39 悪いやつじゃないのかもしれない
メイ先生はすぐに切り替えを見せた。
しかし一時限目が終わると、教科書を片付ける俺の下にものすごい勢いでやってきた。
「テオル君! 私もそれなりに詳しいつもりだったのだが、なぜそこまで海上ダンジョンについて知っているのだね!? だいたいここまでの知識は専門的に学んだとしてもなかなか──」
隙間時間に大きく花丸をつけた俺の小テストを大切そうに抱きしめている。
この人、テンションが……。
「メイ先生は探検家をしていたんですよ」
「へぇ、だからこんなにダンジョンに興味が」
横からフラウディアが教えてくれる。
「ですから私たちのクラスの小テストだけ、毎回最後の問題が先生の趣味で作られたものなのです」
「ああ、やっぱりそういう……」
「ほとんどの生徒が手もつけませんから、成績には影響しないのですが……テオル様が解かれてしまったので」
「こうなってしまったと」
「……はい」
先生は今にもプリントに頬擦りし出しそうな勢いだ。
自分の専門分野に俺が答えてくれてよほど嬉しいのか。
授業が始まり聞くに聞けなかったが、やはり全問正解となると驚かれる理由があったらしい。
それにしても探検家から教師──それも王立学園の教師になるなんて珍しい話もあるんだな。
「まるで実際に訪れたことがあるようだ。ま、まさか第六の団員ともなれば実際に……」
「ああいえ! ありませんありません」
「そうか……君がかなり博識なだけなのだな」
期待されるような目で見つめられ、つい嘘を吐いてしまう。
背後から唯一俺が海上ダンジョンに行ったことがあると知っているリーナの視線を感じる。
メイ先生はこれで落ち着くかと思ったが、すぐに目の輝きを取り戻した。
「だがどうだ、放課後にぜひ私の研究室で談義でも──」
「あの、テオル様……あたしもお話をお聞きしたいです」
「あっ、私も聞きたい聞きたい! ダンジョンとか面白そうだし!」
「放課後、ご一緒にカフェでもいかがですか?」
「──お、おい! 君たち! 教師である私を差し置いてっ」
しかし、突然周りに集まってきた女子たちに先生は押し出される。
気づけば俺は数人の令嬢に囲まれていた。
困ったな。
興味を持って話しかけてくれるのは嬉しいが、フラウディアの護衛が最優先だ。
どうやって断ろう。
ってそうか、フラウディアとリーナも一緒に来ればいいんだ。
あ、それ以前にこれ、本当はフラウディアやリーナと仲良くなりたいけど、恥ずかしくて俺を挟んでいるだけでは。
もしそうだったとしても、ここは気を利かせて……。
「フラウディア、リーナ──」
「皆さんごめんなさい。テオル様は私との先約がございますので」
「フラウ、私もいるのよ!? まるで二人きりみたいな言い方で……うっうんっ、と、とにかくごめんなさいね。私たちと約束があるの」
誘おうとしたが無理だった。
フラウディアはなんだか怖い笑顔で俺の前に立ち塞がるし、リーナも出てしまった素を取り繕いながら笑みを浮かべる。
「ふ、フラウディア様にリーナ様っ!」
「ごごご、ごめんなさいっ!!」
「またっ、また今度お誘いさせていただきますわっ!」
慌ててクラスメイトの彼女たちが頭を下げる。
そしてすぐに背を向けると自分たちの席に帰っていってしまった。
あれ、もしかしてフラウディアたちって……恐れられてる?
遠くからちらちらとこちらを見ている生徒が他にもいる。
うち一名、また先程の大柄な男子生徒が俺を睨んでいたが、気が付かないふりをしておいた。
「せっかく話しかけてくれたのに。二人と仲良くなりたいんじゃないのか?」
「いえ、あれはおそらくテオル様に……」
「?」
小さくなっていくフラウディアの言葉尻がよく聞こえなかった。
俺の……なんだ?
「普段のあんたはそのくらいでいいのよ。あんまりコミュニケーション能力が高くても困るわ」
「リーナ、何の話だよ?」
「も、もちろん仕事上の話に決まってるじゃない!」
「……はあ」
褒められているような、貶されているような。
よくわからないがとにかく勿体ないことをしたな。
せっかくクラスメイトと仲良くなれる良い機会だったのに。
「もう話しかけてもらえないかもしれないぞ」と俺は言ったが、それは杞憂に終わった。
男子は遠くからリーナたちを見て、時々俺を恨めしそうにしているだけだ。
だが、女子は休み時間ごとに俺に声をかけてきた。
結局毎回、二人が追い返してしまったが。
本当にそれでいいのだろうか。
「リーナ、これは予想外の人気ぶりでしたね。色々と対策を考えなければ、なんだか私は納得がいきません」
「そうね。武勇もあるし全授業で賢いときたら……って、なんだか鼻につくわね。明日は選択実技で魔法や武術もあるし、この先が思いやられるわ」
そして放課後になり、フラウディアが所属する新聞部に同行するまでの道中。
二人はコソコソとそんなことを話している。
確かにリーナは元々情報通だし、授業でも賢さを見せていた。
しかし自分でも言っているがその発言は鼻につくだろ。
ぼうっと後ろに続きながら校庭を見る。
今日は全部の授業が座学だったが、明日は体を動かすものもあるそうだ。
楽しみだなと思っていると、剣を振る集団の姿が目に入る。
「……ん?」
「テオル様、どうかされました?」
「ああいえ。この学園にも剣術系の部活があるんだと思って」
「あ、本当ね。良家の子たちばかりなのに……貴族の家の方針とかかしら?」
不思議に思い足を止めると、フラウディアたちも集団に視線を向けた。
リーナが興味深そうに顎に指を当てて頭を捻る。
「いえ、この学園からも騎士などを目指す方もいるのですよ。騎士学園に入るほどの実力がなくとも、貴族家の三男や四男の方は一般試験を目指していらっしゃいます」
「へぇー……そうなんですね」
「貴族とはいえど、お気楽に過ごすことはできないのね」
疑問にフラウディアが答えてくれ、俺たちはふむふむと頷く。
汗を流しながら剣を振る集団の中に、俺のことを睨んでいたクラスメイトの男子がいることに気がついたのは、その時だった。
「あれ、あいつ……」
「リーズ男爵家五男のグウェンさんです。いつもあのように努力をされていて、Aクラスの中では剣術トップの成績を誇っています」
……グウェン、か。
自分が置かれた環境の中で、必死に努力できるやつに悪いやつはいない。
単純に俺に対抗心を燃やしていたとかで、要注意人物ではないのかもしれないな。
少しの間稽古を見て、再び足を進めるフラウディアたちに付いていく。
そして、そんなグウェンに喧嘩を売られたのは、次の日のことだった。