47 決闘(仮)と久しぶりの第六騎士団
ダンジョンの探索を始め、数日が経った頃。
朝、教室に入ると机に置かれていた手紙で、俺は校庭の木の下に呼び出された。
「き、来てくれて……ありがとうございます」
記されていた時間──昼休みに行ってみると、見知らぬ少女が待っていた。
制服に入ったラインの色から、同じ学年の生徒だとはわかるが……なんか、妙に背筋に悪寒が走るような。
「俺に何か用事が? あ、もしかして決闘なら──」
「て、テオルさん! 私、一目見た時から気になっていました!」
「あ、やっぱり。申し訳ないけど、だから決闘は──」
「頭脳明晰で武術にも長けていて……。もっとあなたのことが知りたいです!」
あの、無視しないでくれ。
というかこの人、おとなしそうな見た目なのに「戦ったらお互いのことを知れる」みたいな考えの持ち主か?
別に悪くはないが、顔は真っ赤で早く戦いたいという興奮が伝わってくる。
それによく見ると武者震いもしてるし……。
暇さえあれば俺と競おうとしてくるようになったグウェンのせいで、他のクラスにまで俺と戦いたいと思う生徒が現れ始めたのか。
グウェンには今度適当に負けておくか。
そうしたらこれ以上、面倒くさく関わってはこないだろう。
「だから私と、その……つ、付き合ってくださいっ!!」
「私に付き合ってと言われても。俺に戦う気は──」
「──テオル様、こんな場所にいらしたのですね」
「──あんた、早くお昼食べないと休み時間終わっちゃうわよ?」
好戦的文化系女子の決闘の申し出を断ろうとしていると、後ろからフラウディアとリーナの声がし、遮られてしまった。
「ふ、フラウディア殿下にリーナ様……!」
「どうかされたのですか、このような場所で。テオル様に何か御用が?」
「あ、い、いえ……っ! その、私……や、やっぱりなんでもありません! 失礼いたします!」
現れた二人を前に何故か動揺する少女は、フラウディアの問いに首を振る。
そして勢いよくお辞儀をしたかと思うと、背を向け駆けて行ってしまった。
「二人とも。ナイスタイミングだったけど、なんか声が怖くなかったか? それに俺のこと睨んでただろ……まあ、決闘をせずに済んだから良いんだが」
「わ、私たちはただ、物陰からひっそりと見ていただけです!」
「そうよ! 別にあんたが告白──って、いま決闘って言った?」
「ああ。呼び出された時点で大体予想はついてたけどな」
護衛対象であるフラウディアとはあまり離れられない為、二人には近くで待つように言ったが、それが奏功し決闘を避けることができた。
俺が食堂に足を向けようとしていると、リーナが吹き出した。
「ぷっ、そう……そうね。仕事中にそんな考えが浮かぶ人間じゃないわよね」
「なんだそれ?」
「勇気を出した彼女には申し訳ないけれど、フラウ良かったじゃない」
「はぁ……リーナも素直じゃありませんね。自分の方が嬉しそうですよ?」
「なっ、こ、これは……単純に面白くてつい!」
「ふーんそうですか。まあ、今はそういうことにしておきましょう。私も今回のテオル様は──良い勘違いをなさったと思いますし」
さっきまで二人とも棘を感じたのに、気がついたら上機嫌だ。
「……? 勘違い?」
気になったが、仕事に関わることではないらしいし……まあ、それよりも今はお腹が減っているので、食堂で何を食べるかの方が重要だ。
俺はすぐに、この出来事を日常のありふれた一コマとして判断した。
──が。
「で、テオルはそれを決闘だって!」
「ぷぷっ、それはヒドイね」
「私がいない間に……! けど、お兄様もお兄様すぎるでしょ」
放課後。
せっかく三日に一回の新聞部だと言うのに、フラウディアきっての願いで一時間以上早く学園を後にし、第六騎士団室にやって来た。
昼休みの出来事をリーナが話すと、団長とルナが同時に吹き出す。
「リーナさん、フラウディアさん。引き続きお兄様の監視よろしくね」
「おいルナ。俺の監視ってなんだ……」
「えー別にいいじゃん。こっちの話、こっちの話」
俺はリーナたちに何かを見張られているのか?
気が抜けなさすぎる。
「任しておきなさい、ルナちゃん。変な虫は追い払うから」
「ええ、安心してくださいルナさん。私たちは第六騎士団の仲間として、テオル様が仕事に専念できる環境を守り続けます」
今、目の前でなんだか怖い宣言がなされたような。
団長とルナは腹を抱えて笑っている。
ジン団長は勇者正教絡みの調査を。
ルナは事務作業を最近も頑張っているらしいのだが、こんなにぶっ飛んだ話に笑っている姿を見ると、ちゃんとやっているのか心配になるな……。
「はぁ。あ、そういえば団長」
「ん、なんだい決闘思考のテオル君?」
「…………」
「すまないすまない。調子に乗っただけだから、そんな闇みたいな目で見つめないでくれよ。で、何の話だい?」
わいわいと俺の学園での生活を、リーナたちはルナに報告している。
「今後は何か思惑があったとしても、前もって説明してください。互いの考えがズレていることに気がつかず、大変なことになったら困るので」
「ああ了解了解。──お、ヴィンスおかえり!」
この人、絶対に改善する気ないだろ……。
俺の話を適当に流し、団長は部屋の入り口に顔を向けると手を挙げた。
何時になくグッタリした様子でヴィンスが部屋に入ってきた。
「お前ぇら随分と楽しそうじゃねえかよ……俺は国中駆け回らされてるっつうのに……」
「久しぶりだなヴィンス。お前、老けたか?」
「うっせーぞッ。こちとらお前ぇらのせいで疲れてんだよ!」
挨拶をしてみたが、どうやら軽口を叩く元気もないらしい。
俺たちがいるソファーのすぐ近くに設置された自分用のデスクに向かうと、ヴィンスは倒れ込むように伏した。
「ヴィンス、報告書は忘れないでくれよ?」
「わーったよジン。後でな」
俺とリーナが空けた穴は、ヴィンスとアマンダさんが補ってくれている。
もともと第六騎士団はそこまで仕事が多くないので、アマンダさんは平気なようだが、普段からサボり癖がついているヴィンスにはしんどいみたいだ。
少しすると、トレーニングウェア姿のアマンダさんもやってきた。
ここ最近は仕事がない時、いつも訓練に励んでいるらしい。
「あ、そうだ。アマンダさん──イシュイブリスと話すことってできますか?」
「構わないが……テオルからそんなことを言うのは珍しいな。何か尋ねたい話でもあるのか?」
「はい。ちょっと、学園地下のダンジョンのことを」
過去のことといえばイシュイブリスだが、アマンダさんにはなかなか会えない。
良い機会だ。
少し、話を聞いてみることにしよう。