①
二人はメラン劇場を訪れた。
白い壁に金色の柱。小さいけれど高級感のある建物で、貴族らしい人々が数人出入りしているのが見えた。
「この中でロニーの本性とやらが見られるの?」
「ああ。ただ、入る前にこれをつけてくれ」
エリックはそう言うと、目を隠す仮面を取り出した。
「確かにロニーに私の姿を見られたらまずいものね」
「そういうことだ。仮面をつけてくる客は多いから、目立たないだろう」
仮面をつけると、アイリスはエリックに続いて劇場の中に入っていった。ロビーではタキシード姿の紳士のグループや、ドレスを着たご婦人たちが和やかに談笑している。
二人は人々の合間をすり抜けて、演劇が行われるホールの方まで急いだ。
「あら?」
「どうしたんだ、アイリス」
ふいに立ち止まったアイリスに、エリックが尋ねる。アイリスは廊下の奥を指さした。そこには一人でうずくまる小さな男の子がいた。
「子供?一人か?どうしたんだろう。劇場の子だろうか」
エリックは首を傾げた。
「具合が悪いのかもしれないわ。ちょっと見てくる」
アイリスはそう言って男の子の方まで駆けて行った。エリックも慌てて後を追いかける。
「君、どうしたの?大丈夫?」
アイリスはかがんでうずくまる少年に声をかけた。少年はゆっくり顔を上げる。
アイリスは少年の顔を見て息を呑んだ。艶やかな黒髪に、透き通るような白い肌。ダークブラウンの瞳は長いまつげで縁取られている。アイリスが今まで見たことないほど美しい子供だった。
少年は淡いピンク色のふっくらした唇を動かす。しかし、その口から出てきたのは外見とはかけ離れた言葉だった。
「うるせぇな……。話しかけてくんなよ、おばさん」
「お、おばさん……!?私はまだ19歳ですのよ!?」
アイリスが言うと、少年は鼻で笑った。
「十分年増じゃん。何?おばさんもここのお客?俺のこと気に入ったわけ?気持ち悪いからどこか行ってくれない?」
「まぁ、なんて失礼な……!私はあなたがうずくまっていたから、体調が悪いのかと思って声をかけてあげたんですわ!そんな憎まれ口を叩けるくらいなら大丈夫ですわね!!」
アイリスはぷりぷり怒って言った。少年はその姿を見てもつんと澄ましている。
「ま、まぁまぁ。アイリス。子供の言うことだから……」
「こんな生意気な子供見たことないわ!」
困惑顔でフォローするエリックに、アイリスは怒りが収まらないといった表情で言った。
「あ、あの。すみません。フェイがどうかしましたか?」
突然、廊下に甲高い声が響いた。アイリスが振り向くと、そこには茶色のおかっぱの髪に黒いリボンをつけた、これまた天使のように愛らしい女の子が立っている。
「なんでもないよ、ローナ。このおばさんが突然話しかけてきて、うっとおしかったからどこか行けって言っただけ」
アイリスたちが何か言う前に、黒髪の男の子(どうやらフェイと言うらしい)が答えた。ローナと呼ばれた女の子は青ざめる。
「もう!フェイは!なんてことを言うの!いつもお客さんには礼儀正しくって言っているでしょう!?
あの、お姉さんたち、フェイがごめんなさい。フェイは口が悪いだけで、悪い子じゃないから怒らないで欲しいの」
ローナはアイリスとエリックを交互に見ながら、申し訳なさそうに言う。アイリスは慌てて言った。
「いえ、いいのよ。気にしていないわ」
「ありがとう、お姉さん。本当にごめんなさい」
「おい、やめろよローナ。俺たちがそいつらにへつらうことねーよ」
アイリスに向かってぺこりと頭を下げるローナを、フェイは立ち上がって止める。
「行くぞ。ローナ。もう舞台が始まる時間だ」
「知ってるわよ。フェイがいなくなっちゃうから探しに来たんじゃない。お姉さんとお兄さん、舞台、私たちも出るからどうぞ楽しんで行ってね!」
ローナはフェイに文句を言った後、アイリスたちの方を見て笑顔で言った。それから手を振って、フェイの後について駆けていった。
「……なんだか対照的な子供だったわね」
「そうだな。この劇場の子供は随分個性豊かなんだな」
去って行く二人の子供の背中を、アイリスとエリックはあっけにとられながら見つめていた。




