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妖の島へいらっしゃい 〜花杜の守巫女見習いは大忙し  作者: と〜や
第二話 猫

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4.潔斎は……

ちょこっと言い回しを直しています。

「潔斎って、何?」


 そう聞いた途端、わたしを振り落とそうとしていた天狐様はぴたりと動きを止めて。

 ゆぅるりとこちらに向いた。……あの、怒気がゆらゆら立ち上って見えるの、気のせい、だよね?


 それから、ふふふふと笑い出す。……ひくーい声で。

 ……めっちゃ怖いんですけど、やめてもらっていいですか。


『あの馬鹿天狗、何一つ教えておらんとな。そなたがここにきてどれだけ経っておると思うておるのじゃ』


 うわあ、やっぱり怒ってる。

 そりゃそうだよね……本当に何もせず食っちゃ寝の生活しかしてないもん。怒られても当然だ。


「ご、ごめんな――」

『そなたが謝ることはないえ』


 最後まで謝らせてもらえなかった。というか天狐様、わたしじゃなくて八日坊様に怒ってる?


「でも」

『そなたに役目を与えたのは馬鹿天狗じゃ。与えたからには導くのは道理であろ? そうは思わぬかえ?』

「それは……まあ、思うけど」


 でも、八日坊様から()()()()わけじゃないんだよね。

 確かに、やれとは言われたけどさ。

 ここにいることを、花杜の守巫女になることを決めたのはわたし自身だもの。

 一応、辞めても良いとは言ってくれた。――まあ、辞める選択肢は実のところなかったけどねっ!


 当時のことを思い出したらなんだか無性に腹が立ってきた。

 なんなのよもう、守巫女やれと言ったくせに、何にも教えてくれないとか、秘密主義にも程があるんじゃないですかねえ?

 それともあれか、聞かれなかったから教えなかった的な話なわけ?

 だとしたらめっちゃムカつく。

 ……子供扱いすんじゃないわよ。こちとら酒も飲める成人だってぇの。


「わかった」

『ふむ?』


 天狐様をつかんでいた手を離して、拳を握る。

 いーもん、何にも教えてくれないなら、聞き出すまでよ。待ってるのは性に合わない。


「ちょっと花杜行ってくる」

『ち、ちょっと待ちや』


 台所から出ようとガラス戸に手をかけたところでシャツの襟首を引っ張られた。


「とめないでよ」

『こんな時間に出かけるなど、何を考えておるのじゃ』

「天狐様だって同意したじゃない、八日坊様が教えてくれないのが悪いんだって」

『それは同意じゃが、夜に女子が出歩くものではないわ』

「そんなことないよ、まだ宵の口じゃない」


 時計を見れば、まだ二十二時にもなっていない。家にいた頃なら『夜はこれからよ!』とかなんとか言いながら、ゲーム機起動してる時間帯だ。

 日が変わるまでだってあと二時間以上あるのに。

 だけど。


『……影の薄い都会と一緒にするでない』


 天狐様の声がまた低くなった。さっきまでの慌てぶりが嘘のように消えて、威圧さえ感じる。

 影の薄い、と言われて脳裏をよぎったのは、さっき見た庭の、蠢く影。

 闇、と呼ぶのがふさわしいと思っちゃうくらい真っ暗で、底が知れない、影。


 月がまだあるのだし、影と言っても所詮は月の光がもたらす薄い影。……のはずだったのに。

 台所の窓には可愛い小花柄のカーテンがかかっていて、外は見えない。なのに、そっちに視線を向けることができなかった。

 ……夜の闇が、こんなに怖く感じられるなんて。


『わかったか』


 ここにくる前なら、夜に出かけるのなんていつものことだった。深夜でもアイスを買いにぶらっとコンビニまで一人で行ってたし、街灯がくまなく照らすから、夜中の街を歩いてても怖いと思ったこともない。

 でも、ここは違う。――何かが。


「――うん」

『なら良い』


 天狐様はふうっと長く息を吐く。……ため息つかれる案件なのか……。


 でも、潔斎とやらはしなくちゃならないわけで。

 仕方ない、朝になったら八日坊様のところに突撃しよう。

 多分、今日はもうこっちには戻って来ないと思うし。

 がっくしと肩を落とし、台所の明かりを落とす。――ガスの元栓はきっちり閉めたし、窓も……嫌だったけど鍵がかかってることだけはカーテンの上から確かめた。

 重たいガラス戸を滑らせて閉じ、踵を返すと天狐様が待ってくれていた。

 ……なんか言いたげな雰囲気にちょっとだけ小首を傾げる。

 何かまだやり残したことあったっけ。それか、お供え忘れたとか。

 天狐様用の神棚には今朝も神酒といなり寿司を供えておいたし、そもそも普通に食事食べてたりするから足りないはずはないよね?

 それとも、今から晩酌とかご希望なのだろうか。


 そういえば、交代勤務の父は夜番の日は決まって遅い夕食の後にビール飲んでたっけ。

 テレビ付けっぱで腹出して寝るのだけは勘弁して欲しかったなあ。

 陽平が見習わなくてよかったよ、ほんと。

 なんて思考を飛ばしてたら。


『……妾が教えてやらんでもないぞ?』

「――え?」


 聞き逃してつい聞き直してしまった。


『本当は我が社にて篭れれば良いのだがの……そなたをここから動かすわけにはゆかぬし』

「社?」


 ちらりと天狐様の神棚を見たことは責めないでほしい。だって、社って言われても、それくらいしか思いつかなかったし。


『妾とて神の末席を戴く者じゃからの、自分の社くらいは持っておるわ』

「えええっ、天狐様、神様だったのっ?!」

『騒ぐでないわ。そなた、あれが何だと思っておったのじゃ』


 驚いて声を上げると、天狐様は呆れ声で言いつつ神棚を鼻で示す。

 そっか、神棚にお供えしてる時点で気がつくべきだったのか。ただのお狐様だと思ってた。ごめん。

 でも、じゃあ何で天狐様は()()()()()()にいるんだろう。


『……まあ良い。して、どうする』


 ついつい考え込みそうになるのを天狐様の声で引き戻される。

 そんなの、断るはずないっしょ。渡りに船ってやつだもの。


「おねがいします!」


 深々と頭を下げれば、天狐様の尻尾がぺしりと額を叩いてきた。地味に痛い。


『なればさっそく始めようぞ』


 額を押さえながら体を起こせば、なんだかやる気に満ちた天狐様がいて。


「……お手柔らかにオネガイシマス……」


 もう寝るつもりだったんだけどな、とか、明日からでお願いしますとか、言える雰囲気ではなかった。

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