52 VS階層主
「ふぅ……いよいよね。じゃあ、作戦通りに行くわよ?」
ダンジョン三階層、階層主の部屋の前で。
深く息を吐いたリーナが、熱の入った表情で俺たちを見る。
これまで探索重視で全ての階層を回り、ついにこれ以上先に進むには、階層主との戦いを残すまでになった。
何箇所か光の賢者──ブレイマンが作った魔導具があったと思われる宝箱が存在したが、どれも既に開けられており、空っぽだったため収穫はゼロ。
浅い階層は過去に探索しつくされていたらしい。
「ああ。先生とフラウディアのことは俺に任せて、存分に戦ってきてくれ」
「助かるわ。フラウ、何があっても絶対にテオルの後ろから出ちゃだめよ? あなたに何かあったら元も子もないんだから、ここまで以上に気を張って」
「もう、わかってますからっ。そ、それよりも早く、部屋の中に入りましょう!」
フラウディアは三階層では俺と手を繋ぎ、常時気配を消している。
それでも今にも迫ってきそうな虫の魔物を見て、顔が真っ青だ。
「リーナさん、頑張ってくれ」
「はい。先生」
メイ先生の声かけに頷き、リーナが主の部屋の扉を押すと、鉄でできたその扉は音もなく静かに開いた。
中に入ると、広い部屋の中央に巨大なカマキリが佇んでいた。
リーナが一人進み、残る俺たちは固く閉じた扉の前で立ち止まる。
「血鬼神降剣・邪凶吉王」
鞘から剣を抜いたリーナはパワー型の鬼を降ろし突き進む。
同時に俺は、敵からの攻撃を喰らう〈深淵剣〉を取り出し、背後から俺の肩に手をおくフラウディアと先生と共に、気配を最も薄くした。
「テオル様、リーナはあの階層主に一人で勝てるでしょうか?」
「勝負の場において『絶対』はないので何とも……。ですが、『多分』勝てると思いますよ。あいつ、ここ最近どんどん強くなってますから」
「……そう、ですか」
心配そうな顔をするフラウディアの質問に答えると、右肩に置かれた手にぐっと力が入ったのがわかった。
一方で先生は静観している。
自分には手を出せる問題ではないから、信じて待つといった感じだ。
リーナが警戒しながら階層主に一定の距離まで近づくと。
その瞬間。
『──シュゥッ!』
残像を残し、接近してきた階層主が素早く腕を振っていた。
後ろから小さく息を吸う音がふたつ。
だが、もちろんリーナは完璧に反応し、首を刈ろうと振り抜かれたその鎌を身を反らして躱す。
生じた隙を見逃さず、最高速度で繰り出される横薙ぎ。
ガラ空きの胴体。絶好のチャンスだ。
「っ!?」
しかし──弾かれた。
凄まじいほどの鋭さを持つ剣が、ノーガードの身体に。
リーナは目を瞠ったように見えたが、すぐに距離を取り剣を構える。
が、そこに振り返ったカマキリがまた俊敏な動きで接近。
今度は連続で左右の鎌を使い、猛攻撃を仕掛けてくる。
「ちょ、速すぎでしょ!? 硬いやつは遅いって相場が決まってるのよ!」
想定よりも強い階層主に心配になったけれど、リーナは悪態を吐きながら余裕を見せ、敵の攻撃を避けていく。
躱す。躱す。剣で弾く。躱す。
全てを見切り、そうして。
「でも──呪剣・〈剛断鋭影〉ッ」
技を乗せた一撃が風を切り、火花が散る。
腰を低く下げていたリーナが立ち上がり、そして鞘に剣を戻すと──
プツンッ
小さな音が響いた。
遅れてカマキリの体にキラリと線が入り、上半身と下半身がズレていく。
分断された階層主は目の光を失い、次の瞬間には崩れるように地面を転がった。
「──まだ、柔らかいわね」
他のダンジョンの魔物と同じように、薄くなり消滅に近づいていく階層主の姿からは、命を失い、あとは魔石になるだけの運命が窺える。
「い、一瞬ですよ……テオル様が言った通り、勝てましたね!」
「やはり私が一人で挑んでいたら命を落とすレベルだった……。自分を過信せず、力ある者を頼って正解だったな」
早く終わった戦いとはいえ、張り詰めていた空気が緩む。
フラウディアとメイ先生がほっと息を吐いた。
「どう、テオル。私も少しは成長したでしょ?」
ふふん、とこちらに戻ってこようとするリーナが微笑む。
正直驚いた。
それが俺の本心だった。
初めて出会った時に比べ強くなったとは思っていたが、ここ最近の彼女の成長は俺が把握していものよりも遥かに凄かったらしい。
以前までは独自の技に頼っていた傾向があった。
しかし今は、一人の剣士としての腕に磨きがかかっている。
……だけど。
リーナの方に向け腕を上げた俺をフラウディアや先生が不思議そうに見てくる。
二人はそのまま同じく眉を上げるリーナに視線を動かし、そして声にならない叫びを上げた。
「闇魔法──反転・〈暗殺の極地:1%〉」
異変に気づき、リーナが振り向く寸前。
俺は彼女の背後で跳躍し──鎌を振り下ろす、先程までいた階層主が半分のサイズになった、二体の魔物を狙い限界まで抑え込んだ光の弾丸を撃ち込んだ。
光に触れた瞬間、魔物たちの存在はこの世から焼き尽くされる。
地面に転がる魔石。
探知魔法を使って魔物の存在を確認。
念には念を押し、間違いなく敵が絶命したことを把握してから俺は口を開けた。
「とてつもない成長だけど、まだ少し気を抜くのが早いな」
消滅させない限り分裂し続ける魔物。
虚をつく特殊なタイプの敵に、不意打ちを食らいそうになった。
そのことを悟り、ごくりと喉を動かすリーナを冗談めかして笑う。
……本当は普通に、それよりも何より仲間の成長が嬉しかったのだが。