7-3
「うわ、アイリス……!?」
「待ってって言ってるじゃない!なんで一人で勝手に納得して出て行こうとするの!!」
「ご、ごめん」
アイリスが叫ぶように言うと、エリックは戸惑いながら謝った。
「今度はちゃんとした人と幸せになってだなんて、簡単に言わないでよ。私はしょっちゅう少しは淑女らしくなれとか、男に生まれればよかったのにとか言われてきた女なのよ。そんな私を妻にしようだなんて奇特な人、あっさり見つかると思う?」
「それが君の美徳じゃないか。それに君くらい美人だったら、妻にしたい人なんていくらでも見つかるだろ」
「だから、それを美徳なんて言ってくれる人はそうそういないのよ!そんな風に思ってくれるのはエリック様くらいなの!」
エリックは顔を赤くして言うアイリスに向かって、そんなことはないさ、きっと君の魅力をわかってくれる人は見つかる、なんて言って励ましている。アイリスは不満そうに彼を見上げた。
「なんでここまで言ってもわからないのかしら」
「な、何か気に障っただろうか……」
アイリスはおろおろするエリックに向かって、意を決して口にした。
「そこまで言ってくれるなら、あなたが私を妻にしてよ」
アイリスは口に出した後、なぜこんな喧嘩腰の言い方をしてしまうんだろうと自分に呆れた。
なぜもっと可愛く言えないのか。子供の時から想ってくれていたことも、欠点だと思っていたところを美徳だと言ってくれたことも嬉しかったと、もっと素直に言えたらいいのに。
エリックはアイリスの葛藤にも気づかず、呆然とした顔で彼女を見ている。
そうして沈黙の後、やっと口にした。
「僕でいいのか……?君にはもっとふさわしい人がいるんじゃ」
「だからいないってば!……ううん、違うわ。他にもいるとかいないとかじゃないの。私、エリック様とだったら、楽しく生きていける気がするの」
アイリスは劇場や孤児院にエリックと忍び込んだ時のことを思い出す。無茶しようとするアイリスに呆れながらも、彼は毎回手を貸してくれた。危険だからと止めることはあっても、行動自体を否定しようとはしなかった。
アイリスはそれにとても救われる思いがしたのだ。
「だからエリック・オルセン様。どうか私と結婚してください!」
アイリスはエリックの手を取り、彼の目を真っ直ぐ見つめて言う。エリックは思わずうなずいた。
「……僕でよければ、喜んで」
「本当に?すごく嬉しい!」
アイリスはエリックの手を握ったまま笑顔で言う。エリックもつられて頬を緩めた。それから少し声を落として言った。
「しかし君に言わせてしまうとは……情けない」
「本当ね。エリック様は控えめ過ぎるわ」
「だって、君は僕にとって高嶺の花だったんだ」
エリックは言い訳するように言う。アイリスはその様子も、自分みたいな跳ね返りを高嶺の花などと言うエリックもおかしくて、ついけらけらと笑ってしまった。
──
エリックとの婚約を伝えると、アイリスの両親はとても喜んだ。
「そうか。君のような立派な青年がアイリスをもらってくれるなら安心だ」
「ええ、本当に。ちょっとお転婆だけれど、アイリスはとてもいい子なの。どうかよろしくね」
「は、はい。一生大切にします」
にこやかに言うアイリスの両親に向かって、エリックは緊張した顔で答える。
「……ロニーさんのことでは、私たちもアイリスに悪いことをしたと思っていたの。彼は評判の良い好青年だし、いい縁組だと信じて疑わなかったのに、あんなことになってしまって……」
「お母様、ロニー様の話はいいでしょう」
沈んだ顔で言う母に向かって、アイリスは咎めるように言った。
「ええ、エリック様のような方がアイリスの婚約者になってくれたのですものね。とても安心したわ」
その時、部屋の扉が開いて、フェイとローナが入って来た。カティック家で預かられることになった二人は、今やすっかり家に馴染んでいる。
話の最中だと気づいたローナは、慌てて謝った。
「わぁ、お邪魔してごめんなさい!フェイと探検ごっこしてたの。すぐに出るね」
「いいのよ、ローナちゃん。フェイ君。二人ともいらっしゃい」
カティック夫人はにこやかに言って手招きした。
「実はね、アイリスとエリック様の婚約が決まったの!」
カティック夫人が明るい声で言うと、ローナは目を輝かせた。
「えー、びっくり!二人ともおめでとう!」
「ありがとう、ローナ」
「ありがとう。びっくりさせちゃったわね」
ローナの隣のフェイは、あっさりとした口調で言う。
「ふぅん。結婚するんだ。よかったじゃん。エリック、会った時からアイリスのこと好きなの丸わかりだったもんな」
フェイの言葉にエリックは固まった。ローナは興味津々な様子でフェイの方を見る。
「えー、そうなの?私は気づかなかった」
「いや、普通にわかるだろ。劇場でもアイリスのことばっかり見てたし、このお屋敷に来るときもアイリスが側にいるとずっとそわそわしてたし。あ、こいつ惚れてんなって思ってた」
「へー、フェイ、すごい!」
ローナはきゃっきゃと言いながらフェイを褒める。
二人の会話にエリックは耳まで真っ赤にして俯く。アイリスはというと、母親ににやにやと、父親にそわそわとした視線を送られ、落ち着かない気持ちで座っていた。




