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後日、二人の婚約発表パーティーが行われることになった。
アイリスは瞳と同じ色の赤いドレスを着て、グレーのタキシードを着たエリックと並んで会場に入る。
たくさんの人が二人におめでとうと声をかける。アイリスとエリックはにこやかにお礼を言った。
(ついこの前の、ロニーとエイミーの婚約発表パーティーのときはあんなに惨めな気持ちだったのに。今はこんな晴れ晴れとした気分でいられるなんて)
アイリスはそう思いながら隣に立つエリックに目を向ける。視線に気づいたエリックに微笑まれ、アイリスは思わず顔を赤らめた。
パーティーは和やかに進んでいく。
談笑の最中、突然ガシャンとガラスの割れるような音が聞こえた。見ると、会場の端に立つ女の子が慌てた様子で床に手を伸ばしている。床には、割れたグラスと零れたワインが広がっていた。
「あら、大丈夫かしら」
「落としてしまったんだな。誰か人を呼ぼうか」
エリックとアイリスがメイドを呼ぼうと辺りを見回すと、男性がグラスを落とした女の子に近づくのが見えた。アイリスは始め片付けを手伝いに来たのかと思ったが、どうも様子が違うことに気づく。
アイリスは会話が聞こえるところまで近づいた。男性が小声で女の子に対し文句を言うのが聞こえてくる。
「本当鈍くせーな。またかよ。グラスを持つことすらまともにできないのか」
「ご、ごめんなさい、アルフ……。すぐに片付けるから」
「ドレスが汚れるだろ、メイドにやらせろよ。そんなこともわからないのか」
「ごめんなさい……」
男性に苛立たし気な声で言われ、女の子はおどおどと謝っている。アイリスは眉をひそめてその様子を眺めていた。
「あーあ、なんでお前みたいなやつが婚約者なんだろうな。自由に選べたらもっとちゃんとした女を選ぶのに」
「ごめんなさい、アルフ……」
女の子は悲しそうな声で謝っている。アイリスは腹立たしくなり、思わず男の前に立った。
「ねぇ、ちょっと。何してるの」
「ア、アイリス様。すみません、せっかくのパーティーで俺の婚約者が失礼を」
突然近づいて来たアイリスに驚いたのか、男性は戸惑った様子で言う。アイリスは彼を睨みながら言った。
「失礼なのは彼女じゃなくてあなたよ!なんでたかがグラスを落としたくらいでそんなに責めるの」
「いや、俺だって一回目なら怒りませんよ。でも、こいつはいつも鈍くさくて。さすがに何回もだと呆れるんです」
「それにしたってあなたの態度はないわ。それに、婚約者をこいつだなんて言うのは失礼よ」
アイリスはじろりと男性を見ながら言う。
「あ、あの、アイリス様。私が悪いんです。いつも彼を怒らせてしまって」
横から女の子が慌てた様子で謝る。アイリスはその子の方に目を向ける。
「そんな風に自分を卑下することはないわ。こんな小さなことで怒る男性の方が器が小さいのよ」
アイリスはぷりぷりしながら言った後で、会場がやけに静かなことに気づく。見ると、周りの視線はアイリスに集中していた。当然だ。婚約発表パーティーの主役が、参加者に向かって声量も落とさず説教しているのだから。
「えっと、アイリス様、俺たちはこれで」
視線に耐えられなくなったのか、男性は女の子を連れて部屋を出て行く。女の子はアイリスに向かってぺこりと頭を下げて、彼に続いた。
アイリスは会場の視線を受けて固まる。
自分はおめでたい場で一体何をやっているんだ。注意するにしても、もう少し状況を考えられなかったのか。エリックは婚約者が早速軽率な行動を起こすのを見て、さぞ情けない思いをしているに違いない……。
アイリスがおそるおそるエリックに目を向けると、彼は耐えきれないと言った様子で笑い始めた。アイリスはぽかんとして彼を眺める。
「君は本当にいつでもその調子なんだな。パーティーでもお説教なんて」
「ご、ごめんなさい……。こんな性格で……」
アイリスはさっきの女の子に負けず劣らずの恐縮した態度で謝る。
エリックは急にしおらしくなったアイリスを見て、さらに大きな声で笑いだした。
「いや、いいよ。そこが君のいいところなんだから。普通の子になったらつまらない」
エリックが思い切り笑うのを見て、戸惑い気味だった出席者たちもくすくすと笑い始めた。会場が和やかな笑い声に包まれる。
アイリスは少し恥ずかしく思いながらその声を聞いていた。けれど、エリックが隣で目に涙を浮かべて笑っているのを見ていたら、自分の性質はそんなに悪いものではないのかもと思えてきた。
胸がじんわりと暖かくなるのを感じながら、アイリスは会場の空気につられるように小さく微笑んだ。
終わり




