②
二人が会場の座席に座ると、間もなく舞台の幕が上がった。ステージに可愛らしい子供たちがたくさん出てくる。
アイリスは聞いていた通り、本当に子供しか出てこないことに感心した。友人はクオリティは高くないと言っていたけれど、アイリスは子供だというのになかなか上手な演技をすると感じた。
特に、さっき廊下で会ったフェイとローナ。彼らの演技は驚くほど上手だった。貧しい少年の役をやっているフェイなど、さっきの態度からは考えられないような心優しい少年を演じきっている。
劇が終わるころには、アイリスはすっかり物語の中に引き込まれていた。
「なかなかよかったな。……ってアイリス!?泣いてるのか!?」
「う……っ、王子が身を挺して以前自分を助けてくれた貧しい少年をかばうなんて……!最初はあんなに嫌なやつだったのに……!二人とも生きて仲良くお城で暮らして欲しかったわ……」
「いや、確かにいい話ではあったが……。泣いているのは多分君だけだぞ」
エリックはハンカチで目頭を押さえてぐすぐす言っているアイリスに、戸惑いながら言う。
「だって感動したんだもの。仕方ないでしょ。メラン劇場には初めて来たけれど、いいところなのね。私、劇場にはあまり縁がなくて、知り合いの男爵が趣味でやっている劇場くらいしか行ったことがなかったのだけれど……、これからは色々行ってみようと思うわ」
「そ、そうか。そんなに楽しめたならよかった」
エリックは涙声で語るアイリスに、若干引きながら言った。
「私この劇場のファンになっちゃったかも。子供だけを役者に使うっていうアイデアも斬新でいいわ!」
「……そんなにいいものではないんだけどな」
すっかり感動しきっているアイリスに、エリックは悲し気な顔で言った。
「どういうこと?」
「すぐにわかる。アイリス、裏に行こう。そこにロニーもいるはずだ」
アイリスは怪訝な顔でエリックを見た。彼の深刻な表情に一抹の不安を覚えながらも、ついて行くことにした。
──
二人はこそこそ隠れながら、劇場の奥まで進んだ。
「見つかってはだめなの?」
「ああ。ここは表向きは普通の劇場だけど、裏では違法な取引をしている。一般客からは隠されているが、地下に裏取引用の部屋があるんだ」
エリックは説明しながら、薄暗い廊下を進む。そして、階段を降りた先の、木製の質素な扉の前で足を止めた。
「開けるぞ。静かにしていてくれ」
「わかったわ」
アイリスがうなずくと、エリックはそっと扉を開けた。
中には、こじんまりとした建物の外観から思いつかないほど広い空間が広がっていた。以前ロニーとエイミーの婚約発表パーティーが行われた会場くらいの広さがあるかもしれない。部屋にはいくつものテーブルがあり、着飾った人々が楽し気な様子で話している。
アイリスは感心しながら小声で言った。
「地上からは全然わからなかったけれど、地下はこうなっていたのね」
「ああ。メラン劇場の下にこんな部屋があるなんて、事情を知らないものは気づかないだろう」
アイリスはカウンターの影に隠れながら会場を見渡す。そしてあることに気づいた。
「みんな仮面をしているのね……?」
「ああ。極力正体を知られなくないだろうからな」
エリックは神妙な声で言う。その会場では、実際ほとんどの人間が、アイリスたちがつけているような目元を隠す仮面をつけていた。上で演劇を見ていた時も仮面をつけた人は見かけたが、半数より少ない程度だった。しかし、この場では誰もが顔を隠している。
アイリスは空間の異様さに気づいて居心地が悪くなった。
その時、アイリスたちの近くのテーブルで談笑していた紳士の元へ、紫色の仮面をつけた男が近づいて来た。彼の隣には小さな子供がついている。子供は仮面をしていない。アイリスは、その金髪の子供がさっきの劇で王子役をやっていた男の子だと気づいた。
「アイリス、わかるか?」
エリックが小声で尋ねる。アイリスはうなずいた。
「ええ。さっき王子役で出ていた男の子よね……。近くで見ると破壊的に可愛いわ……」
「え?いや、違う。紫色の仮面の男の方だよ。子供の隣にいる。あいつがロニーだ」
「え?」
アイリスは驚いて紫の仮面の男を凝視した。確かに、髪型や体型はロニーと同じだ。
「顔を隠しているとはいえ、元婚約者に気づかないなんて……。子供の方は衣装が違ってもすぐに気づいたのに」
「し、仕方ないでしょ。普段と雰囲気が違うからわからなかったの」
アイリスは言い訳をするように言った。
実際、ロニーはいつもと大分印象が変わっていた。普段のロニーは、本性はともかく、明るく感じのいい好青年に見える。しかし、今の彼は簡単に近づけないような危険な雰囲気を纏っている。
ロニーはテーブルに座っていた緑色の仮面の男性と何か話し始めた。男性は金髪の男の子に目を遣り、口元に笑顔を浮かべて話しかけている。男の子は無邪気な笑顔でそれに答えていた。
「騒がしくて会話の内容まで聞こえないわ。もう少し近づけないかしら」
「少しだけ側に行ってみよう。見つからないように気をつけろよ」
エリックとアイリスは、隠れていたカウンターから出て、そっと柱の影に隠れた。さっきの位置からでは聞こえなかった会話の内容が聞こえてくる。




