3.新しいお布団は……
「そりゃっ」
敷いたばかりのまっさらなお布団に飛び込んだのは、弟と……天狐様。
『ふむ、値段の割に寝心地はまあまあじゃな。時に、そなたの分はどうした』
「どうした、じゃなぁいっ。それ、わたしの分! 天狐様の分はありませんーっ」
ふふん、と得意げな天狐様に喚き立てる。
本当はお布団引っ張ってゴロンってやりたい。けど、機嫌損ねたらしばらく雨模様になるんだよねえ……うちの周りだけ。
ご近所さんの目がどんどん冷たくなるのだけは、小心者のわたしは耐えられない。
『なんと器の小さいおなごよのう。ようやく妾の分を準備するつもりになったのかと思うたに』
「陽平が成人するまでは認めませんからっ」
しかたないのう、と腰をあげてくれた天狐様に一応感謝して、わたしの分のお布団を離す。
……ええ、姉弟でお布団ぴったりくっつけて寝るなんて、冗談じゃない。
陽平は昔から寝相が悪いのだ。ベッドだった時は転落防止の柵が必需品だったし、ここにきてからは夜中殴られて目覚めるのは二度や三度じゃないし。この間もトイレに行こうとした陽平に踏まれたし。できれば別の部屋にしたいくらい。
でも、今のところエアコンとテレビのある部屋が一つしかないんだよねえ。これから暑くなるのに、エアコンなしじゃ死ねる。
十分離したところで振り返れば、天狐様は寝そべってスマホでゲームしてる弟にくっついてペッタリと畳に伏せをしていた。
銀のしっぽがゆらゆら揺れて、弟も無意識で天狐様を撫でている。
……相手が狐だっていうのに、なんでこう、イケナイ雰囲気になるんだろう。
むっとして睨みつけたら、天狐様がちらっとこちらを見て鼻で笑った。
ほんと、どうしてこうなったのやら。
「そういやねーちゃん、宿題は?」
「え、うそっ」
ハッと気がついてスマホの時計を見る。
世の中は気がつけば花の頃を過ぎて、深緑の頃になりつつある。
そうだ、連休明けには課題提出だったっけ。
「もっと早く言ってよぉっ!」
「いや、今回はやけにのんびりしてたから、もう終わったのかと」
「いやーっ」
せっかく新しいお布団でゆっくり寝る気満々だったのにぃ。
渋々布団から這い出して、座卓に座る。ノートパソコンを広げて、スイッチを入れて、スマホ経由でネットに繋ぐ。この家にはネット回線は来てないのだ。
あー……憂鬱。
「そういうあんたはどうなのよ」
「俺は今回はレポートのみ。もう提出済み」
フルボイスゲームの音を鳴らしながら、勝ち誇った顔の弟。
ちーくーそー。憎たらしいったら。
……まあ、文句言ったところで課題は減らない訳で。
渋々課題のページを開く。
なんの課題が出てたかもすっかり忘れてら。なんだったっけ。
メールやら専攻のSNSやらを慌ただしく検索して、お目当てのものに辿りついた。
通信制大学のいいところは、同じ専攻の人間がいっぱいいるってことと、似たような境遇の人もそれなりにいて、しかもネットで繋がってるってこと。
専攻のSNSには、課題と要点と、ついでに模範回答まで流れてる。
それをまるっとコピーしたらすぐバレるから、一応参考にしながら自分で解きました、的な出来にしなきゃ。
「そういやさ、陽平」
「んー?」
「大学はどうする?」
「別に」
「お金のことなら気にしなくていいよ?」
「うん」
生返事をしながら、ゲームの音が途切れない。
そんなことより今のクエストの方が大事なパターンだな。
……まあいっか。今日明日急いで決めないといけないことでもないし。
そもそもわたしが何か言える立場じゃない訳で。
「そもそもその話、とっくに終わってるよね」
ゲームの音が途切れたなーと思ったら、陽平は起き上がってて、布団の上であぐらをかいてた。不貞腐れた顔して。
「ここに来た時の約束だから高校卒業資格までは取る。でも、大学は行かないって言ったろ」
「まあ、聞いたけど。気が変わってないかなって」
「変わんねーよ。姉貴もわかってるだろ、俺、頭悪りぃんだって」
「そんなことないって」
ぶんむくれた弟を天狐様が尻尾で撫でてる。……うん、ありがとね。ヘソ曲げたら面倒なことになるの、わかってるんだけどねぇ……。
まあでも、大学行ってもこの島にいるんじゃ、あんまり意味ないかなあ。
限界集落のこの島は、ありとあらゆる方面で人が足りてなくて、本土や向かいの島から通ってる人たちで成り立っている。
農協や漁協、町役場も例外なく。
数少ない若者だからって最初のうちには声かけられたんだけどね……。
「それに、花杜の守り手を雇ってくれるなんてとこ、ないだろ」
自嘲気味な弟の言葉に、わたしは苦笑で返すしかなかった。