表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/23

5.音痴な河童さんは……

本日は三話更新します

『あああ、生き返るぅぅぅ〜』


 庭の向こう、風呂場のある方角から気の抜ける声が響いてくる。

 この家は、トイレも風呂も母屋や離れとは別の棟にある。どうしてこんな構造になってるのかと思ったけれど、母屋と離れには妖が勝手に入れないように結界が張ってあるらしい。

 だからあの時も、わたしは家の中にいたわけで、外にいた河童さんはわたしには何もできなかったんだって。

 それなら、天狐様が突撃したり、陽平が刀持ち出さなくてもよかったんじゃないの。

 もっと早くに教えて欲しかった、かなあ……。

 じゃあどうして天狐様と八日坊様は自由に立ち入れるのかと思ったら、住人が招けばその限りじゃないのだとか。

 全然知らなかった。しかもそれ、弟は知ってて。

 どうしてわたしが知らないのよっ。


 ともかく、わたしは必死で集中力をかき集めてパソコンにかじりついていた。

 あの河童さんはわたし……花杜の守巫女を訪ねてきたのだ。わたしが対応するしかない。

 ……んだけど、課題が、課題がね……。

 塩水に浸かった河童さんにお風呂を勧めて、塩抜きをする間になんとか終わらせる作戦、なんだけど。

 河童さんがこんな歌好きの音痴だとは知らなかった。おかげで、気が散る散る。




「ねーちゃん、大丈夫か?」

「……だめかも」

『やはり彼奴、海に捨ててこようぞ?』

「だめだめっ、花杜の守巫女に用事があるんでしょ? わたしは大丈夫だからっ」

『さっきはダメと言うておったのに……乙女心とやらは難しいのう……』


 天狐様、わたしを人間の行動サンプルだと思わないでって言ったのにぃ。


 兎にも角にも、終わりまで埋めなきゃ。

 もうこの際丸コピーでもいいや、と入力して、読み返して誤字脱字を直して。

 ぐったりしながらレポート提出を終えると、もう夜半過ぎ。弟はと居間を覗けば、天狐様に寄りかかってソファで寝ていた。……寝るときくらい、桜輝は仕舞っといていいんじゃないかな。


「天狐様、ごめんね」

『ほほ、苦しゅうない。愛しい許嫁殿のためならのう』


 そう言う天狐様の顔はやはりうっとりと言うか色気ダダ漏れというか、人に見えて仕方ない。

 それにしても天狐様は、この弟のどこに惚れ込んだのだろう。

 わたしから見ればただのズボラなんだけど。

 今度弟がいないところでこっそり聞こうっと。


『はぁぁぁぁ、良き湯でありました〜』


 声に振り向けば、庭に中学生くらいの少年が立っていた。白いカッターシャツと黒い学生ズボンという出で立ちで、ピッカピカの中学一年生って感じだ。


「ええっと……どなた?」

『ええっ、ひどいなあ。僕ですよ?』


 ぽむ、と小さな破裂音がして、少年の姿が緑色の物体に変化する。


「えええっ、河童さん?」

『はいぃ、いやぁ、実に良い湯でありました。これほどの霊水を惜しげも無く風呂湯として使わせていただけるとは。おかげさまで霊力も戻りました』


 なんだか、暴れてた時の粗暴な物言いと違ってどことなく……そう、書生さんって感じ。外見に合わせているのかなぁ。

 俺とか言ってたのがなんか虚勢張ってみましたって感じで、なんだかかわいい。


『それにしても、これほどの水、独り占めとはなんとも羨ましい』


 にこやかに微笑みながら河童さんは名残惜しげに風呂の方を振り返る。

 独り占め、のセリフに天狐様はころころと笑った。


『ほほ、独り占めなどしてやせぬ。この島の地下水は花杜を通るゆえに霊力を含んでおって美味なのじゃ』

「へ、そうなの?」


 いつも天狐様が井戸水を欲しがるの、ジュースとかお酒とかそういう味の付いたものが苦手なのかと勝手に思ってたよ!

 すると、ゆるりとやってきて隣に座った天狐様は、呆れたようにため息をついた。


『ほんに、何にも引き継がれておらんのじゃのう……先代は我らにようして下されたというに』


 その言葉にわたしは顔をしかめた。

 先代、というのはわたしの祖母のことだ。

 母が亡くなってからの我が家は、山野辺の家とはほぼ断絶していた。

 だから、祖母との記憶も数えるほどしかない。

 母が生きていた頃は、名古屋まで来てくれたりもしていたはずだけれど、それもおぼろげにしか覚えていない。

 もちろん、この島のことも聞いたことはなかった。

 ……わたしが()()()ことも、話したことはない。

 だから、祖母の葬儀でここに来て、こういうことになるまで、何一つ知らなかった。

 花杜のことも、守巫女のことも。守り人のことも。

 祖母が先代であったことも、次代には母がなるはずだったことも。

 ……母の代わりにわたしが守巫女になることも。


『なるほど、代替わりなされたばかりなのですか』


 いつの間にか少年姿に戻っていた河童さんが、得心がいったとばかりに大きく頷いている。あれ……もしかしたら、彼が頼ってきたのは祖母なの?


「……ごめんなさい。きっとわたしじゃ河童さんの願いを叶えることはできないと思います」

『……祐希?』


 驚いたように振り向く天狐様に、なんとか微笑んで見せる。だって……。


「わたしまだ、花杜の守巫女じゃないんです」

次回更新は12時です

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ