63 始まりは突然に
「リーナ、フラウディア! 大丈夫か──ッ」
バァンッと勢いよく扉を開け、二人に呼びかける。
今しがた流れた放送を聴き、既に緊張感を持ち、リーナが気を張ってフラウディアを護ろうとしていた。
「あの声……あいつよね?」
「ああ、俺もそう思う。魔王軍がテロなんて馬鹿らしく思うが、第一王子と勇者正教の関係を考えると、フラウディアが狙いの線もあるな」
「勇者正教から魔王軍に、ってことね」
探知魔法で敵の位置を把握しながら、素早く会話を済ませる。
少し遅れ気味だったからか、室内に他の生徒の姿はない。
そのため言葉を選ばずに意思疎通を取ることが出来る。
フラウディアはごくりと喉を動かし、
「お二人とも、事前の作戦通りによろしくお願いいたします」
「わかったわ。……フラウ、安心してちょうだい。私たちがついてるから」
「はいっ!」
リーナにそっと抱きしめられ。
微かに震えるフラウディアは瞳に覚悟を浮かべた。
「リーナ、敵は強力なのが二人。そして遅れて突入してきた手下が十三人だ」
「あんたが前に調べたあれは間違いないのよね?」
「大丈夫だ。学園内に息のかかった者はいない」
「なら、時間を稼ぐわよ。二十分もあればジンたちが駆けつけてくれるわ」
様々な想定をし、綿密な護衛計画が組まれている。
俺は前に学園に所属する中に怪しい人物がいないかを調査した。
突然の襲撃だが、察知した瞬間に団長たちは駆けつけてくれることになっているので、無理に戦う必要はないだろう。
リーナは魔王軍のあの男に私怨があるとはいえ……俺たちの今の仕事はフラウディアを護ること、ただそれだけだ。
もしかすると偶然、俺たちがいるこの王立学園に何らかの目的があって来たのかもしれない。しかし──
「気合を入れていくぞ」
ミスは許されない。
俺の呼びかけに頷いた二人を背後に、廊下の様子を窺う。
直接俺たちの元へ攻めてこなかったし……やはり、用件は別に?
疑問は残るがそのまま足を進めようとした時、後ろから「あっ」とリーナの声が聞こえてきた。
「……? どうかしたか?」
「て、テオル、あんたねぇ……」
「──あー」
振り返った先には、顔を赤くしプルプルと拳を揺らすリーナ。
その顔に浮かぶ羞恥と憤怒に。
俺は自分が犯してしまった取り返せぬ失態に気づき、ゆっくりと頭に手を乗せ、苦笑いを浮かべる。
これは……参ったなぁ……。
「こんな時になんだけど、言い訳があるなら聞こうじゃない」
「リー、ナ?」
ギロリと睨んでくるリーナの横で、フラウディアが訝しげにしている。
「いや、まあ……なんだ。素直に悪かったとは思うが、事態も事態だからな? 今更どうすればいいのか……とにかく」
日常生活とは違うモードになってしまっている。
集中すべき場面に際し、決してそんな目で見てはいないが──
「すまない」
「なるほど。まあ私も気づかなかったし、理解はできるから。早く出ていってちょうだい……手が出てしまう前に」
「た、助かる。扉の前で待ってるから、できるだけ急いでくれ」
淡々と言葉を交わし、外へ出て、後ろ手に扉を閉める。
最後までフラウディアは何を話しているのかわかっていなかったようだ。
背を扉に預け、俺が「ふぅ……」と深く息を吐いていると。
「きゃっ!! り、リーナ! な、ななな何で言ってくれなかったのですかっ!?」
更衣室の中から短い叫び声が聞こえてきた。
瞬間、ものすごい罪悪感に苛まれるが……いや、今は仕事だ。集中しすぎて誰も気づかなかったのだから、仕方がない。
うん、そうに違いない。
……それにしても、何の考えもなしに女子更衣室の扉を開けるなんて。
愚かにも程があるぞ、俺。
二人しか中にいなかったから良かったものの──いや、良くはないのだが。
先程目に映ったリーナとフラウディアの下着姿。
瑞々しく輝いていた白い肌の記憶は、早いところ削除しておこう。
何らかの勢力から、打ち首にされかねない。
「この先も問題ないようね。まだ、大きな動きはないのかしら?」
「みたいだな。食堂の方に……ん?」
流れるのは、微かに気まずい空気。
頬を紅潮させるフラウディアを挟み、作戦通りに移動を始めた頃。
探知魔法に映し出されるテロリストたちが、食堂方面から動いていないことを確認していると。
「何してるんだか……」
俺は見知った気配に異変を感じ、頭を抱えたい想いに駆られた。
「はぁ……早いとこフラウディアの安全を確保しよう。ちょっと面倒なことになったみたいだ」
二人を連れ、早足で向かう先はメイ先生の研究室。
気配を探りながら人気のない道を進み、辿り着いたそこでハッチを開ける。
「テオル、あんた行くのね?」
「ああ。本当はこの場を離れたくないが……」
「まったく、素直になりなさいよ。ここまで来たら大丈夫なんだから、行ってきてちょうだい。私も寝覚が悪くなるわ」
地下ダンジョンに入ったリーナとフラウディア。
ここなら、学園の者以外が立ち入ることはできない。
一階層ならリーナ一人でも対応は可能だ。
だが、俺もここにいるべきなのだ。
もしもの可能性を考えて、他のことは全て切り捨て。
──けれど。
その「もしも」と「危惧すべき結果」を天秤にかけ、そこにちょっとした感情を乗せると、俺だけでも行くべきだと思ってしまう。
自分は劣化してしまった。
もう、完璧に仕事をこなすことが出来る人間ではなくなってしまった。
腹の底から湧く冷たい落胆に襲われる。
それでも、リーナはそんな俺の背中を押す。
明確にはわからないだろうが、なんとなく事情を察してフラウディアも、
「テオル様、出来るだけのことはやりましょう! 私にはリーナがついていますし、やはり大事なことは民が不幸にならないよう最善を尽くすことなのですから」
彼女はそう言って、微笑んだ。
これが危機に繋がるかもしれない。
ここ最近そう思いながら、過去の自分なら取らなかった道を選んでいるが。
間違った選択でないと信じよう。
「では、いってきます」
ハッチが閉じられる。
人々に危害が及ぶ可能性がある場に立ち合ったら、走れ。
自分の力で、不幸をねじ伏せてみせる。
気配を消し食堂へ走ると──
「なにやってるんだ、あの馬鹿野郎……」
顔がボコボコになり、血を吐いて倒れるグウェンの姿があった。
「さぁ! 魔導具を頂こうではありませんか!!」
その近くには、黒一色の服装を纏ったあの男。
回された腕で人質のように、クロアを捕らえている。
見捨てることはできない。
クロアを救い出すため、音を消しそのままの勢いで男に接近する。
そうして俺は……いつぞやのように、全力で男の顎に向かって拳を振り抜いた。
ついでに、グウェンも助けてやるか。
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