
「ハハハハハハ、それでいいんだよ。ゴミがッ」
確かにロシュールはやり取りの中で地位を盾にするような発言はしていない。
しかし、ロシュールがマグヴァリス家だと言うことは知れ渡っている。
爵位下位の貴族がロシュールに何か言われれば、嫌でもそれに従う他なかった。
ルールの上では平等ということになっていても、裏で何があるかわからない。
万が一ロシュールの機嫌を損ねれば、家が潰れてもおかしくないのだから。
「Sクラスもボクより劣る無能ばかりだ。ダブルのボクが遅れを取るはずがない」
だが、そう言ったロシュールの脳裏に浮かぶのは、トリプルであり邪魔ばかりしてきたリトリスの存在だった。
ここのところは何もないとは言え、同じ学院内にトリプルが居るというのが許せない。
「チッ……まぁ、どうせいずれあいつの家も終わりだ。覚悟していろよ……」
そのとき、ロシュールの従者がやってきた。
「ロシュール様、お耳に入れたいことがございます」
「どうした。言ってみろ、クラウス」
ロシュールの従者であるクラウスは、ちょうど周囲に人が居ないことを確認するとロシュールに耳打ちを始める。
「最近、第一王子とともに行動している人物がおります」
「一体誰だ?」
「リトリス・マギ・コーデリアです」
それを聞いて、ロシュールは醜悪な笑みを浮かべる。
「コーデリアの娘は第一王子の暗殺計画を知っているのか?」
「それは分かりませんが、計画の邪魔になる可能性はございます」
「まぁ、いい。本当にクラウスは素晴らしい報告を持ってきてくれたな」
ロシュールは一層強く笑みを浮かべた。
「どちらにしても邪魔者は消すだけだ。それがコーデリアの娘とはなんて都合がいいんだ。ククク……本当にツイてるな」
リトリスを潰す名目ができた。
ロシュールは今後彼女を叩き潰すことを考えて、悦に浸るのであった。