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リトリスへの質問

「それで、わしのところに来たってことは何か用があるんじゃろう?」

「ああ、魔術杖を売ってほしいんだが……あるか?」

「魔術杖? 確かあったと思うが……」


 そう言って、アルカトーラはカウンターを出てごそごそと積んである箱を漁る。

 少しすると、その手には金属でできた杖が握られていた。

 これこそが魔術杖だろう。


「魔術杖なんてそんなもの何に使うんじゃ?」

「俺の理論を元にした魔術の訓練に使えるはずなんだよ」

「ほぅ……そこのお嬢さんに魔術を教えるのに使うっていうのかい?」

「ああ」


 ベインがそう言うと、アルカトーラは漁る手を止める。


「魔術杖を譲っても良いんじゃが、一つだけ条件がある」

「どうせ金だろ?」

「そうではない」


 ベインは首を傾げた。

 お金以外の条件をアルカトーラから要求されたのは初めてだったからだ。


「条件って、一体?」

「なに、簡単なことじゃ」


 そう言って、アルカトーラはリトリスの方を向いた。


「リトリスといったか。お前にいくつかの質問をさせてもらいたい。その答え次第によっては、魔術杖を無料でもって行っても構わんぞ」

「分かりましたわ。ワタクシに答えられることなら何でも答えますわよ」


 このとき、ベインは心底驚いていた。

 アルカトーラは一度だって品物の代金を負けてくれたことのなかった人物だ。

 金にがめつく、ベインが小さかったときですらそれは変わっていない。


 にも関わらず、魔術杖のような高価なものを無料でも良いというのは信じられなかった。


「では、問おう。お前は今のこの魔術師が上に立ち、凡民が下である社会をどう思っている?」

「魔術師が人民に利益をもたらしているのは事実ですわ。魔術師は魔術を使って生み出した利益を民に還元する。その分、魔術師が凡民よりも優遇されるというのは何一つ不思議なことではないですわね」

「……そうか」


 リトリスは堂々とした様子でそう答えた。

 アルカトーラは目を細めてリトリスを見つめている。


「では次の質問だ。お前はベインの新魔術理論をどう思っている?」

「世界を変える発見だと断言しますわ。この理論が広まれば、魔術師と凡民という区別はなくなるでしょう。魔力の多寡や使いこなす才能という新たな格差は生まれるかもしれませんけれど、少なくとも生活は豊かになるでしょうね」

「……そうか」


 リトリスの言葉からは嘘は感じられない。

 彼女は、ベインの新魔術理論の有用性……そして、それが世界を変えるものであることを信じていた。


「お前は大公家なのだろう? 魔術師と凡民の区別によって一番利益を得ている者だ。にも関わらず、魔術師と凡民の区別をなくしてしまうような新魔術理論を消そうとは思わないのか?」

「愚問ですわね。大公家が高い地位にいるのは、より多くの利益を民に還元できるからに他なりませんわ。新魔術理論が民の利益になるのであれば、大公家だからこそ、それを世間に広めなくてはなりません。それに……」

「それに?」

「仮に魔術師と凡民の区別がなくなったとして、ワタクシはその中で大公家に相応しい実力を見せるだけですもの。ワタクシは貴族という肩書きではなく、行動で民に示してみせますわ!」


 このリトリスの底なしの自信はどこから湧いてくるのか。

 だが、一点の曇りなくそう答えるリトリスの言葉には、確かな力強さが感じられた。


「ククク……ヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!」


 アルカトーラがそれを聞いて笑い始める。


「気に入った! お前、なかなか見どころがあるじゃないか。腐りきった魔術師どもの中じゃ骨がある」

「ワタクシは当たり前のことを言っただけですわ」


 リトリスは優雅にお辞儀をした。


「それじゃ、これが最後の質問じゃ。リトリス、お前はベインのことをどう思っておる?」

「新魔術理論を一人で作り上げた尊敬できる人物ですわね。ベインが居なければワタクシが魔術を使う日も来なかったでしょうし、感謝しておりますわ」


 アルカトーラはその答えを聞いて首を振った。


「そうではない。お前たちだって若い男女じゃろ? そういう目線で見たときにベインをどう思うのかって聞いておるんじゃ」

「おい、アルカトーラ!」


 リトリスをからかうかのようなアルカトーラの質問にベインは思わず声をかけるが、アルカトーラは知らんふりだ。

 一方、質問をされた当事者であるリトリスはというと……


「……そ、それは……そんなふうに考えたことは、なかったですわね」

「じゃあ、考えてみたとしたらどうなんじゃ?」

「……ワ、ワタクシは……その……そういうことは……いや、別にベインはそういう関係では……いやでも……そういうわけではなくて……考えるとすると……」


 わたわたと意味不明な返答をしていた。

 その様子を見てアルカトーラはニヤニヤと笑っている。

 少ししてそれで満足したのか魔術杖をリトリスの前に差し出してきた。


「まぁ、この質問はこのくらいで良い。魔術杖はお前に差し上げよう」

「あ、ありがとうございますわ」

「ベイン、このお嬢さんを大切にするんじゃぞ。お前たちならもしかすると、わしができなかったことをやり遂げるかもしれん」

「ああ、分かったよ」

「さ、用が済んだらとっとと出ていけ。わしは忙しいんじゃ」


 しっしっと手を振るアルカトーラを見て、ベインとリトリスはお礼だけ残して店を後にする。

 一人になったアルカトーラはカウンターの奥にある椅子に腰掛けると、ふーっと息を吐いて独り言を始める。


「かつて魔術師至上主義の社会に嫌気が差して反発し、今じゃわしもこのザマじゃ……。じゃが、もしかしたら、わしが生きているうちに高慢で無能な魔術師どもの凋落が見られるかもしれんなぁ……。真に有能な者が上に立つ、そんな瞬間を見られるのかもしれん」


 アルカトーラはかつて自分が諦めたそんな未来を想像し、口元に笑みを浮かべるのであった。

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