6.一人の時間は……
遅くなりました
「ひーまー……」
でろりと畳に伸びて、天井を見上げる。黒い天井には剥き出しの電線が走っていて、所々に白いものが取り付けてある。
ガイシ、とか言ったっけ。
天井近くに設えられた神棚が見える。
天狐様のお社は、今日は閉じられている。
陽平がウッキウキで花杜の巫女さんと買い出しに行ってしまって、天狐様はすこーしお冠でお帰りになった。
なので、今、この家にはわたししかいない。
これはとっても珍しいことだ。
ここに来てからいつも、誰かがそばにいた。
それは、結界を忘れて庭に出ようとする私のためで、今回みたいに一人でお使いに出る時以外は陽平がいた。
でも今回は、潔斎だしね。
島から出るなと言われているけれど、家からも出る必要がないなら出ないことにしている。
八日坊様は、週明けに迎えに来るまでこちらには顔を出さないと言っていた。河童さんは庭の水遣りは任せろと言って出かけて行った。まあ、もともとこの家に住んでるわけじゃないし、ふらっと来ては去っていく。
そういえば、河童さんがどこから来てるのか、聞いたことなかったな。
ごろりと体を横にすると、縁側の向こうで桜が風にそよいでいるのが見える。
花守社に植わっている桜と同じく、季節知らずの桜。『季狂い桜』と近隣では呼ばれているらしい。……いたらしい。
天狐様の話によれば、ご近所さんはすっかり代替わりして、花守の話を知らない者も多いらしい。
お向かいに立派な三階建を建てたおうちも、祖父の母……曽祖母と同年代の当主が亡くなって今はわたしと同年代の曽孫世代が住んでいる。
花守の話も、我が家の桜のとこも、何一つ引き継がれていないのだとか。
曽祖父の兄弟だったとかで、山野辺の家のことは知ってるはずなんだけど、って天狐様が嘆いていたっけ。
家に面している裏のお家も、元々の血筋は絶えてしまったのだとか。今は母屋と離れを別々の人に貸している。本土の人だから、島のことは知らないらしい。
まあ、そんな感じでご近所さんとは没交渉だ。引越してきた時にご挨拶に行ったきり、ほとんど顔を合わせない。……時々ご迷惑はおかけしてるので、頭下げには行ってるけどね……。
もともと名古屋でも似たような状態だし、気にはならないんだけどね。
ぴろん、とパソコンから音がする。
専攻SNSで誰かがレスくれたんだろう。今週の宿題はもう終わってるから、雑談しかしてないんだけど。
というか、恋話なんか振らないでほしい。こっちはそれどころじゃないんだってば。
ネットで調べたら、精進潔斎っていうのは『肉と酒を断ち、心身を清らかに保つ』のだとか、『欲を断つ』のだとか、いろいろ書かれてる。
それだけじゃなくて白い服を着ないといけないとか、料理は他の人と別に作らなきゃならないとか、山にこもって修行するとか……あ、これ行者修行とか書いてある。流石にこれは違うよね。
でも、白い服かあ……白いTシャツはあるけど、下が……んー、短パンならあるけど、太腿さらすのはちょっとまだ寒いかも。あ、下着も白でなきゃいけないのかな。今から注文したら間に合う?
そういや儀式ってどんな格好をすればいいんだろ。やっぱり白? スカートとかワンピースとか持ってないし。それとも巫女服着るのかな。花杜の巫女さんみたいに。
スマートフォンを引き寄せる。パソコンでもいいんだけど、スマートフォンのアプリ使った方が割引あったりしてお得なんだよね。
横に転がったまま、画面を開いて通販アプリを立ち上げる。
でも、この時期ってすでに夏服にシフトしてて、トップページには水着特集とか、夏のおしゃれコーデ特集とかやってて、ついついそっちに目がいってしまう。
そういや夏に引っ越してきたのに、水着ひとつ持って来なかったんだよね。というかまあ、まともな水着は持ってなかったし。
学校もまともに通ってないから、スクール水着も作ったまま一度も袖を通さなかったっけ。
海は行ったことあったと思う。母親が生きてた頃は。
引きこもりになってからは、プールも海も一度も行ってない。まあ、リア充が行くところだし?
あ、プールには行ったな。同年代の子たちと顔合わせないように弟と二人で平日に行ったら補導されかけた。
てなわけで、あんまりいい思い出ないんだよねえ。
それでも、水着ってなんか見てるだけでもワクワクする。
すっかり目的を忘れてページをめくっていると。
『何やってんだい、若いのが昼間っからのんべんだらりと』
声のした方に目をやると、視界に三角の茶色い耳が見えた。
と思ったら、ひょいっと縁側の網戸をすり抜けてきた。……昨日の三毛猫だ。
え。
びっくりして腹這いから体を起こすと、三毛猫はちょこんと縁側に座っていた。
ちょっと待って。
今、網戸すり抜けたよ、ね?
それに。
……どうして結界を抜けられたの。
そういえばこの間、わたしと八日坊様の仲裁に入った時も、いきなり入ってきた。
ただの猫だと思ってたから気にもしなかったけど。
猫又ならば、結界は発動するはずで。
じっと猫又を睨みつけると、三毛猫は気にもしてない風に顔を洗い始めた。
「なんで……」
『結界超えられたのか、気になるんじゃろ?』
口にしようとしてたことを言い当てられて、わたしは眉根を寄せる。
手を舐めながら、ちろりと三毛猫はわたしの方を見る。
『先代に招かれたんじゃよ』
「先代……おばあちゃん?」





