7-2
「十二年前にウィカム伯爵の屋敷で行われたパーティーのことを覚えているか?君は確かあの時七歳だった」
「え?ええ、覚えているわ」
アイリスはすぐさま答えた。十二年も前のパーティーのことをすぐに思い出せたのは、アイリスがその時、問題を起こしてしまったからだ。
「では、その時参加者たちから陰口を言われていた親子のことは?」
「え、ええ……。優しそうなご夫婦と、その子供の男の子がなんだかパーティーの間中ずっとコソコソ言われていて、気になったからついつっかかっていっちゃったのよね。私の両親は笑って許してくれたけれど、叔父様たちからはきつく叱られたからよく覚えてる」
「そのときの子供が僕なんだ」
アイリスは目を見開いた。そして呆然とエリックを見つめる。
パーティー会場で気まずそうに身を寄せる親子と、何かに耐えるようにじっと下を見つめる男の子。
エリックがあの時の男の子?はっきりと顔を思い出せないが、言われてみれば記憶と面影が重なるような気がする。
「当時は父がある侯爵を侮辱したということで怒りを買って、……結局それは誤解だったと後からわかってもらえたんだが……、僕たち家族は周りから白い目で見られていた。そんな状況でパーティーに参加したものだから、居心地悪くて堪らなかった。
周りから聞こえてくる噂話が嫌で、会場を飛び出したくなったとき、一人の女の子がやって来てそいつらに言ったんだ。『言いたいことがあるなら本人にはっきり言ったら?大人がこそこそして馬鹿みたい』って。本当に驚いた」
アイリスは呆然とエリックの話を聞く。それは自分の中にある記憶と同じだった。
「その後も女の子は、大人相手に堂々とおかしいんじゃないのだとか、せっかくのパーティーでどうしてそんな嫌なことを言うの?だとか文句を言っていた。結局女の子は知り合いらしい男性に連れていかれてお礼も言えなかったけれど、その日のことは僕の頭の中にずっと残り続けた」
「そ、それは……私は後先考えない子供だったから……」
アイリスは聞いているうちに恥ずかしくなって小声で言った。大人に文句をつけたことまでは覚えているが、発言内容までは覚えていなかったのだ。
「その時から君は僕の憧れだった。もう一度会いたいと思ったけれど、なかなか機会を得られないまま時だけが過ぎていって、そのうち君とロニーの婚約が決まってしまった。
なぜもっと早く積極的に動かなかったのかと後悔したよ。けれど、ロニーは周りからの評判もいい美青年で、勝ち目はないとも思った。僕は素直に君たちの婚約を祝福しようと決めた」
エリックはそう言ってから言葉を区切る。そうして怒りを滲ませた声で言った。
「けれどロニーは君との婚約を破棄した。あろうことか公衆の面前で。理由も別の女性に乗り換えたいからなんていうひどいものだった。その話を聞いたとき、なんとかロニーを痛い目に遭わせてやりたいと思った。それで彼について調べているうちに、メラン劇場について知ったんだ」
「……つまり、エリック様は私のためにロニーとエイミーの結婚を妨害しようとしていたってこと?」
アイリスが信じられない思いで尋ねると、エリックは気まずそうにうなずいた。
「ああ。なんとか君の気分を晴らしたかった」
「でも、それならなんでエイミーが好きだなんて……」
呆気にとられながらもアイリスが尋ねると、エリックはさらに気まずそうな顔になって、小声で言った。
「それは、その……、十二年も前に会った女の子に、それも婚約者までいた女の子に、いまだに片思いしているなんてバレたら気味悪がられるかもしれないだろ。それならいっそエイミーに執着してる痛い奴だと思われた方がましだと思ったんだ」
「……片思い?誰に?」
「ああもう、なんでここまで言ってもわからないんだよ!僕は十二年前のパーティーで会ってから、ずっと君が好きなんだ!」
エリックはやけになったように言う。アイリスはぽかんと口を開けてエリックを見ていた。突然のことに頭が追いつかない。
「エリック様が?私を?」
「そうだよ、君に婚約者ができてもずっと忘れられなかった」
「だって、そんな、私は……」
アイリスはおろおろしながら言葉を探す。今まで散々、勝気過ぎるとか、女性らしくないだとか言われてきた。つい最近、ロニーにもそのことで婚約破棄されたばかりだ。アイリスはエリックの言葉が信じられず、なかなか言葉を返せなかった。
そんなアイリスの態度を、困惑しているのだと受け取ったエリックは、静かにアイリスから離れた。そうして寂し気な表情で言う。
「困らせてごめん。恋人になってくれだとか、まして結婚してくれだなんて言うつもりはないから安心してくれ。僕はただ、自己満足のために君の復讐を手伝いたかっただけなんだ。
二人の婚約は破談になった。君はロニーのことなんて早く忘れて、今度はちゃんとした人と幸せになってくれ」
「え、待って、エリック様」
「短い間だったけれど君といれて楽しかったよ。ありがとう、アイリス。元気で」
エリックはそう言って立ち去ろうとする。アイリスは待って、と何度も呟くが、エリックに足を止める様子はない。
アイリスは思わず駆け出して、エリックに後ろからしがみついた。




