10.本人不在の種明かしは……
『で、どうだった? 俺の演技は』
祐希をすっぽりと腕に抱いた天狗を見下ろすのは、腕組みをして格好をつけた、赤銅色の肌に金髪という鬼らしからぬド派手な鬼。肌を隠すものはトラ柄の腰巻一つで、天狗は眉をひそめる。
『知るか』
八日坊は知己を睨み付けると吐き捨てるように言った。
『あ、ひでぇな。せっかくお前の大事な姫さんのために、わざわざ憎まれ役を買って出たってのに、友達甲斐のねぇ』
『……お前が妻問いなどするからだ』
すると、鬼は照れを浮かべながら満面の笑みを浮かべた。
『あー、いやさぁ。ここまで純真無垢な子だとは思ってなくてさぁ。会ったばかりの妖怪に心許すわ霊水もキュウリも大盤振る舞いするわ、惚れるなってのが無理筋だろ?』
途端にぶわりと天狗の放つ威圧が増した。庭にいた猫たちが嫌そうに背中を向ける。
『……だからお前に頼むのは嫌だったのだ……』
『それ今言う? てぇか選択の余地はなかっただろ? 今この島に俺以外にあれだけの幻術と結界術とを同時展開できる奴なんて』
天狗の威圧も涼しげな顔でやり過ごす知己に、八日坊はため息をつき、威圧を止めた。
腕の中で眠る祐希の頬にかかる髪の毛を払ってやると、眠りながらも嬉しげに微笑む。
『それにしても、桜輝を呼び寄せるとはねぇ』
『先代にも出来なかったのにねぇ』
「え、ばーちゃん出来なかったの?」
姉が昏倒しているというのに気にもとめず、陽平が口を挟む。その手にはもちろん桜輝が戻っていて、桜色の鞘がキラリと光る。
『そうさな、先代はそういうものは毛嫌いしておったからの』
「へぇ、そうなんだ」
すりりと頬ずりする天狐を片手で撫でながら、でもそういえば、と陽平は口を開いた。
「じゃあ、誰が守り人だったんだ? じーちゃん? おじさん?」
『さて? 誰であったかの、天狗の』
天狐が首をかしげると、天狗は眉間にしわを寄せた。
『知らん』
『お主が知らぬはずなかろうが。……妾にまで隠し通しおって』
『知らぬものは知らぬ』
「ええー、八日坊様が知らないはずないっしょ?」
『いずれ向こうに行った時に教えてもらうが良い』
天狗の態度が頑ななのを見て取って、陽平はちぇっと舌打ちする。
『そもそも、あれらはもう我らを見えてはいまい?』
『そうさな』
『昔はよう野山を共に駆け回ったものじゃがの』
「そうなの?」
陽平はぼんやりと覚えている二人の血縁を思い出す。
じーちゃんは九十手前なのにまだまだ頭も体もしっかりしてて、あと二十年ぐらいは生きてそうな感じがする。おじさんの方は、山登りが趣味とかで、手も足も太く、上背もある。体つきだけならば目の前の鬼に似ているかも知れない。
その二人も、かつては見えていたのだ。
陽平はじっと目の前の三人と、庭に溢れる猫たちを見る。
桜輝を手にするまで見えなかった世界。
姉の見ていた世界を見られるようになって、まだそれほど経ってはいないけれど。
あの人たちは、この世界を失うことと、どうやって折り合いをつけたのだろう。
人の友もなく、最も近しい家族以外の存在が妖である陽平にとっては、とてもじゃないが受け入れられない、と眉根を寄せる。
ふわりと銀の尻尾に包まれて、顔を上げれば天狐が鼻をすりつけてきた。
『心配は要らぬぞえ、陽平は我が番であるゆえ』
「……うん」
天狗の腕の中で眠る姉は、生まれた時から常にそばにいた存在だ。
他の家族の誰よりも、陽平にとっては欠かせない存在だ。
シスコンとよく学校に行っていた頃はイジられた。
シスコン上等、何が悪い、と開き直る程度には、姉のことは大事だ。
だから……あの日。
祖母の葬儀に一人で出かけた姉が、神社の階段を転げ落ちて怪我をしたと聞いて、取るものとりあえず飛んできた。
渋る父親を放り出してきてよかった、と今も思う。
そのおかげで桜輝と、姉の見る世界を手に入れた。
失うことなど考えられない。
ぎゅっと桜輝を握る手に力を込めれば、天狐がすい、と体を離した。
『たまにはそれほど熱く見つめられたいものよの』
「天狐?」
ほほほ、と笑い、天狐はふわりと身を翻した。
銀の毛並みは輝く銀の滝に。
赤い目は赤く縁取られた切れ長の目に。
形のいい銀の耳と尻尾を保ったまま、天狐は艶やかな十二単をまとう女性に変化した。
『え……』
「天狐……?」
「ふふ、この姿の時くらい、名で呼んでくりゃれ」
扇をひらりと振る天狐に、陽平はふらりと近寄った。
「芙蓉……」
「なんじゃ、陽平」
『……おい、あれ』
花のように微笑む天狐に手を引かれた陽平は、ふらりふらりと後をついていく。手に持っていたはずの桜輝はすでに散ってなかった。
鬼の声に顔を上げた天狗は、ふんと鼻を鳴らした。
『やれやれ』
『天狐の魅了か。見事なもんだな』
『お前まで釣られるなよ』
『冗談。俺は気の強い女は好きじゃない……はずだったんだけどなぁ』
『ほう?』
気弱に語尾をごまかす鬼に、天狗の冷気が襲いかかる。
『わかってらぁ。テメェの大事な女に手なんか出しゃしねぇよ』
俺だって命は惜しいんだ、とブツブツこぼす鬼に、天狗は矛を収めた。
『で、結果は?』
鬼の言葉に天狗は眉根を寄せた。
『決まっておろう』
『まー、そうだよねえ。桜輝を手元に引き寄せるなんざ、何人振りだ?』
『さてな』
天狗はゆっくりと愛し子の頭を撫でる。
故なくこんなことをしたわけではなかった。
これは、花杜の守巫女見習いとしての、見極めの試し。
祐希は見事に自力でクリアした。しかも桜輝を呼び寄せて。
これで不合格のはずがない。
天狗の口元がゆるりと緩む。
『ところで天狗の』
『なんだ、鬼の』
『……いつまでそうしてるつもりだ? 力の使い過ぎならちっとやそっとじゃ起きねぇぞ?』
『……お前、もう帰れ』
無粋なことを言う知己にじとりと視線を向ければ。
『ひっでぇ、お前が頼み込んでくるから他の約束全部ぶっちぎってきたんだぜ?』
『下心ありのくせしてよく言う』
『あったりめーだろ、こんな重要任務、見逃す手はねぇ』
キラキラと嫌な笑みを浮かべる知己を無視して、天狗は祐希を鬼から隠すように抱きしめる。
『とっとと往ね』
「やだよ、まだちゃんと守巫女殿にご挨拶してねぇし。……あ、舌打ちしたな?』
眉間にしわを寄せつつも、天狗は無理に追い出そうとはしない。
『それに、招かれてねぇのに屋敷に上がれる妖怪の存在は、知らせといたほうがいいんだろ?』
にやりと笑う鬼に、天狗は今度ははっきりと舌打ちした。
それを同意と取ったのだろう。鬼はその場にどっかと腰を下ろした。
『それによ、俺くれぇのが守巫女の直接の知己であるほうが、お前も動きやすいだろ?』
『それには……感謝する』
渋々と絞り出した言葉に、鬼は目を見開きながらも頷いた。
『ほれ、姫さん休ませるんだろ。ここに布団敷くか? 離れだと何かあっても気がつかんだろうし』
『……お前もう帰れ』
『なんだよ、寝顔を他の男に見られるのも嫌なのかよっ』
『うるさくするな、祐希が起きる』
そう言ってそっぽを向く天狗に、鬼は安堵の笑みを浮かべるのであった。
次がラストです!
18時更新予定です。





