②
アイリスの後悔にも気づかず、青年はよどみなく続ける。
「僕が思うに、彼女は騙されているんだ。そうでなければあんな男と婚約するはずない」
「ロニーは元婚約者を平気で裏切るような男性ですけれど、地位もあるし見目も良いから、女の子たちから人気はありますわ」
「それは表面上の話だろう。僕は彼の裏の顔を知っている」
いつ話を切り上げてこの男から離れようとタイミングを窺っていたアイリスだが、青年のその言葉が引っ掛かった。ストーカーの妄言かもしれないと疑いつつ、裏の顔とは何を指すのかが気にかかる。
「ロニーの裏の顔って何ですの?私に対してはともかく、エイミーに対しては誠実に接しているように見えますけれど」
「協力してくれるなら教えよう。どうする?」
青年は眼鏡を中指で押し上げながら言う。アイリスはうんざりした気持ちになった。ロニーの裏の顔とやらは気になるが、この危なそうな男に関わってまで知りたいとは思えない。
「それならいいですわ。遠慮しておきます」
「お、おい!待て!いいのか?一方的に婚約破棄されたままで。あの男は君を踏みつけにしておいて、何も考えずに幸せになろうとしているのだぞ。悔しくないのか?」
青年は慌てた様子で言った。アイリスは彼のストレートな言葉に苛立ちを感じながらも抑えた調子で答える。
「悔しいに決まっているでしょう。絶対にこのままで終わらせませんわ。けれど、あなたに協力してもらわなくても結構です。私は一人でやり遂げるのでお構いなく」
アイリスの冷たい声にひるみつつも、青年は言う。
「僕はロニーの秘密を知っている。それをエイミーに伝えれば、婚約は破談になる可能性が高い。しかし、他人の僕が伝えても信頼性は薄い。そこで親戚の君にも協力して欲しいんだ」
「なんだ、他人だって自覚はありますのね」
アイリスは少し意外な気持ちで言った。
「協力と言ったって、大したことを頼むつもりはない。僕はただ君にロニーの裏の顔を見てもらい、それをエイミーに伝えて欲しいだけだ。長くはかからない。成功しようが失敗しようが、エイミーに真実さえ伝えられれば僕の気は済むし、君は元婚約者に復讐できる。悪い話ではないだろう?」
アイリスの心に迷いが生じた。青年はエイミーにロニーの真実とやらを伝えたいだけだと言うし、聞く限りではそこまでアイリスに負担がかかる様子はない。青年の言う通り、話に乗ればアイリスの復讐も遂げられる。
アイリスはしばらく悩んだ後、青年に向かって告げた。
「いいですわ。協力してあげます」
「承諾してくれるか!」
青年は弾んだ声で言った。気真面目そうな顔に笑顔が浮かぶのを見て、アイリスはこんな明るい顔もするのか、と意外に思った。
「僕はエリック。エリック・オルセンだ。よろしく頼む」
「ええ。短い間でしょうけれど、よろしくお願いします」
アイリスはすました表情で言った。
アイリス・カティックは伯爵家の生まれだ。子供の頃から何不自由なく育てられた。
ブラウンのストレートヘアに、赤みがかった燃えるように強い瞳。美しいアイリスは、街を歩く度に人々の視線を集めた。
しかし、アイリスにはひとつ「問題点」があった。
それは勝気過ぎて、納得できないことがあると誰彼構わずつっかかって行ってしまうことだ。例えば、学校に入ってすぐの頃、アイリスは服装のことで注意をする先生を言い負かしてしまった。
七歳の頃は、パーティーで出席者の陰口を言っていた大人に詰め寄ってしまったこともある。
彼女の両親は度胸があるのはいいことだと褒めたが、令嬢らしくないと顔をしかめる者も多かった。
婚約者のロニーもアイリスの性格をよく思わないうちの一人だった。しかし、二人の婚約は親同士が決めたことだと、彼は不本意ながらも婚約を受け入れていた。
しかし、そんな彼の考えを変えてしまう令嬢が現れた。アイリスの従妹のエイミー・カティックだ。
エイミーはアイリスとは正反対の、優しげで女の子らしい外見の少女だ。パーティー会場でエイミーと出会ったロニーは、その晩のうちに恋をしてしまった。
翌日からロニーのアイリスに対する態度はよそよそしいものになった。これまでも決して仲睦まじいとは言えなかった二人だが、最低限の礼儀を持って接してはいた。
しかし、エイミーと出会ってからのロニーは、アイリスを毛嫌いするようになり、アイリスが話しかけてもろくに返事もせず、約束も頻繁にすっぽかすようになる。
アイリスはロニーの態度の変化を訝しみつつも、それに従妹のエイミーが関わっているなど知る由もなかった。
アイリスが真相を知ったのは、彼の十九歳の誕生パーティーで、婚約破棄を突き付けられたときだ。
「君みたいな性格の悪い女性とはもうやっていけない。僕はエイミーと結婚をする。君との婚約は破棄させてもらう」
賑やかな会場で突然婚約破棄を突き付けられ、アイリスは目の前が真っ暗になる思いだった。自分のことを疎ましく思っているのには気が付いていた。しかし、なぜこんな人前で、晒し者にするようなことをするのか。




