57 四階層・吹雪の中で②
その後も何体かの白狐が襲撃してきたが、全て雪玉で簡単に倒せてしまった。
「洞窟だ! 中に入ってみよう!」
しばらく歩いていると、メイ先生が岩肌に空いた洞窟を発見した。
指示に従い中に入ってみると、風が凌げる上に魔物の気配もしなかったので、ここで一休みしようということになった。
「フラウディア様、魔力の方はまだ大丈夫か?」
「はい。予定通りあと二時間ほどは持ちそうです」
先生はフラウディアに問いかけながら、バッグから魔導水筒を取り出し、温かい紅茶をカップに注ぎ手渡す。
次にカップを受け取ったリーナは、一口飲んでほっと息を吐いた。
「先生、今どのくらい進んだのかしら?」
「そうだな……残りの縄の長さ、そして歩数からして1KMと少しか」
「えっ、まだあんまり進んでないのね……。ま、魔物に関してはテオルが全部対処してくれるから楽でいいのだけど」
「すまないな、テオル君。君にばかり負担をかけて」
「? あ、いえ。おかげで俺はステータスの上昇も期待できますし。むしろリーナ、せっかくのダンジョンなんだから次からは俺と交代したほうが良くないか?」
俺も先生から紅茶をもらい、「ありがとうございます」と伝えてからリーナの方に視線を向けると、彼女は「あ」とあからさまにハッとしたようだった。
もしかして、忘れてたのか……?
「そ、そうね。四階層の魔物は戦い甲斐がありそうだし」
「じゃあ次からはお前に任せるからな」
「え、ええ任せなさい。寒いからちょうど体を動かしたかったのよねぇ」
リーナは目を逸らしたまま紅茶を一気に飲み干す。
「あちっ!」
「──だ、大丈夫ですかリーナ!?」
すると案の定、口の中を火傷したようで、リーナはフラウディアに心配されながら舌を出している。
先生がこれまで歩いてきた場所の地形などを紙にまとめ、マッピングしている横で気の抜けた掛け合いをしているリーナたちを見ていると。
「……?」
不思議な感覚を覚えた。
直感ともいえない、生まれてこの方味わったことのない感覚。
寂しさや懐かしさ、感慨深さにも似た感情を伴ったものだ。
「そういえばあんた、ステータスってどれくらいなのよ? 他のダンジョンで培ったものも肉体に宿るから引き継げるのでしょう?」
「俺か? 各数値はかなりバラバラだけど、確かレベルは──」
感覚の正体を探ろうとしたが、リーナに話を振られ中断する。
ダンジョンで魔物を倒すと上昇するステータスは《レベル》に《筋力》や《耐久》など各種数値に分かれ、上昇後地上に戻ると百分の一になって還元される。
その中でも総合的な強さの指標となるレベル。
ステータスと呟き、半透明の板に書かれた数字を確認する。
「──おっ、ちょうど70になったみたいだな」
「……え」
「……え」
「……む? 今レベルが70だとかなんとか聞こえたが……」
リーナ、フラウディアに続き、手を止め顔を上げるメイ先生。
「き、聞き間違いですよ! ね、リーナ?」
「そうねっ! 今、テオルは……さ、30! 確かそう言ったのよね?」
「なんだ、30か……と言ってもそれでもかなり高いがな!? やはり第六騎士団に所属する騎士ともなると過去に凄まじい努力を積んでいるのだな」
しみじみと言った後、先生は作業に戻った。
グッとリーナに服を掴まれ、引き寄せられる。
「あんた、70って冗談……じゃないのよね?」
「ああ」
「っ! 海上ダンジョンに居たとは聞いてたけれど、一体どんな生活を送ってたのよ!? ダンジョンをメインの仕事場にしている戦闘系の探索家でも、50台でトップレベルって聞いたわよっ」
「まあ俺は、半ば海上ダンジョンの中で長い間生活してたらからな」
「いや、それにしても……」
「そこまで驚くことじゃないだろ?」
「──驚くことよ!」
至近距離で小声で叫ばれ、あれこれとバシバシ言われる。
そういえば先生には以前に海上ダンジョンに潜っていたことを言っていないので、誤魔化してくれたのは助かるが。
当然、普通のダンジョンではそこまでレベルが上がらないことは知っている。
だからわざわざ強い魔物が多い海上ダンジョンに行ったんだからな。
「そうです、リーナの言う通りです! いくらなんでも魔力で固めたという雪玉で魔物を倒すだなんて、ずっとおかしいとは思っていたのですっ」
「フラウディアまでですか……」
続け様にフラウディアが詰め寄ってくる。
「そうしたらやはり、規格外だったではないですか」
「護衛としては心強いのでは?」
「た、たしかに心強いですがっ、テオル様はもう少し自重を覚えてください! でなければ、今後他の貴族などの派閥に目をつけられかねませんよっ?」
「そういうこともあるのか……」
「感心している場合じゃありません! 各騎士団の力のバランスを保つため、これでも第六は人数を絞って口を出せないようにしているのです。時には能力をアピールすることも大切ですが、一人だけ圧倒的に強いと外圧が加わり、維持できなくなってしまいます」
レベルの公言についてここまで注意されるのには意味があったらしい。
いろいろと、政治的なこともあるんだな。
「わ、わかりました。じゃあ──」
後退しながら首肯しようとしたその時。
フラウディアの背後──洞窟の奥に先ほどまでなかった何かが感じられた。
目を凝らして正体を探ってみる。
「テオル、様……?」
突然固まった俺に首を傾げるフラウディア。
段々と明瞭になっていく視界には、洞窟の闇の先にある空間が映る。
気がつくと、そこに膨大な魔力があったことに遅れて思考が辿り着いた。
「なんで、今の今まで全く感知できなかったんだ……」
疑問を覚えたが、すぐに追い越す興奮。
すぐにわかった。
この先にある。
〝光の賢者〟が作った──魔導具が。