王子の正体
「……考えさせてくださいまし」
こんなことを言われて、二つ返事ができるわけがない。
大公家同士の争いなど、下手すれば国に大きな影響を与える。
それが王族殺しを巡る争いともなれば、なおさらだった。
「悠長に答えを待っている時間はオレにはない。今すぐ、答えを聞かせてくれ」
「…………」
リトリスはすぐに答えを出すことができない。
重苦しい沈黙が場を支配する中、口を開いたのはベインだった。
「協力するって言っても、一体何をすれば良いんですか?」
「日中、王子とともに行動するようにしてほしい。王子が一人になれば暗殺される可能性が高まるからな」
「でも、それはリトリスが危険なんじゃ」
何者かが王子を殺害しに来るというのであれば、リトリス一人でそれを止めるのは難しいだろう。
場合によっては、リトリスが標的にされる可能性も否めない。
「ああ、危険だろうな。だからこそ、見込みのあるお前に頼んでいるんだ」
「そんなこと……!」
「ベイン、ワタクシは大丈夫ですわ」
いつの間にか、リトリスの顔からは困惑が消えていた。
「この話、お引き受けいたします」
「リトリス、良いのか……!?」
「どちらにしても、この話を断る選択肢はワタクシたちにありませんもの」
リトリスが説明を続ける。
「もしも王子の殺害が成功すればマグヴァリス家とリステスフォン家はさらなる力を手に入れる。そうなれば、大公家のバランスは崩れてどちらにしてもコーデリア家はおしまいですわ。そして、それはオルデガルト家も同じこと」
「話が早くて助かるよ」
「ワタクシたちは協力するしかないわけですわね」
「なるほどな……」
これは双方にとって益のある話だ。
ダヴラフィは協力者を得て任務を遂行できる。
リトリスはコーデリア家を守り、王への貸しを作れる。
「そう言ってくれると思っていた。仲間としてこれからよろしく頼むよ。リトリス、そしてベインと言ったか」
「よろしくお願いいたしますわ」
「実は、すでにここには王子を呼んでいる。直に来るはずだ」
おそらくダヴラフィはリトリスが断らないと踏んだ上でこの話をしたのだろう。
だからこそ、王子を先に呼んでいた。
それに、そうでなければこのような重要な話をいきなり切り出せるはずがない。
もちろん、時間がないというのも事実であろうが。
それから少しして、ダヴラフィの部屋のドアが開いた。
「ダヴラフィ、協力者が見つかったんだって? オレのために助かるよ」
「え……エル!?」
入ってきたのはリトリスが魔術杖を貸したエルであった。
「リトリス!?」
「そういえば、同じクラスだったか」
「リトリスが協力してくれるならありがたいな! 改めて名乗ろう。オレはエルレヴァウス……この国の第一王子だ。これまで通り、エルと呼んでくれ。そして、態度もこれまで通り級友として接してほしい」
まさか、Dクラスのエルが王子だったとは。
リトリスたちは全く気づいていなかった。
「オレは王族でありながら未だ魔術が使いこなせない無能だ……。だが、誰よりもこの国のために動く決意は持っている! オレのために力を貸してくれないか」
「ええ、もちろんですわ」
「さしあたって、襲撃者に対抗するための力が必要だな」
ダヴラフィは魔術師としての実力は高いが、王子の側にずっと居られるわけではない。
王子を狙う者も魔術学院内では強引な手を使いづらいはずではあるが、王子の身が安全とは言い切れなかった。
そのため、最優先の目標はリトリスとエルが自らの身を守れるほど強くなることだ。
「オレが二人に魔術を指導する。放課後に王子とリトリスが強くなれるように手を貸そう」
「そのことでしたら、ワタクシにいい考えがありますわ。ねぇ、ベイン?」
リトリスがベインに視線を送った。
この状況では使える手段は何でも使うべきだ。
たとえ、それが新魔術理論という到底世間に受け入れられない代物であっても。
それに、目の前にいるのは王族。
新魔術理論の正しさを証明するまたとない機会でもあった。
「ああ、魔術の特訓に関しては、俺にまかせてくれないか」
「君は従者だろう? 一体、何ができると言うんだ?」
「俺は、新魔術理論という新たな魔術理論を構築している。それを使えば、効率的に魔術の訓練が可能だ。リトリスも、入学直前まで魔術が使えなかった」
「嘘だろう?」
それを聞いてダヴラフィとエルはそれが事実なのか疑念を抱く。
リトリスは少なくともトリプルとしてすでに知れ渡っているのだ。
入学直前まで魔術が使えなかったなどということは信じられなかった。
「事実ですわ。ベインに教わってワタクシはどうにか魔術が使えるようになったんですの」
「ベイン……ベイン・クレバース……そうか、どこかで聞いた名だと思っていたが、魔術学会を追放されたという男か?」
ダヴラフィは何かに思い当たったようである。
「はい、確かに俺は魔術学会を追放されました」
「なるほどな。誰でも魔術が使えるなどという理論を提唱して追放された男が居たと噂で聞いたが……コーデリア家の従者になっていたとは」
「従者と言っても、あくまでベインとは対等な関係ですわ。ですから、ワタクシは同席を許可してもらったのですから」
「ふむ……大公家の者にそう言わせるとは、興味深い男だな」
ダヴラフィが目を細めてベインを見る。
「面白い。魔術の訓練はベイン、お前に任せる。オレは敵の情報を集めたり、色々とやることがあるからな。助かるよ」
「分かりました」
こうして、ベインはリトリスの他にエルの魔術の面倒も見ることになった。
「それでは、オレからの話はこれだけだ。王子からは何かありますか?」
「みんな、オレのために力を貸してもらって本当ありがとう。オレも全力を尽くすから、どうか助けてほしい」
「頭を上げてください!」
エルは王子でありながら誠実な人物なようだ。
教室では無礼な印象も受けたが、リトリスはまだしもベインは身分で言えばただの凡民、ただの従者。
そんな相手にも頭を下げられるというのは好感が持てた。
……こうして、リトリスたちは王子の護衛と教育という重大な任を引き受けることになったのであった。