2.落ちてきたモノは……
吹っ飛んだ布団を……ってこれ、ダジャレじゃないからっ!……回収して、ご近所さんたちに頭を下げて。
クタクタになりながら布団を何往復もして運んで帰宅すれば、三人は縁側に座ってくつろいでいた。
……いーご身分よね。手伝いもせずに。ぷん、と頬を膨らませても、誰も見ていやしない。虚しい。
ああ、弟はとっくに天狐様が回収済み。吹っ飛ばされた時点で確保していたらしい。さすがは天狐様。
愛ゆえよの、とか言いそう。ついでにその愛で布団も回収してくれれば良かったのに。
でもって、空から落ちてきたという物体は、やはり八日坊様の起こした風でどこへかと飛んでしまっていた。
何が落っこちてきたのかわからないけど、面倒なことになりそうな気がする。
そして、こういう時のわたしのカンって、当たるのよね……。
味噌汁のお代わりをねだる天狗と、弟に剥いてもらったバナナの味に不平を漏らす天狐とともに卓袱台を囲みながら、わたしははぁ、とため息を漏らした。
結局その日は、本土に買い出しに行くことになってしまった。
弟が桜輝を振り回した上、八日坊様の風で吹っ飛ばされたお布団たちは、すっかりズタボロになっていた。
カバーは外れ、何かに引っかかったのかところどころ破れてワタがはみ出し、布団としての体をなしていなかったのだ。
まるっと全部ゴミ袋に詰め込んで、今は、近くのホームセンターに向かっているところ。
一応車はあるし免許もある。というか、こんな島では車がないと生きていけない。
何しろ、島の中にコンビニがないんだもの。
それだけじゃなくて、およそほとんどの店が廃業しちゃってて、学校でさえ向かいの島に併合されてしまった。
見事に限界集落化している。
そんなところに引っ越してきたわたしたちが最初に直面したのが買い物。
急がないものはネット通販でもいいけど、日々の食材やなんかはそうはいかないもの。
今でこそこの島……八日島はコンクリートの橋でつながっているけれど、昔は人がかろうじて通るだけの跳ね橋だったらしい。本土との行き来は基本的に船だったそうだし。
今は車で十分も走れば本土に着く。いい時代になった、と以前誰だったかが話してくれた。八日坊様だったかな。
昔は子供達に紛れ込んで、いたずら放題してたらしい。天狗の昔ってどれくらい前だろう。戦前とか、もっとかな。
「ごめん、ねーちゃん」
「もういいってば」
助手席の陽平はすっかりしょげ返っている。
布団をそっくり二組だめにしたのがよっぽどショックだったみたい。
「それに、最新のお布団に買い換える理由にもなったし」
「まあ、あの家にある布団、どれも重たいし。でも」
「気にしないの」
それにしても。
ちらりと弟の右手を見る。
今は空っぽの右手に握られていた、桜色の鞘に収まった刀。
あれを抜いているところを見たのは、今回で三度目だ。
名の通り、桜に授けられた、弟のための刀。
わたしを守ろうとして、力を欲した弟に応えた桜が与えた一本の枝が、弟の運命を変えてしまった。
それまで、見えも聞こえもしなかったのに、刀の力で呼び覚まされたのだろうーー弟の中に眠る、『卜部』としての力が。
「ねーちゃん。……気にしすぎ」
「気にするよ」
「あれからどれだけ経ったと思ってんの。今更だろ」
「だって、あんたまで来ることなかったのよ?」
「来てなかったら、今頃ねーちゃん死んでただろ」
「それは」
遠慮会釈ない言葉に、わたしは口を閉ざす。
「あいつらは遠慮なんかしない。言葉だけじゃ無理なんだよ。だから、俺にこれが与えられたんだろ」
右手に現れる、桜色の刀。
悔しいけれど、弟の言葉は本当だ。
天狐様だって八日坊様だって、手加減なんてしてくれない。ただ、わたしと弟を知っているから、手を抜いてくれる。ただそれだけだもの。
妖は……妖たちは、人間のことなんてどうでもいいのだ。
「ごめんね」
「何度も同じこと言わせんな」
「そうじゃなくて」
「それにな」
被せるように、弟が言葉をつなぐ。
「これのおかげでようやくねーちゃんの見てた世界が見られたんだ」
「え」
赤信号で車を止めて弟を見れば、助手席でちょっと赤くなっている。
「だから、感謝こそすれ怒ったり恨んだりしてねえよ」
「……うん」
ほんと、弟は可愛い。
照れ隠しに手を伸ばして髪の毛をぐちゃぐちゃにかき回してやったら怒られた。
それにしても、一体何が落ちてきたんだろう。
八日坊様も天狐様も、すっごい警戒してた。
挙げ句の果てに扇でもろとも吹き飛ばすなんて。
……まあ、わかんないことは考えても仕方ない。
信号が変わったのを確認して、アクセルを踏んだ。