56 四階層・吹雪の中で①
「準備はいいか?」
極寒のダンジョン四階層への探索準備を終え、魔法が付与された厚着を身に纏った俺たちに、メイ先生が真剣な表情で確認をしてきた。
ここから先は先生も未確認のエリア。
今までとは比べ物にならないほど集中しているのがわかる。
「はい。俺たちはいつでも行けます」
「よし、では行くとするか。今回からの探索は活動時間が短いとはいえ、孤立したら大変だ。三人とも絶対に離れず、固まって動くんだぞ?」
「了解です」
「私のせいでご迷惑をおかけして……」
返事をしていると、フラウディアが申し訳なさそうに視線を落とした。
防寒具に付与された〈体温維持〉を発動させるには、常時魔力を注ぎ続ける必要があるため、探索の活動限界は魔力が最も少ない──フラディアの魔力が切れるまでだ。
「もともと視界が悪い場所での探索はかなり疲れる。フラウディア様がいてもいなくても、長時間の活動をするつもりはなかったぞ」
そんなフラウディアの肩に手を置き、先生はそう説明した。
ちなみにメイ先生も、以前から持っていたという自前の防寒着を装着済みだ。
確かに俺やリーナ、メイ先生の魔力は一般的に見てもかなり多い。
〈体温維持〉程度であれば、数日間は使い続けることができるだろう。
だが、集中力がそれほど続くとは限らないからな。
活動時間がフラウディアの魔力が持つ三時間となったのも、別に彼女のせい……というわけでは決してない。
あくまで目安となっただけだ。
早速ダンジョン入り口付近に出現した転移の魔法陣に乗り、代表して俺が魔力を注ぎ、四階層に移動する。
「うん、これなら寒くないわね。問題なさそうだわ」
「だから機能性重視が良いって、俺が言った通りだっただろ?」
「あんたね……まあ、もういいわ」
「……?」
リーナがやれやれと額に手を当てている。
寒くなく、その上動きの妨げも少々。
結局、最終的に俺がオススメする物を挙げていったら「はぁ……もういいわ」と今と同じように言われ、選ばれた全体的に色が薄い全身紫色のコーデは高機能なようだ。
「確かに心地よい暖かさですね……ダサいですが」
ぼそりと呟いたのは、リーナと同じ一式を揃えたフラウディア。
服装の見た目を気にしているようだが、ここは実用性の方が大事だろ。
……あ、ついでに言うと俺も同じデザインの男性用を着ている。
『な、なぜよりによって三人揃ってそれにしたんだ……?』
と、先程着替えを済ませた俺たちを見て、メイ先生が少し引いていたような気がしたが、それはもう忘れよう。
忘れれば後になって気づいた真実はなかったことになる。多分。
うん、あの店にいた時リーナとフラウディアがお洒落な物を選びたがっていた──なんてことはなかったのだ。
恨めしそうに見てくるフラウディアからそっと目を逸らす。
すると先生が長いロープを扉のドアノブに結びつけていた。
「それは目印のためにですか?」
「……ん、ああ。視界が悪いから万一のためにな。魔物に食いちぎられないよう、強化を施した縄だ」
「なるほど……」
「室内側につけ、ドアで挟めば強度も増すだろう」
「もしかして前に来た時に?」
「そのための下見だ」
さすが探索家。
思考方法や目の付け所、ロープの扱い方に俺たちは一様に感嘆する。
先生の作業が終わると、俺たちは扉を開け外に出ることになった。
「うぅ……やっぱり雪と風があると、寒いですね……っ」
「そ、そうね……っ。でも、なんとかなりそうだわ」
フラウディアが自身の身体を抱き、リーナが吹き付ける雪から腕で顔を守っている。
「では私についてきてくれ!」
ロープを垂らしながら進む先生を先頭に、リーナ、フラウディアと続く。
俺は探知魔法で三人の居場所を特定することができるので、最後尾につきはぐれないように気をつけながら魔物がいないか確認を続けるのが仕事だ。
風音が煩く、自然と会話は減る。
先生のロープを辿れば皆を見失う可能性は低くなるのか。
探索する場所はプロの先生に任せ、一歩一歩雪を垂直に踏む意識を忘れない。
そのまま少し進んでいくと、
「フラウディア!」
「っ、わかりました!!」
前のフラウディアの肩を軽く叩き、彼女にも同様に前のリーナに伝えてもらう。
そして先生にも伝わり、俺たち四人は少し小高い丘になった場所で止まった。
視覚で捉えることはできないが──いる。
探知魔法に引っかかったのは、三階層までの魔物から数段強くなった影が二つ。
敵のレベルもここからは一気に上がるようだ。
「テオル、あんたこれ! 結構強そうよ!?」
「大丈夫だ! リーナも一応剣を抜いておいてくれ!」
「わかったわ!」
リーナも感じとることが出来る距離まで近づいてきた。
吹雪に負けないように腹から声を出して合図をし、俺は魔力を使って足元にある雪を操り、同時に何個も硬い雪玉を生成していく。
「て、テオル君──まさかそれを使うのか!?」
メイ先生が驚愕したのがわかった。
しかし、今はもう返事をする暇はない。
急に加速してきた敵が猛スピードを維持したまま接近してくる。
俺は雪玉を宙に浮かせ、探知魔法で距離と方向、高さを寸分の狂いなく把握した。
……そして。
『ガルルルゥウウウッッ!!』
真っ白の狐が視界に現れ、連携を取って右と左に分かれ襲いかかってくる。
大きさはそこまでないが、素早く、深く噛まれたら重傷は免れないだろう。
連携を取ることができる知能。
それに……感じる魔力からして、なんらかの魔法が使える。
強敵だ。
「行け──ッ」
だが、すでに俺はタイミングを合わせ、生成していた雪玉を連射していた。
『ッ!?』
行動を読まれ、飛びかかった場所に撃ち抜かれる雪玉。
狐たちは鋭い叫びをあげたが、避けることは叶わない。
硬く──魔力を纏った弾丸が次々と打ち付けられる。
相手が絶命するまで手は止めない。
命を奪うまで、容赦なしだ。
「…………ふぅ、終わったか」
結果、リーナの手を煩わせることなく接敵は終了した。
残ったのはボコボコに抉られた雪に覆われた地面と、魔石が二つ。
──暗殺者は、使う武器を選ばない。