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喋る地球儀2008年中古品

作者: 城 初六

 僕は後輩の○○と出張である地方都市に行った。後輩がいうには、ここはかつて後輩が暮らしていた町らしい。僕と後輩は、取引先の相手が来るまで、駅前の喫茶店で時間をつぶすことにした。喫茶店には数組の客しかいなかった。僕らはコーヒーを一杯ずつ注文した。僕は後輩にこの町についてどのくらい知っているのか尋ねた。後輩はあまり詳しくはないが、なんとなくの土地勘はあるし、リサイクルショップの場所もわかる、と言った。リサイクルショップ?、と僕が笑いながら言うと、後輩は、実は小学生の時に両親が離婚し、それ以後この町には片手で数えられるほどしか行っていない旨を伝えてきた。雰囲気がなんとなく気まずくなったところでコーヒーがきた。後輩はコーヒーを一口飲むと、唐突に語り始めた。





 祖父が病死したのは10年くらい前でしたかね。しかし、私の両親が離婚したのがそれより前なので、最後に会ったのはもっと前なわけです。ですから祖父との思い出は幼稚園の時に遊んでもらったくらいなものです。


 祖父との思い出はそんなに昔にさかのぼるわけですから、思い出の物なんてなるとほとんどないのです。あるとすれば、祖父が買ってくれた喋る地球儀くらいなものでしょう。その地球儀はタッチペンがついていて、ペンで地球儀上の国をタッチするとその情報を音声が解説してくれます。地球儀の土台の部分には、「首都」や「人口」などといった項目のボタンがあり、そこをタッチしてから特定の国をタッチすると、その国のその項目についての説明をしてくれるわけです。これを私は小学校入学記念として祖父にもらったのです。


 しかし、この地球儀は値が張る割にはあまり実用性がないのも事実でした。なぜなら、この地球儀の情報は購入時から更新されないのです。地球儀の「最高責任者」の項目を押してから日本をタッチすると、「日本の首相は福田康夫です。」と言います。日本の首相が菅直人になるころには地球儀はすっかり埃を被ってしまいました。そして、数年後に両親は離婚、地球儀も引っ越しの際にどこかに行ってしまいました。私は母についていきましたが、地球儀をくれた祖父は父方でした。当時、私は父に対して反感を持っていたので、そのプレゼントがなくなっても別にどうとも思わなかったのでした。


 祖父が亡くなったと聞いて私は急に地球儀を探し始めました。先ほど言ったように祖父との思い出の品はその地球儀しかありません。葬式にも行けなかった私は祖父との一切の関わりを断ち切ることが突然いやになったのです。しかし、母も、電話で少し話した父も、その地球儀の所在を知りませんでした。私はもしかしたらリサイクルショップに売っているかもしれない、そう思いました。


 祖父が病死したとき、私は母のいる実家を出て東京で一人暮らしを始めたばかりでした。ですから、私は父のいる、そして私や祖父がかつて生活していた町に向かいました。そうです。私たちが今いるこの町です。私は父に会わないように気を付けつつ、町中のリサイクルショップを調べました。しかし、なかなか見つかるものではありません。喋る地球儀自体の需要も高くはなく、まして中古、福田康夫政権の地球儀の需要は一般的には皆無でしょう。大通りのリサイクルショップから順番に入っていきますが、店員さんは皆んな怪訝な顔をするばかりです。


 私が事前に確認したリサイクルショップをすべて回った時にはあたりは暗くなっていました。そして、すべて回った結果、私が探していた地球儀は見つかりませんでした。私は、もう駄目だな、きっと私か父か母かが捨ててしまったのだろう、今日はもう帰るか、と思い駅の方角へ顔を向けました。


 その時、目の前に小さなリサイクルショップがあらわれました。店の看板には「リサイクルショップ 如月」とあります。事前にネットで調べてもなかったのですが、そういうこともあるでしょう。私は最後の頼み綱だと思って、「如月」に入っていきました。


 「如月」は外観の割には中が広々していました。黒い安楽椅子や大きな棚、ド派手な仏壇など様々な物があります。


「いらっしゃいませ、何かお探しでしょうか?」


店主と思われる初老の男性が現れました。私がふと店の奥を見ると、老婆も座っていました。おそらく、この男性とあの老婆とでこの店を切り盛りしているのでしょう。


「すみません、喋る地球儀を探しています。もっとも、最新のではなくて2008年の物になるのですが……。」


私が恐る恐る尋ねると、男性は少し口角を挙げて、奥に行ってしまいました。そして3分後、男性は地球儀を持ってきました。


「これが、お客様がお求めになっている地球儀だと思いますよ。タッチペンで確認してください。」


私はその地球儀の「最高責任者」をタッチしてから日本の上を押しました。


「日本の首相は福田康夫です。」


確かに私の祖父がくれた地球儀と同一の型で間違いありません。私は男性に買う旨を伝えました。そうすると男性は老婆のいる方向に案内しました。


「これを買うんだね。195円だよ。ただこれがあなたが求めている物、それとは限らないけどね。」


今思えば、あの老婆の発言の意味をもっと吟味すべきだったかもしれません。しかし、その時の私はやっと地球儀を手に入れた喜びと、その値段のあまりの破格さに対する驚きでいっぱいでした。「それとは限らない」の意味をもっと深く考えておけばよかったのです。


 私は地球儀を自室の棚の上に置きました。この地球儀を見ると祖父との思い出が浮かび上がってきます。私は喋る地球儀の機能をたっぷり堪能しました。


 しかし、3日後に奇妙なことに気が付きました。国の最高責任者が少しずつ変わっているのです。ブッシュ大統領はオバマ大統領になり、福田康夫首相は麻生太郎首相になりました。また、地図は変わらないもののスーダンの下の方を指すと、「南スーダン」と音声が反応するようになりました。1週間もすれば首相は鳩山由紀夫、菅直人、と変化していきます。そう、地球儀は、電池いれたての電波時計のように、2008年から現代に向かって徐々に追いついてきたのです。


 私は地球儀に対する不気味さもありましたが、何よりも祖父との思い出を邪魔されたような気がして無性に腹が立ちました。そこで私は上京してから知り合ったTのところに行きました。Tはとある有名な神社の次男で、幽霊を見ることができる、という興味深い男です。私は、喫茶店に地球儀を持っていき、Tを呼び出しました。


 Tは私と地球儀を見るやいなや、頭を抱えてしまいました。


「先に言っておくけど、僕は基本的にぼんやり見えるだけなんだ。ただぼやみたいにね。だから、それがいいものか悪いものか、ということはわからないんだ。まあ、パワーが強い霊だとはっきり見えることもあるけど。だから、とりあえず神社に行け、寺院に行け、ということしか言えないね。」


「それで、私、もしくは地球儀には何か憑いているのかい?」


「まあ、地球儀の方にはお二方、憑いているね。片方はご高齢な見た目をしていてまずまずパワーも強いね。実際に物理的に地球儀をおかしくしているし、祓ってもいいくらいでもあるよ。」


「ご高齢か、それじゃあ祓わなくてもいいかな。」


「まあ、○○がいやな感じがしないっていうのならそれでもいいけど。正直、このくらいなら自己判断のレベルではあるし。まあ、僕の神社に行くことをおススメはするけど。」


「それでもう一人の方は?」


「こっちがよくわからない。ご高齢な方よりもパワーは弱いし。本当に少し影みたいに見えるだけだから。」


 私はTにパフェを奢ると、自宅に帰りました。


 其の日の夜、いよいよ今までにない変化が訪れました。私が歯を磨いていると、地球儀の方から喋りかけてきたのです。


「やあ、○○、元気にしていたかい?まあ、ここ数日の様子を見ていると元気にしているようだね。」


 その声は最初こそ地球儀の音声でしたが、段々としわがれた、老人のような声に変化していきました。


「お、お、おじいちゃん?」


「おじいちゃんだよ。ここ数日はすまないね。何せ○○に気が付いてもらいたかったからね。本当に悪いとおもっている。」


 その日は夜通し、祖父と思い出話をしました。私はもともと祖父のことをあまり覚えていませんでしたが、話しているうちにいろいろな記憶が蘇ってきました。祖父に連れられて山菜を取りに行ったこと、祖父に竹馬を教えてもらったこと、祖父は指が器用で、その10本の指で様々な影絵を見せてくれたこと。


 私は祖父との楽しい思い出を過ごしていく中で、外出が減りました。元々ご時世もご時世でしたし、失った祖父との思い出を思い出すことが楽しくなっていったのです。そのうち、私は祖父の姿が見えるようになりました。祖父は背が高く、綺麗な白髪を持ち、威厳のある髭を整えていました。そしてあの頃みたいに、影絵を見せてくれたり、山菜の種類を教えてくれたりしました。別に山に行くというわけでもないのに。やがて、私はあの頃の自分自身の姿も見るようになりました。当時の私と祖父が遊んでいる姿はとても微笑ましいものでした。


 ある日、父から電話で連絡がきました。父は仕事の都合で現在こちらに来ており、会わないか、というのです。少し前の私なら拒絶していたでしょうが、祖父の姿を見てきたこともあり、父に対する嫌悪感というものもかなり薄れていました。私は二つ返事で会いたい旨を伝えました。


 数日後、私は父に会うためにファミレスに向かいました。父と私は向かい合って座り、少しばかり昔の話をしました。しばらくして、祖父の話になりました。

 

「そうそう、そのことで、お前に伝えたいことがあるんだ。」


「何?」


「あの、少し前に珍しく電話くれたろ。地球儀のこと知らないかって。あれ、見つかったんだよ。ほら、少し前に叔父さんの家が差し押さえられたろ。あの土地は親父の土地だったからよ、どういうわけか地球儀が蔵においてあったんだよ。」


「え。」


そんなわけはない。たしかに自分の部屋に地球儀はあるはずだ。そう思いました。


「まあ、電池とかは切れてたけど保存状態も良好でさ、帰ったら、すぐに郵送するよ。」


そんなわけはない。そんなわけはない。そんなわけはない。そんなわけはない。私は自分に言い聞かせました。


「そうだ、お前にいくつか親父の写真と、あとこれをやるよ。」


父は写真とループタイを出しました。しかし、これを見て、私は声がほとんどでませんでした。


「これが……、おじい……ちゃん……?」


そこには背の低い、禿散らかしたしわくちゃな老人の写真が写っていたのです。


「ああ、そうだ。まあ、顔もしっかり覚えていなくてもしかたないな。」


「じゃあ、山菜は?影絵は?」


「山菜?影絵?何を言っているんだ?おじいちゃんはあの年にしては珍しく山がきらいだったし、それに、若い時に工場の事故で指を切断してからほとんど見せてくれなかったよ。」


私はただただ茫然としたまま父に別れを告げ、家路につきました。



「ただいま!おじいちゃん。」


私はあの、背の高い、威厳のある祖父を求め、ドアを開けるなり叫びました。するとその時です。


「おかえり」


耳元からあの祖父の声が聞こえたかと思うやいなや私の首が急激に締まりました。


「あはははははははは!あはははははは!」


目の前にはかつての、祖父と遊んでいた私がいました。しかし、よく見るとこれはかつての私でもなんでもありませんでした。青白い顔をした、見ず知らずの子供。血色のない顔が私を見て声高に笑っています。私の首は締まっていき、視界はぼやけ、意識も遠のいていきます。


「おじいちゃん……」


私がつぶやいたその時です。一瞬、ループタイと、小指を欠損した右手が視界の片隅に見えました。そして首元が緩み、私の意識も飛んでいきました。



 気が付くと、3日ほど経っていたようです。スマホには友人や家族からの連絡が溜まっていました。自室に入ると、あの、リサイクルショップで購入した地球儀はバラバラになっていました。あの偽物の祖父も偽物の私も消えていました。そして、何より不思議な事に、父から渡されたループタイも消えていました。祖父の写真は残っていました。



 私が思うに、私は祖父を思うあまり、悪霊のついた、偽物の地球儀を買ってしまったのだと思います。そして、それを本物の祖父が助けてくれた。私は知らず知らずのうちに祖父を美化していたようですが、しっかり自分の過去と向き合っていなかった。私はたまにこのことを思い出しては、祖父に感謝しています。





 

 後輩はここまで一息つくと、一気にコーヒーを飲みほした。それでは資料の確認をしましょう、と後輩は朗らかに言った。しかし、僕は気が気でない。後輩の後ろの少し離れた席から、ループタイを付けた青白い子供がこちらを見ていたのだから。



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