1話 日常
「…………オン……シオン。ほら、ごはんの時間ですよ」
僕は恐らく明晰夢を見てるのだろう。
まだ物事を考える力があまり無かった頃の記憶。
僕を抱き抱える母は、太陽のような温かさと、どこか安心する匂いがしていた。
母の手と胸の内で全身を抱擁されている僕は、その温もりが堪らなく心地よかったことを鮮明に覚えている。
「あら、寝ちゃった。ふふっ、可愛い……」
だが、それとは裏腹に母の顔はあまり覚えていない。
覚えていることと言えば、透き通る美しい白髪と、宝石のように碧く、壊れやすいような繊細な瞳をしていたことぐらいだ。
赤子だった僕は、そのように色以外の景色が全て滲んで見えたのだ。
母の手の中で深い眠りに沈む赤ん坊。
きっと母はそれを愛おしく見つめているのだろう。
夢の中だが、その情景だけで僕の胸は幸福感で満たされていく。
でも、時々見るこの夢をみて、毎回満足感には満たされなかった。
何故なら、父親の姿がその景色から映らないのだ。
1度でいいから父の顔を見てみたい、1度でいいからまた母に抱きしめてもらいたい。
何度でもこの夢を見ていたい。
ああ、この夢から覚めないでいたい――
「…………オン……シオン! 起きな! 朝ご飯だよ!」
「んんぅ…んん?」
徐々に夢から現実に意識を戻すと、先程のあまり記憶に残っていない母の声から変わって、聞き慣れた女性の声が耳に響いた。
「おはよう、マーリィ……」
澄んだ黒い眼の片目を長い赤髪で隠した、僕の、いや皆の姉御的存在のマーリィが起こしにやって来た。
「おはようさん、さ、顔を洗って大広間に行きな。朝食が冷めちゃうよ」
「ん……」
ベットから起き上がり、寝ぼけ眼で洗面所に向かい顔を洗った。そして顔を上げ鏡を見ると、そこに写っていた自分に既視感を感じた。
「白髪に、碧い瞳……」
鏡には、今朝の夢にあった髪色と瞳が映っていた。
顔しか映らない程の背丈に、幼さを感じる顔立ち、僕、シオンの姿を映していた。
「……そろそろ行くとするか」
顔を洗ってもなおまだ眠気が残っていた僕は、所々不安定な足場に足をつっかえながらもうつらうつらと大広間に足を運んだ。
そして大広間の奥にある石像に向かって歩み寄る。
「おはようございます、ラティーニア様」
慈愛の神、ラティーニアの石像に、日課になっている朝の挨拶と、軽い祈りを捧げた。
「カッカッカッ! 毎日真面目にお祈りしてお偉いこった!」
突然後ろから、石で石を叩いたような笑い声が聞こえた。
振り向くとそこには、眼帯と鋭い犬歯と全身毛むくじゃらが特徴の男が、その鋭い犬歯見せつけるようにゲラゲラと笑っていた。
「この一連の流れのどこに笑いの要素があったんだよ……君も昔は毎朝信仰してたそうじゃないか。それと、おはようグラッド」
「まぁ昔のは半ば嫌々信仰してたようなもんよ。さぁ早く食卓に着くぞ。おはよう、坊」
僕の問いかけに全て答えてくれたグラッドと共に食卓のある所へ向かう。
「今日は入口付近で食べるんだね」
「まぁな、今日は天気がいいからな」
僕達が住居としているここは荒城だ。僕の部屋やキッチン、ラティーニア様の石像付近以外は天井がほとんど無く、地面は所々に凸凹がある。
そんな有様に加え、食堂に至っては跡形もなく全壊。お陰でその日の天気や気分で食事を取る場所を変えている。
僕とグラッドが席につくと同時に、入口から輝かしい鱗を纏った、入口が埋まる位の大きな竜が頭にゲル状の物体を乗せて入ってきた。
「おはようランド、ルルゥ」
「おう」
「おっはよーシーくん!」
ランドは厳つい風貌通りのぶっきらぼうな返事をして地べたで食卓の前に座り、ランドの頭の上に乗っていた、丁度今日の朝食にある半熟目玉焼きのような見た目のルルゥがゲル状のまま人の形に変化し椅子に座る。
そして最後に、朝僕を起こしに来たマーリィがやって来た。
「やっと全員揃ったかい、さ、そろそろ食べるとするかね」
「うん、それじゃ……いただきます」
僕の食事の挨拶と共に、各々も挨拶を済ませ食事にありつく。
「ちょっとランド、あんたいい加減人の姿で食事出来ないのかい? その馬鹿デカい手と鋭い爪でまた食器を壊されたらたまったもんじゃない」
「あ? 別にいいじゃねぇか、人の姿にはなりたくねぇんだよ。それにほら、こうやって人差し指と親指を器用に駆使すればなぁ……あっ」
「……ラァーンードォ〜……」
毎回性懲りも無く食器を破壊するランド、そして頭に血を上らせるマーリィ。
ランドの頬には冷や汗が、マーリィの手には燃え盛る炎が。
そしてじゃれあう程度に二人は外で暴れだした。
いつもと変わらない日常、いつもと変わらない展開
「カッカッカッ! いいぞ、もっとやれぇ!」
「ランドー! お墓はバアル様の横に建ててあげるから安心して殺されろー!」
「殺される前提やめろ! あとなんでバアルなんだ! ユリアの墓に横に……いやなんでもな、うぐぁー!」
「アハハハハ!」
いつもと変わらない光景、いつもと変わらない笑い声
僕の人生、物心着いた時には父と母は居なかったが、決して悲しくはなかった
ドラゴンのランドブルム。
ウィッチのマーリィ。
ワーウルフのグラッド。
スライムのルルゥ。
ルルゥが一緒に遊んでくれて、ランドが笑わせてくれる。
マーリィが叱ってくれて、グラッドが慰めてくれる。
この4人が居たから今の僕がいる。
血の繋がりが微塵も無い自分を、ここまで育ててくれた事に感謝してもしきれない。
食卓を囲む者達の姿は皆異なれど、皆固い絆で結ばれている。
奇妙で稀有な、でも尊く幸せな日々が僕は好きだ。
慈愛の神、ラティーニアの像に見守られながら、少年はまるで自分の心を表してるかのような青く澄み渡った空を見上げ甲高く笑った。
読んでいただきありがとうございます!
処女作初投稿なので色々指南して頂けると幸いです!