1.餃子のお味は……
お待たせしました。
第2話の開始です。
『いやあ、じつにうまかった!』
なんて満面の笑みを見せてくれるのは河童さん。
ふふふー、この笑顔が見たくて日々頑張っているようなもんです。えっへん。
ちゃぶ台の上には綺麗に空っぽになったお皿が並ぶ。
「いえいえ〜、お粗末様でした」
『粗末なものですかっ! 霊水と霊力の混ざり合ったじつに尊い……いてっ!』
「いちいちうるさい」
『殴ることはないでしょうっ』
『ほんに騒がしいのう』
「ねーちゃん、気にすることないから」
……えっと。
相変わらず霊水だの霊力だのと反応する河童さん。ええと、だから美味しかったのならおねーちゃん凹むなぁ。
いやまあ、いいんだけどさ……。
それにしても、料理するだけで霊力って移るものなのかな。
まあ、だとしても料理はしなきゃならないし、食べなきゃ死んじゃうし。いちいち気になんてしてらんない。
美味しければいーのよっ、美味こそ正義っ!
と自分を奮い立たせていたら。
『まあ、そなたの霊力は美味であるがのう』
「えっ、そうなのっ?」
天狐様の独り言に目を剥いた。
じとっと見つめたら、天狐様は『ほれ、気にせぬものをわざわざ知らせずとも良いかと思うての……』と視線をそらされた。
ええー……そうだったんだ。
ああでも、なんか得心がいったっていうかさ。……だから食らうって言ってたんだよね……。
ちょっと遠い目をしたら、天狐様が慌て出した。
『いや、その、そういうわけではなくてな……そうじゃ、そろそろ制御も教えねばならぬの、のう、天狗の』
「え?」
『ほれ、河童殿のおかげで祐希がいろいろ無自覚なのはよう分かったであろう?』
無自覚って何っ。いやまあ、わかんないことがてんこ盛りだし、出来ること出来ないことでさえイマイチ把握しきれてない。
わたしたちにとってはなんでもないことでも、彼らにとっては違うのかもって思うようにはなってきた。
河童さんのおかげで。
井戸水が霊水であることも、料理にわたしの霊力とやらが移るのも、知らなかったもんね……。なんで教えてくれなかったんだろ。
じっと八日坊様を恨めしげに睨めば、イケメンすまし顔の天狗様は全くの平常運転で。
「そうだな。……祐希、二日ほど予定を空けておけ」
「え、二日?」
「兼ねて伝えていた通り、儀式を行う」
「はぁぁぁぁっ?!」
『天狗の、こんな昼日中、しかも食事時にする話題でもあるまい?』
天狐様が恥じらいながらそっと告げる。銀狐の恥じらう姿とか、初めて見たよっ!
てか、儀式って、アレだよね?
口に出すのも恥ずかしい、アレ。
それを、やるって?
「ダメだって言ったのに、なんでわかんないかな、このクソ天狗」
ゆらりと陽平が立ち上がる。その手にはすでに抜き身の桜輝が握られていて。
「ストップ! 陽平ストーップ!」
「ねーちゃん、邪魔しないで」
慌てて立ち上がってその手を押さえ込めば、低い低い声でぼそっと告げる。
うわあっ、目が完全にイっちゃってる。
えええっ、なんでこんな苛烈な反応っ……いやわたしだって同意も何にもなくアレやコレをされるだなんていやだけどっ!
八日坊様を斬り殺しちゃダメでしょうっ!
『いい機会じゃない、本気でやってみたら?』
「えええええっ、なんで河童さんまでっ……」
振り向いたわたしはとてもとても後悔した。
緑色の河童のはずなのに、いろいろとはみ出てるように見える。
牙、とかツノ、とか、気のせい、だよね?
誰かなんとか言ってえっ!
『僕も天狗さんのフルパワー見てみたいなあ』
『ほほ、気があうのう、河童の』
ううう、妖艶な美狐と緑色の河童モドキがあははうふふ笑ってる。
なんつーかもう、心臓ばくばくなんですけどっ!
……なんか、最近にもあった気がする。
『よかろう』
立ち上がるとともに本性を現した八日坊様は、ちらりとわたしの手を見る。
これは、引き止めるなって意味。
でも、本気になった八日坊様に、勝率なんてゼロじゃないのようっ!
陽平は殺させやしないんだからっ!
陽平の右手を抑えていた手を外して、その代わりに前に躍り出る。
『祐希、邪魔だ』
「嫌よ」
どけ、と言われる前に言葉を挟む。
悔しいけれど、八日坊様の言葉に力を込められたら、抵抗することもできないもの。
「弟と戦うならわたしを倒してからにして」
途端に口笛を吹かれる。今の、河童さん?
……茶化したって退かないんだから。
色のない瞳で見下ろしてくる八日坊様は、視線をそらさない。
……本気なんだ。
流石に怯む。
うん、怯むよ、この威圧感、半端じゃないもん。
普段軽くかけてくるのとは、訳が違う。
足がすくむ。腕が震える。
だがどうしたっ、わたしはおねーちゃんなんだ。陽平を守るのがわたしの使命っ。
たとえ八日坊様が相手だとしてもっ!
『我に本気で挑むか、小娘』
「本気だよ」
あの時も同じことを言った。
あの時はまだ、八日坊様の強さを知らなかった。怖いもの無しの考え無しだった。
どれほど妖が人のことを軽んずるか、知らなかった。
どれだけ人の死が軽いか知らなかった。
だから言えたこともある。
でもね。
知った今も変わらないものがある。
無言で桜輝を召喚する。弟の驚いた声に、手の中の確かな重さに奥歯を噛みしめる。
出来るような気がしてた。
一瞬だけ、八日坊様の目が開く。
あの時の鬼も、そんな顔をしていたね。
ほら、あの日の八日坊様とそっくり。
『祐希』
真っ直ぐに八日坊様の視線が刺さる。
ゆっくり頭上に振り上げた桜輝に力を込めた途端。
にゃ〜。
と鳴きながら、わたしと八日坊様の間にやってきた。
……三毛猫が。





