3.鮮血
「見えて来ましたよ!」
「ああ、本当だ。あと少しだな」
夕方、草原にそびえる大きな城門が、俺たちの視界に写った。
付近には畑や小屋などがみられ、人の気配を感じた俺は安堵の表情を浮かべたのだった。
恐ろしい魔物がうようよいる場所へ突然飛ばされてさんざんな目にあったが、突然現れた僕っ子銀髪美少女に助けられ、なんとか街まで辿り着くことができそうだ。
空にはドラゴンのような魔物が飛んでいたりするのだが、街に入ってしまえば安全は確保出来るだろう。
と思っていたのだが。
「あれはレッドワイバーンの凶悪種ですね、念の為殺して起きましょう。【水球】」
ホタルの手に、弾丸のような小さな水の塊が生成され、乾いた破裂音がしたかと思うと、上空を飛んでいたレッドワイバーン(凶悪種)の頭を射抜き、頭部が弾け飛んだ。
相変わらず一撃だな。
そして死体となったレッドワイバーン(凶悪種)は城門の内側に落ちて行った。
「「あ」」
轟音が響く。
巨体が地面に落下したのであろう。
「ご主人様申し訳ありません.......落下地点の予測まで頭が回らず、街に被害が.....」
「起きてしまった事は仕方が無い。再発防止に努めるとして、今回の件は見なかった事にしよう.....」
近くにホタルがいれば安全だという事が分かった。
少々過剰な気もするが
◆◆◆
おれはこの街で衛兵をやっているボルドーって言うもんだ。
今日は鮮血の森方面の城門警備を任されたんだが、こっちにはほとんど人が来ねぇから、やることがなくて暇なんだよなぁ。
何もしねぇでも金が貰えるんだから、人によっては当たりだなんだっていう奴がいるんだががなぁ、たまに森の方から凶暴な魔物が襲ってきたりするから全く気が抜けやしねぇ。
元冒険者のおれでも鮮血の森の魔物だけは歯が立たなかったからなぁ。
門の防衛設備でなんとか追い返すか、街の冒険者ギルドに駆け込んで、強い冒険者に緊急依頼を出して倒して貰わないといけねぇんだよなぁ。
基本はずっと城門の外側で突っ立ってるだけだけどなぁ。
結局今日は誰も来ないまま、夕暮れになっちまった。
暇だから雲の形でも見てるかなぁ。
ん?なんだあれは
ドラゴンかぁ?
ばさばさと羽を揺らして空を飛ぶ赤い体。
まるでなにかから逃げているような猛スピードで、こっちに向かってくるじゃねえか。
よく見ると結構な大きさだ。
少なくともA級の上位は行く魔物だなぁ。
鮮血の森にいる奴の中でもきっと強い方だなぁ
これは上に報告しに行かないとまずい。
「おいボルドー、あれが見えるか...?」
隣にいた衛兵仲間が聞いてきた。
「ああ...これは大変な自体になりそうだなぁ
アンバー、お前は報告に行ってこい。推定A級上位もしくはそれ以上の魔物が鮮血の森方面に現れたってな。俺は他の奴らと城門の防衛設備を使って奴の足止めをしてみる。
あまり持ちそうにないから、急いで頼むなぁ」
「分かった....気をつけてな」
じゃあ早速準備をしねぇとな。
城壁の上にいる奴らとも話をして、魔法の強化を施した魔大砲数十機と、魔法弓、魔法拘束槍などを急いでかき集め、数人の衛兵で配置していく。
玉の準備なども瞬時に済ませ、迎撃の準備が完了した。
あとはおれが指示をするだけだ
魔大砲の狙いがドラゴンに定められた。
「よし、打t.....」
そう言おうとした時、
突然ドラゴンの頭が弾け飛んだ。
「「「.........え?」」」
そして、頭のなくなったドラゴンはそのまま落下していく。
「「「ええええええええええええ!?」」」
ドラゴンが、今の一瞬で、死んだのか....?
一体何が起こったんだぁ?
死んだドラゴンは街の方に落ちていった。
幸い街のはずれの田園地帯に落ちたようで、怪我人はいなさそうだ。
頭だけが飛ばされるなんて、どう考えても自然な死に方じゃねぇ。
「まさか....今の一瞬で奴を倒した奴がいるのかぁ...?」
「一体どういう事なんだ...」
「上位魔法でも使ったのでしょうか....?」
「さぁな、でも、空を飛んでるドラゴンの頭を破裂させる魔法なんて、どんな魔法なんだぁ?最上位魔法でもおかしくねぇなぁ。」
「もしかして....
もっと強い魔物が現れたりして.........」
「不吉なこと言うんじゃねぇ。さっさと片付けて報告書書くぞ。」
そんなこともあったが、魔物は倒されたので警戒体制は解除、後のことは街の奴に任せて、防衛設備を片付けた俺たちは通常の業務に戻ったのだった。
全く拍子抜けだったなぁ
陽の光も残り僅かとなった時間。
おれもそろそろ上がるかなぁなんて考えていたら、森の方から2人組が歩いて来るのが見えた。
鮮血の森から人が来るなんて、全く今日は珍しいことが立て続けに起こるなぁ。
それじゃあひと仕事して帰るかぁ。
「おいそこの2人、止まるんだ」
城門に着いた2人組を呼び止めた。
爽やかな風貌で軽装の優男と、銀髪の髪に精巧な鎧と細くしなりのある剣を身につけた少女だった。
一見森の魔物を相手にできるほど強そうには見えないが、元冒険者のおれには分かった。
この2人組には底知れぬ何かがある。
「変わった身なりだなぁ、冒険者か?」
「冒険者?なんだそれは」
「ご主人様、簡単に言うと魔物を倒すことで生計を立てているような人々の事です。」
「なるほど、そんな職業があるのか。」
「その様子だと、違うようだなぁ。」
少女がご主人様と呼ぶということは、この男は遠方の貴族か、奴隷を仕えた商人といったところかぁ?
「俺たちはただの旅人だ。遠くの国からやって来たから、ここらの常識には疎いんだ」
「旅人ねぇ.....
何か、身分を証明出来るものは持ってないかぁ?
街に入るために必要なんだ」
「身分証か.....ホタル、頼んだ」
「かしこまりました、こちらでよろしいでしょうか?」
そう言ってホタルと呼ばれた少女から見せれれた2枚のカードは、どちらも青帝国の貴族証だった。
やっぱり貴族だったかぁ。
「青帝国から来たのかぁ。そりゃあご苦労だなぁ。お前さんたち名前は?」
名前は貴族証に書いてあるが、確認する決まりになっている。
「よすが・ゆかりだ」
「ホタルです」
「それじゃあ記録用の魔道具に通してくるから、少し待ってろ」
そう言って細かい手続きを済ませた。
「こっちが門の通行証で、貴族証なぁ。
この街を出る時は銅貨5枚かかるからなぁ。
通行証は無くすなよぉ。
無くしたら追加で銅貨2枚払わされるぞぉ」
「ああ分かった、ありがとう。1つ聞きたいんだが、ワイバーンが街の中に落ちて行かなかったか?」
「ワイバーン?ドラゴンの間違いじゃねえかぁ?
ドラゴンなら畑の方に落ちたみたいだなぁ、全く驚いたぜぇ、いきなり頭が弾け飛ぶんだからよぉ。」
「俺も驚いたよ。そうか畑に落ちたのか」
「お前さんたちも見てたのかぁ。最上位魔法の使い手がやったって噂になってるぜぇ。」
「最上位魔法....ありがとう、参考になった」
「おう、長旅の疲れをしっかり癒せよ!」
「そうさせてもらう、あんたも仕事頑張れよ」
「ありがとよぉ。もうすぐ上がるけどなぁ!」
2人組が街明かり消えていくのを見ながら、ボルドーはなんとなく空を眺めたのだった。
◆◆◆
「ようやく着きましたね!ここが鮮血の街です!」
「いや物騒な名前だな。なんだ鮮血の街って。ラスボス手前の街かよ」
街の名前として大丈夫なのかそれ。
よく上が許したな。
「それにしても、貴族証なんてものを持っていたんだな。それも2人分」
「いえ、あれは【偽装】スキルで作った偽物です、使い方によっては先程のような事もできるのですよ。」
「すごいな......でもそれって不法入国になるんじゃ...」
「バレなきゃ大丈夫ですよ、魔道具にかけると言われた時はヒヤッとしましたが」
「おい、さっきから俺はヒヤッとしっぱなしだぞ」
「結果バレなかったのでいいんです!
それじゃあご主人様、道中で狩った魔物の素材を売りに行きましょう!
そして売ったお金でディナーといきましょう!」
「夕食か。
今日1日、水しか飲んでなかったからな。【ウォーター】」
喉が乾いたのでスキルで生成して、水を飲む。
お金。よく考えたら、1文無しだった。
この世界のお金、銅貨と言っていたか。
「貨幣換算はどうなっているんだ?」
「換算ですか、えぇと銅貨100枚で銀貨1枚、銀貨100枚で金貨1枚です」
なるほど。紙幣は無いのか。
通りの店を覗いてみると、並んでいたりんご(らしきもの)は値札に銅貨1枚と書かれていた。
銅貨1枚でだいたい100円、と言ったところだろうか(適当)
そういえば道中で倒した魔物をわざわざ解体していたな。
しかし軽装のホタルは素材を持ち運べるような鞄を持っていないが、何処にしまっていたんだ?
肝心なところを見ていなかった
人々が行き交う大通りの賑わいは、暗くなっても衰えることを知らない。
街の中心に佇む巨大な時計塔からは、重厚な鐘の音が聞こえていた。