①
エリックはアイリスを取引会場のさらに奥へと案内した。パーティー会場のようだった先ほどの部屋と違い、裏のスペースは物が積み上げられてごちゃごちゃとしている。倉庫のようだとアイリスは感じた。
灯りは部屋の左右にランプが二つあるだけで、随分と暗い。いかにも秘密の取引をする場所という印象だった。
「さっきまでの部屋と随分違うのね。ここは何の部屋なの?」
「ここは子供の引き渡し場所だ。奥に扉が見えるだろ?あれは地上行きの階段と続いていて、あそこから出れば地上の裏口から外に出られる。子供を引き取った客たちは、そこからこそこそ出て行くんだ」
「なるほどね」
アイリスはうなずいた。
そのとき、廊下から足音が聞こえてきた。かすかに話声も聞こえる。アイリスは身を硬くして、そちらを見た。
そこには、二人のタキシード姿の男性と、一人の小さな女の子がいた。アイリスは女の子の顔を見てはっとした。その子が、舞台が始まる前に廊下で会ったあのローナという少女だったからだ。
「エリック様、あの子……」
「さっきの子だな。今日はあの子が引き渡されるらしい」
「どうにかならないの……!?」
つい声を荒げるアイリスに、エリックは静かに、と注意する。
「もう引き渡し直前なんだ。気の毒だけれどどうにもならないだろ」
「でも……」
アイリスは彼らの方をじっと見つめる。淡々と話す男性たちと、にこにこと子供らしい笑みを浮かべているローナ。アイリスは胸が痛くなった。
「あんなに笑って。ローナは自分が売られることをわかっていないのかしら」
「いや、多分ちゃんとわかっているよ」
呟くように言うアイリスに、エリックは小声で言った。
「だってあんなに嬉しそうにしているじゃない」
「するしかないんだよ。礼儀正しくない子供は価値を下げられて、よりタチの悪い客に売られるそうだから。少しでもましな地獄に引き取られるために、子供たちは笑顔を絶やさないんだ」
アイリスは改めてローナを見た。彼女は表情こそ笑っているが、手をせわしなく動かしているし、足はわずかに震えていた。いたたまれなくなり思わず目を逸らす。
思えば、さっき会場で見かけた金髪の男の子もそうだったのかもしれない。何もわからないから無邪気に笑っていたのではなく、わかった上で子供らしくふるまっていたのかも。アイリスは胸が痛んだ。
そうしている間にも、男性たちの会話は進んでいく。
とうとう、客の男性はローナの手を引いて扉に向かい始めた。彼が裏口から出てしまえば、ローナを助ける方法はない。アイリスは隠れていた棚に目を凝らした。おそらく舞台設置に使うであろう布や板がある。鉄の棒や飾り石も見える。武器に使えないだろうかとアイリスは考えを巡らせる。
「おい、アイリス。馬鹿なことを考えるなよ」
アイリスが考えていることを察したのか、エリックは硬い表情で言った。
アイリスがそれに答えないままそっと鉄の棒に手を伸ばそうとすると、何かが倒れる音と、男性たちの怒声が聞こえてきた。
「おい、何しやがる!このガキが!」
「フェイ!お前どこに隠れていた!!お客様になんてことをする!!」
「うるさい!変態じじい!ローナを離せ!!」
目を向けると、そこには床に尻もちをつく緑の仮面の男性と、怒鳴り声をあげる赤色の仮面の男性、そうして二人を前に叫ぶフェイの姿があった。アイリスはその光景に目を見開く。
「あの子もここに隠れていたの!?」
「そうらしいな。子供一人で成人男性二人に向かって行くとは無謀な……」
エリックは焦りの表情を浮かべて言う。
当然、フェイはすぐに男性たちに押さえつけられた。それでも彼に引く様子はない。必死に暴れて押さえつける腕を振り払おうとしている。
バシンと鈍い音が響いて、フェイが頬を殴られるのが見えた。フェイは床に倒れ込む。
フェイを殴った赤い仮面の男は、さらに床に倒れる彼の頭を乱暴に踏みつけて言った。
「ふざけるなよ、このガキが。子供をいたぶって殺すのが趣味の客に売りつけてやろうか」
「勝手にすればいい。どうせどこに行ったって人間扱いされないのは一緒なんだ。でも、ローナを連れて行くのは許さない」
「許さない?売り物のガキに何ができる」
そう言って男は勢いよくフェイのお腹を蹴った。フェイはごほごほと苦しそうにせき込んでいる。
「もう見てられないわ」
アイリスは棚から鉄の棒を取り出すと、フェイたちの方に駆けだそうとした。エリックは腕をつかんでそれを止める。
「落ち着け、アイリス」
「離してよ。このままじゃあの子が死んじゃうわ。あなたは見捨てるつもりなの?」
「そうは言っていない。危険だから止めているんだ。そんな小さな武器であいつらと喧嘩するつもりか?」
「だって、それしかないじゃない」
アイリスが悲痛な声で言うと、エリックは無言のまま棚から飾り石を数個取り出した。
「石?あいつらに投げつけるの?」
「投げつけるけれど、的はあいつらじゃない」
エリックはそう言うと、アイリスに石をいくつか握らせて、小声で指示を出した。エリックの言葉を聞いたアイリスは静かにうなずく。
「いいか。俺が投げた後に君もすぐに石を投げろ」
「わかったわ」
エリックはアイリスの返事を聞くと、棚の影を男性たちに見つからないように進み、部屋の反対方向に行った。
アイリスはエリックの移動を待つ間、フェイの方に目を向けた。
赤い仮面の男に何度も蹴られるフェイは、それでも相手を強い瞳で睨みつけたままだ。横でローナがやめて、私はちゃんと行くからと、泣きながら男に縋り付いている。アイリスは唇を噛みしめた。




