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リトリスの魔術訓練

 リトリスが教室に入席につくと、前に立っていた教員が話を始めた。


 教室とは言うが、魔術学院における教室は講義室とでも言うべき代物で、前方に教壇と板書があって、残りは長机が配置されている。

 特に座席の指定などはないので、生徒やその従者は自由に座ることが可能だ。

 ベインは、リトリスの隣に座って話を一緒に聞くことにした。


 前に立ってる教員は自身がDクラスの担任であることを説明し、自己紹介を行っていく。

 そして、おおまかなスケジュールと”昇級制度”についても説明された。


 それによれば試験が二ヶ月後にあり、成績が優秀であれば上位クラスへと編入されることもあるという。


 リトリスが小声で話しかけてくる。


「二ヶ月でSクラスを目指しますわよ。覚悟はよろしいかしら?」

「ああ、問題ない。新魔術理論の教科書も作ったからな。効率は上がるはずだ」


 ベインは学院に来るまでの一ヶ月を使って新魔術理論の教科書というものを自作してきた。

 総ページ数は千ページを越える代物だ。


 リトリスにそれを渡せば従来よりも効率よく教えることができるはずである。


 少しして、担任が説明を終えた。


「本日は初日なのでこれで終わりだ。明日からは実際に講義を行う」


 こうして、何事もなく魔術学院での一日目を終えたベインとリトリスは、二ヶ月後の試験に向けて着々と新魔術理論を使った自主練習に励むのだった。


*


「それで、ベイン、今日は何をやるんですの?」

「そうだな……とりあえず当面は魔術のコントロールを強化する方向性で行く」


 魔術学院の校庭でベインとリトリスは話していた。

 魔術学院の校庭は自由に利用することができる。


 リトリスはすでに火・水・光の三つの魔術を使用できるので使える種類としてはこれで十分である。

 もちろん、理論上はもっと使える種類を増やすことは可能だが、入学試験の結果が悪かったことを踏まえれば、必要なのは種類よりも練度だろう。


 それに、魔術学院には魔術を使える者が入るのだから、試験で見るのは魔術の威力や精度ということになるはずだ。

 つまり、必要なことはリトリスの魔術操作技術の向上。


「さて、実際に特訓に入る前に、これを持ってきた」

「この本は……なんですの?」


 ベインが取り出したのは分厚い一冊の本だった。


「市販の魔物図鑑だ」


 ベインがページを捲ると、そこには魔物の絵や特徴が書かれている。

 この本は主に魔物狩りを稼業とする冒険者が買っていくもので、普通は魔物の討伐に役立てるものだが、今回は違う。


「……魔物図鑑で何をすると言いますの?」

「前に説明したが、魔物の攻撃というのは実は魔術と同じ原理のはずなんだ」

「そういえば、そんな話もありましたわね」


 魔術のコントロールを向上させると言えば「正確に操作する」と言ったイメージが浮かぶが実際にはそうではない。


 例えば……

 水の魔術でお湯を作る。

 火の魔術で熱くない炎を出す。

 風の魔術で竜巻を作る。

 など。


 “魔術の変性”というのも魔術のコントロールに含まれている。

 実際、上記に挙げたような魔術は使う者が存在していた。


 ……しかし、水の魔術でお湯が作れると考えもしない魔術師は一生かかってもお湯を作ることは出来ないだろう。

 やろうとしていないことは、当たり前だが、できない。


 だからこそ、この図鑑は役に立つ。


「この魔物図鑑には、その魔物がどんな技を使ってくるかまで書かれている。逆に言えば、それは魔術で再現可能なはずだ。リトリスにはそれらの技を再現してもらう」


 旧魔術理論においては、魔術のコントロールはとにかく使って慣れることを第一に置いている。

 そして、完成図を思い浮かべて魔術を使うことを繰り返す。


 しかし、新魔術理論では術者が魔力を認識しているのでより効果的なアプローチを取れる。

 魔術のコントロールとは魔力の流れをコントロールすることだからだ。


「まずはイメージしやすい簡単なものから身につけていこう。例えば、このアクアタートルの水の弾なんかは実際に使われている魔術に近くて良いはずだ」


 アクアタートルは亀のような魔物で、背中の甲羅には何箇所か穴が空いている。

 その穴から水を出すのだが、その水はアクアタートルの近くで球状になって浮かんでいるのだ。

 アクアタートルは身の危険を感じるとその水の弾を発射してぶつけてくる。


「俗に言うウォーターボールってやつですわね」


 難しい魔術を使うには簡単な魔術で魔力の使い方を知るのが一番だ。

 まずはこの簡単なウォーターボールを身に着け、あとから魔物図鑑を参考にだんだんとレベルを上げていけば良い。


「とにかく、やることは分かりましたわ。何かコツなどはあるのかしら?」

「これまで火や水に変換する部分までの魔力の流れを強く意識していたと思うが、ここからは放出したあと……火や水に通う魔力も意識するんだ。ただの火や水じゃなくて、自身の魔力が通っているということを強くイメージする」


 これまでは体内の魔力を魔術として火や水に変換するところに注力してきた。

 しかし、ここから必要になるのは放出した魔術に使われている魔力を意識すること。


 ただ、ここからは魔術の才能がない俺自身では到達できなかった領域だ。

 理論上はこうだろうと組み立てているが、実際にできたわけではない。


「あとは、すでにできている火の魔術の変性も参考にすると良い。あれは感覚でやっている部分が大きいだろうから、しっかりと魔力の流れを意識してみるんだ」

「試してみるとしますわね」


 リトリスはそう言って早速魔術の訓練を始める。

 しかし、今回はさすがのリトリスもなかなか苦戦しているようだ。


「難しいですわね。魔力の意識はできるのですけれど、魔術として放出したあとに魔力がつながっている感覚というのがよく分かりませんわ」


 リトリスは最初に水の魔術の操作を試みたようだが、ただ水が手から出てきているだけで操作がうまくできていない。

 魔力が変換されて水になった後に、それでも魔力で繋がっている感覚というのが分かりづらいのだろう。


 魔術で出現した水はあくまで魔力が形を変えたもの。

 本質が魔力であるということは変わっていないのだが。


「そうだな……手から水を出すときに、手のひらを上に向けて水を溜めるんだ」

「こうですの?」


 リトリスが右手で器を作るようにして水の魔術を使用した。

 またたく間に右手のひらに水が溜まっていく。


「その状態で水に変化を加えられないから色々試してみてほしい」


 俺としてもこれに関しては具体的なアドバイスはできない。

 俺にもう少し魔術の才能があればもっとスムーズに教えられたかもしれないのだが……


「やってみますけれど、なかなか難しそうな話ですわね。ここに変化を加えようにも、繋がっている感覚というのがどうにも……」


 リトリスは珍しく悩んでいるようだった。


 いずれリトリスなら感覚を掴んでくれるだろうと信じているが、それでは新魔術理論の提唱者としてあまりにも情けない。

 ここはどうにかしてリトリスの力にならなくては。


 一体、どうすれば体の外にある魔術と繋がっている感覚というのが分かるだろうか。


 しばらく考え、俺は一つの可能性に思い至った。


「そうだ。魔術杖を使おう」

「魔術杖? あの?」


 魔術杖はあまりメジャーではないが、魔術師の中に稀に使っている人が居る道具である。

 マジカライト鉱石という鉱石が材料となっていて、効果は単純に「魔術を使うときに手ではなく杖の先から魔術が出るようになる」というものだ。


 正直、手から魔術を出せば良いので使われていない代物だが、火の魔術をより安全に使おうとする魔術師などは使用する場合がある。


 俺は魔術が杖の先から出る原理を、マジカライト鉱石による魔力伝導だと考えていた。

 つまり、手から放出された魔力が杖の内部を通って、先端部で改めて水や火などとして現れるのである。


「しかし……魔術杖なんて、そう簡単には入手できませんわよ。私も使っている人を見たことがないくらいですわ」

「一人だけ心当たりがある」


 魔術杖は使う者が少ないので基本的にオーダーメイドだ。

 その上、マジカライト鉱石は貴重な鉱物なのでそう簡単には入手できない。

 まあ……コーデリア家なら入手できないということはないだろうが、魔術杖は今すぐ必要なのだ。


 しかし、ベインにはそういう珍しいものを好んで取り扱う人が一人だけ心当たりがあった。


「それなら良かったですわ! 早速魔術杖を入手しに行きますわよ!」

「ただなぁ……」


 ベインの歯切れが悪い。


「魔術杖があるかどうかはわからないし、なによりあいつは偏屈で……できれば頼りたくない相手というか……」

「何を言っていますの? 入手できる可能性が少しでもあるのなら、向かいますわよ」

「一緒に来るのか……?」

「ええ、自分の特訓に使うものですもの。ワタクシも参りますわよ」


 ベインはため息をつく。


「仕方ない……じゃあ行くか……”月夜の霧雨亭”に」


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