②
部屋にガシャンとガラスが割れるような音が響く。同時に、部屋を照らしていた明かりの量が一気に少なくなった。アイリスはエリックが無事にランプの一つを壊せたことを理解し、すかさず石を構えて無事な方のランプに投げつける。
投げた石のうちの一つが命中し、部屋は完全な暗闇に包まれた。
「なんだ!?」
男の焦った声が聞こえてくる。アイリスは視界がおぼつかないままフェイ達のいる方に進み、何とかローナを見つけると、手を引いて出口まで駆けだした。途中、心配になって振り返ると、フェイを抱えてこちらに走り寄るエリックの姿がうっすら見えた。
「何者だ!子供たちを返せ!」
後ろから男たちの怒鳴り声が聞こえてくる。アイリスは心臓がばくばくいうのを感じながら、扉を開けて一目散に階段を駆け上がった。
地上の裏口に出て、フェイを抱えたエリックが追いつくと、アイリスは急いで扉を閉めた。アイリスが扉を押さえつけている間にエリックは側にあった石を扉の前に置く。
「時間稼ぎにはなるだろ。中は視界が悪いし。けれど仲間に気づかれているかもしれない。すぐに逃げよう」
「ええ、そうね」
アイリスとエリックは、何が起こったのかわからないという顔をしている二人の子供を連れて、裏口の前の寂しい通りを抜け、大通りに出た。
人の多い場所に出た二人は、やっと息をつく。
「さっきのおばさんたち……?なんでお前たちがここに?」
顔を腫らしたフェイは、それでもふてぶてしい態度を崩さずに二人に尋ねる。エリックが答えた。
「このアイリスが見ていられないから止めようと聞かないから、ランプを壊して部屋が暗くなった隙に君たちを連れ出したんだ」
「いや、見ていられないって、そもそもなんであんな場所にいたんだよ」
「それは秘密ということで。ローナが無事だったんだからいいじゃないか」
エリックがごまかすように言うと、フェイはその言葉に黙ってうなずいた。
フェイはローナの方に行って彼女の手を取る。ローナがぽろぽろ涙をこぼすと、つられるようにフェイも小さく泣きだした。
アイリスが男たちのいる場所に乗り込もうとしたとき、エリックは危険だと言って止めた。それから、この部屋の灯りは左右のランプ二つしかないので、それを壊せば混乱に乗じて二人を連れ出せるかもしれない。僕が移動して左のランプを壊すから、君が右のランプを壊してくれ、と言った。
そうして言葉通りランプを壊して部屋を暗闇にすると、その隙にフェイとローナを助け出した。
アイリスは感心していた。エリックは自分よりもずっと冷静だ。自分があのまま男たちの元に向かって行ったとしたら、返り討ちに遭っていたかもしれない。フェイとローナを無事に助け出せたとも思えない。アイリスは、エリックをただのエイミーのストーカーかと思っていたことを心の中で謝罪した。
「あの、お姉さんたち、ありがとう」
フェイと抱き合って泣いていたローナが、ふいにアイリスとエリックの方を見て言った。
「私たちを助けてくれたんでしょう?あのままだったらフェイが死んじゃうかと思って本当に怖かったの。ありがとう」
「ううん。大変だったわね」
「びっくりした。フェイが隠れてると思わなかったんだもん……」
ローナはそう言うと、突然フェイの頬を両手でつかんだ。そして、さっきまで泣いていたとは思えない怒り声で言う。
「なんであんな無茶をしたの?私は仕方ないって諦めていたのに!フェイ、殺されるかもしれなかったんだよ!?」
「なんだよ、行きたくないって売られることが決まってから毎晩泣いてたくせに!」
「だってどうにもならないじゃない!私たちに何ができるというの?この人たちが来てくれなきゃフェイはよくて懲罰部屋に入れられて、運が悪かったら殺人趣味の客に売り飛ばされてたんだよ。ほら、ちゃんとお礼を言って!」
ローナは目に再び涙を浮かべながら、強い調子でフェイを叱っている。彼はもごもごと言いづらそうにアイリスたちの方を見て、助かった、ありがとうと言った。
アイリスとエリックは笑顔で首を横に振る。
「ローナ。フェイは君をどうしても助けたくてしたことだから、それくらいで……」
「駄目です!フェイは頭に血が上ると後先考えずに突っ走るところがあるんです!」
「そうか。誰かさんと似ているね」
ぷりぷり怒っているローナに、エリックは苦笑しながら言った。ちらりと横目で見られたアイリスは、気づかないふりでそっぽを向いた。
「とりあえず、このまま外にいるのは危険だ。劇場のやつらは君たちを探すだろうし、どこかかくまえる場所があるといいだが……」
エリックは腕を組んで悩みだした。アイリスは横から言う。
「じゃあ、二人ともうちに来ればいいわ!お父様もお母様も事情を話せばわかってくれるはずだから」




