5.精進料理は……
「ねーちゃん、腕落ちた? なんか味薄い」
朝。陽平がお味噌汁に口をつけて顔を顰めて言った。
怒鳴り散らしたくなる衝動を、握った箸にぶつけて目を閉じる。
そんなこたぁ、わたしが一番よくわかってるわよっ!
だって、だし入り味噌が使えないんだものっ!
潔斎って、こんなに徹底的にやるものなのね。知らなかったよ。夜半まで続いた天狐様のレクチャーが終わった時には想像もしなかった。
動物蛋白がダメなのはなんとなく知ってたから、メインが寂しくなる覚悟はついていたの。
でも!
いりこだしもダメ、かつおだしもだめ。ブイヨンも、カレールーも、コンソメも、中華スープの素も。
全部だめなんてっ!
卵ももちろんダメだし。
まあ、わたしの分だけ分けて作ればいいんだろうけどさぁ、そんな二度手間かけたくないし。
そんなわけで、今朝のお味噌汁はこんぶでだしを取ったんだけどね……。
「……文句あるなら食うな」
ぎぬろと弟をねめつける。……うん、八つ当たりなのはわかってる。
でもね?
朝も早くから弟のために(嘘)精一杯考えて頑張って作ったわけで。
思ったものが作れない苛立ちはわたしの方こそ大きいわけで。
「何もそこまで言うことないだろ」
そう言いながらも弟は手元の茶碗と汁椀を持って隠すようにわたしに背を向ける。
同席している八日坊様や天狐様、河童さんの沈黙が痛い。何も言わずぽりぽりとぬか漬けをかじる音だけが響く食卓って怖い。
あ、ちなみにぬか漬けは河童さん提供。きゅうりが美味く漬かったからとお裾分けでくれたの。おかげでわびしい朝食が一品増えたのはうれしい。
「仕方ないでしょ、潔斎のためなんだから」
わたしが悪いんじゃないんだから。
そういう気持ちを込めて言いつつじろりと八日坊様を見れば――眉間にしわが寄っている。
今日も人の姿だから美男すぎる神主の顔をしているというのに、眉間にしわなんか寄せちゃったらファンクラブから抗議が殺到するわっ!
そうでなくともこの家は目をつけられてるんだからね。
幸い、悪意を持つ者は入ってこられないから、直接迷惑をかけられたことはないけれど。
変なのがうろついてるとかこっちを覗いてるとか、勝手に写真撮られるとか、気持ちのいいもんじゃないもの。
だからその姿で来るなって言ってんのに。
「ええっ、俺たちも巻き添え?」
「文句があるなら食うな」
二度目。
メインディッシュの大皿を陽平から遠ざけつつ、しっしと片手で追い払うふりをする。
「ちょっ、それ持ってかれたら食うもんねえっての!」
「なら自分で作れば?」
「ひでえっ、ねーちゃんが俺に死ねって言う!」
「単に料理しないせいでしょ。練習しなきゃ上手くならないの」
ここに来てすぐの頃、疲れてぶっ倒れたんだよね。
名古屋と違う生活スタイルで、全て自分が采配しなきゃならない。
田舎だからって特殊なしきたりがあるわけじゃないのは助かったけど、それでも知らない家で慣れない道具で生活することに神経をすり減らしていたらしくて。
で、ぶっ倒れた時に四苦八苦して作ってくれたのが、これまた不味いどころの話じゃなくて。
以来、陽平は作ろうとしない。
それでも、手伝うのは厭わない。餃子包むのは大好きだし、手伝ってもらえると私も助かる。
だから、練習さえすればちゃんとご飯作れるようになると思うんだけどねぇ……。
「やだよ。ねーちゃんのご飯が食べたい」
「じゃあ文句言うな。……ああそれと今日の買い出しだけど、一人で行って来て」
「えええっ!」
あ、これは喜びの声ね。
一人でって言ったって、車の免許は取ってないから陽平一人では本土までは行けない。
だから、陽平一人で買い出しに出かけるときは花守社の巫女さんに頼んで乗せて行ってもらっている。
お目付け役のわたしがいないアーンド美人の巫女さんと二人きりでデート、とか言って喜んでるの、知ってるからね?
天狐様の方から冷たい空気が流れてくる。……まあ、そうよね。番だなんだって言ってる相手が他の女にうつつを抜かすようなものだから。
とはいえ、天狐様に車が運転できるわけもなく。
巫女さんは感知できる人らしくて、天狐様が同乗すると運転どころじゃなくなるから天狐様がついていくこともできない。
……まあ、見回りの時みたいに天狐様に運んでもらえばどこにだって行き放題だろうけど、米とかトイレットペーパーとか持たせる……というかくわえさせるわけにはいかないもの。
なので今日の買い出しは天狐様はお留守番だ。
ちなみに、陽平一人に行かせるのは――もちろん潔斎のため。
一応、『お篭り』しなきゃならないんだって。少なくとも、島を出ちゃダメらしい。
買い出しは島の外まで行かないと無理だから、陽平に頼むしかないのよね。
まあ、最悪はネットショッピングでもいいかと思ってるんだけど、そうなると今日使いたい食材は手に入らないし。
近くに当日配達してくれるようなお店があるとよかったんだけどねー。さすがに限界集落ぎりぎりのこの島にはないし、本土にはあるけど車で一時間はかかる街まで出ないといけない。そうなると配達地域外ってことになっちゃうわけで。
「あとでヨーコさんには電話しとくから。――かまわないですよね?」
後半はむっつり黙り込んだ八日坊様へ向けた言葉。
なんでか知らないけどなんか機嫌悪いみたい。――わたしのせいじゃないよね?
「ああ。伝えておく」
「あ、そういえば昨日の郵便配達の人、どうなった?」
わたしが八日坊様の方を向いた隙にメインディッシュのお皿を引っ張り寄せた陽平が、思い出したように声を上げた。
そういえばすっかり忘れてた。うちの前の道で気絶させちゃった人。
『あのあと送り届けたのかえ?』
「ああ」
わたしが天狐様にレクチャー受けている間に自転車ごと運んだらしい。
てっきりあのまま朝まで社でお世話コースかと思ってたんだけど。もしそうならわたしも謝れるかなーって思ってたんだけど。
そりゃあさ、あれは八日坊様が本気出したからなんだけど、そのきっかけ作ったのはわたしだし……。って謝ってもなんのことか説明できないか。
なんて考えながら、お茶碗の中のごはんをうりゃうりゃとつつく。
ご飯もねー、本当は粟と稗のごはんだけでとか言われたんだよねえ……。そんなの、うちの炊飯器で炊けると思えないし、そもそも手に入らないでしょ?
って言ったら、八日坊様のところにはあるんだとか。
神事で使うのかな。
まあともかく、そればかりは勘弁してもらった。じゃあ玄米って言われたけど、ない袖は振れないのっ。
白米も丁寧に洗ったんだよ? お作法があるとかでさ。
ご飯食べるだけなのに、こんな大変な思いしたの初めてかも……。
なんて考えてたら、視線を感じた。
顔を上げれば、美男すぎる神主がじっとわたしを見下ろしている。
さっきまであった眉間のしわはなくなってたけど、なんでそんなにじっと見られてるんだろ?
「何?」
「……知り合いであったのか?」
「え?」
唐突に聞かれて首をかしげる。一体何の話?
すると見る見るうちに眉間にしわが寄って。ああもう、そんな顔ばっかりしたらしわが消えなくなっちゃうよ?
「ねーちゃん、郵便配達員の話だよ」
見るに見かねたのか弟がヒントをくれた。
ああ、成程。昨日の人ね?
「全然? てか郵便屋さんの見分けなんかつくの?」
「あー……確かに、つかないかも」
我が家も時々ネットで本買ったりするから、郵便配達の人は来る。門の外で受け取るから、受け取りは主に陽平の役目なんだけどね。
だから、郵便屋さんと言われても顔なんか見た記憶ないし、話しかけられたことももちろんない。
名古屋にいた時は配達の人って言えばたいていヘルメットかぶったままだし、そうなると顔なんて見分けつけられるほど見えないわけで。
「こっちに知り合いなんかいないよ?」
『であろうの。……天狗の、何か気になることでもあったかえ?』
「いや」
それきり、八日坊様は黙ってしまった。
ええー、何か気になるんですけどっ。





