第1章 2話 『初の異世界』
目を開けると、そこは異世界だった。
当たり前だ。いや、当たり前ではないのだが、俺たちはちゃんと異世界行きの電車、ではなく魔法陣に乗って転移してきた。
因みに俺の隣にはある女の子が倒れている。幼馴染の菜川だ。俺たちは無事にたどり着けたようだ。異世界に。
さて、ここはどこだろうか。異世界なのは間違いなさそうだ。見渡す限りの草原。青い空。適度な温度。涼しい風。あぁ、これこそ異世界だ。ゲームとかアニメとかで見た異世界だ。遠くには街のようなものがある。そこそこ大きい都市だろうか。もしかしたら王都だったりして。
ん?あれはなんだ?草の生えていないところを爬虫類らしき生物が荷台を引いて走っている。いや、草の生えていないところ、というかただの道だな。あの街へ繋がっているのだろう。あそこに行ってみたいな。菜川が起きてからだけど。
そんなことを考えていると、隣で菜川が動き出した。
「ん…むにゃ…ん? あ、双葉君。無事に着いた?」
「あぁ。異世界に来れたぞ。実に良い場所だ。さて、まずはどうしようか。いや、その前にこの世界では日本語通じるのかな?」
「わからないけど、とりあえず近くの村とかに行った方が良いんじゃない?」
「そんじゃ行くか。あそこに街らしきものがあるし。」
「あ、その前に。」
菜川はバッグの中をごそごそし始めた。
「何か無くしたのか?」
「いや違うよ。何か使えるものがあるか探してるだけ。」
「うーん、俺は荷物取り替えたから、お茶の入ったペットボトルとお金とスマホくらいしか持ってないな。ハンカチとティッシュはあるけど。それと生徒手帳。」
「私も似たような感じかな。他には…筆記用具とメモ帳があって、ハサミとかテープとかが入ってる袋と…学校で貰ったプリント?くらいかな。それと電子辞書もある。あ、スマホの充電器見つけた。」
「スマホも圏外でほとんどの機能が使えないからなぁ。写真とかは撮れるな。よし、記念写真でも撮るか。」
「え、今やるの?まぁいいけど。」
菜川はバッグから手を出して、チャックを閉めた。
「んじゃあいくぞ、はいチーズ。」
カシャ!
「ん。良い感じだね。それにしてもこんな風に写真撮るの懐かしいな。最近はずっとクラス離れててあんまり会ってなかったもんね。」
「まぁそうだな。いつ会ってもお前はお前だから、特に懐かしいとか感じないが。」
「双葉君もいつ会っても双葉君だよね。ボケーってしてて適当な感じがいつも滲み出てるよね。」
「…それもしかしてディスってる?」
「??別にそんなことないけど。」
「そうか。」
菜川はたまに天然な時がある。まぁそれが人気の理由だったりするらしいが。
「写真も撮ったことだし、街へ行こうぜ。」
「はーい。」
菜川は手を挙げて返事した。こいつおちょくってるのか?まぁなんでも良いが。もしかしたらこいつも割と適当なところがあるかもな。
俺たちは大きな道の端を歩いて街へ向かった。かなり遠いが、広がる草原に心を癒されながら進んで行った。時々道の真ん中を爬虫類らしき生物がものすごい速さで横切って行った。トカゲみたいだが身体が大きく、人の二倍近くありそうだ。その生物の荷台には人がいて、手綱を引いている。その人の奥にはたくさんの袋と箱があった。おそらく商品が入っているのであろう。雨が降っても大丈夫なように、荷台に屋根が付けられている。
それを写真に収めたりしながら街へ入った。街には門があり、そこには門番がいた。銀色の鎧を着て槍を持ち、通行人を注意深く見ていた。どの門番も屈強な肉体な男ばかりである。俺たちは特に何も言われなかったが、やたらこちらを見てきた。恐らくこの制服が珍しいデザインだったのだろう。この世界の中ではね。
門をくぐるとそこにはたくさんの建物があった。主にレンガのようなもので作られている家は様々な色をしていた。赤に青に緑に黄。順番通りに並んでるわけではないが、カラフルで活気溢れる街だ。大通りには商店街が広がっており、露店も出ている。そしてその大通りをまっすぐ行くと、いくつか広場や交差点のようなものがあり、その先にはまた門があった。二つ目の門ではトカゲ車も止まり、車内の人と門番が話していた。そして他の門番が車内で商品を見ながら紙に何かを書いていた。恐らく荷物検査とかであろう。どうやら二つ目の門の先にはここにとって重要な施設があるようだ。
それと、一つわかったことがある。ここでは日本語が通じる。しかし、文字はまるで読めない。どこかの古代文字でも見ているかのようだ。これいちいち書くの大変だろうに。日本語の方が楽で良いっすよ。まぁこの文字も覚えなきゃいけないのだろう。はぁ、異世界に来ても外国語の勉強は必要なんだな。
「菜川、これからどうする?」
「そうだねー、ここでは日本の通貨が使えないし、言葉は通じるけど文字は読めない。なら、誰か宿屋の場所を聞くのが一番かな。そこを拠点にしながら文字を読めるようになる。それまではずっとお金を稼がなきゃいけないね。お金が貯まってきて、文字も読めるようになったら、他の場所に移動しても良いと思う。そんな感じかな。」
「さすが菜川。お前なら出来ると思ってたぜ。」
「なんか馬鹿にされてる気がするんだけど。」
「まぁひとまずその案でいこう。宿屋の場所を聞いてから、人助けでもして、少しお金をもらう。アルバイトみたいなもんだな。やったことないけど。まぁ店番なら少しは出来るな。」
「じゃああそこの門番さんに聞こうか。」
そう言って俺たちは最初に出会った門番のところへ行った。
「すみません、宿屋がどこにあるかご存知ありませんか?」
「あ?宿屋?看板見ればわかんだろ?って読めればそんなこと聞かねぇよな。お前らここいらじゃ見ねぇ顔だし、田舎から来たのか?田舎だと文字すら読めないやつがいるのかよ。まぁ貧富の差ってやつかなぁ。まぁいい、教えてやるよ。一応門番だからな。」
門番の男は理解が早くて助かった。やはり俺たちみたいな奴は少なからずいるようだ。そして門番は髭を触りながら言った。
「えーと、確かここの大通りから二つ行った交差点を右に行くと、真っ白な看板があるはずだ。その位置から三つ進んだ建物が宿屋だ。その建物の右は洋服屋。左は八百屋だ。見ればすぐ分かるだろう。道間違えんなよ。それから、これは忠告だが、路地裏には入るなよ。あそこは物騒だからな。」
「ありがとうございます。わかりました。路地裏には近づかないようにします。」
「おう。頑張れよ。」
「はい。」
俺たちはそう言って別れた。そして門番に言われた通りに白い看板へたどり着いた。ここだけ看板が真っ白なのだ。目印になるわけだ。そして三つ進んだ建物。現代のホテルのようなところだ。まぁ五階建てだが。
「さて、ホテル、じゃなかった、宿屋の場所もわかったことだし、次は金稼ぎだな。どうしようか?」
「うーん、どこかに冒険者ギルドとかないかな?異世界といえば、なんかしらのギルドがあるはずだよ。」
「流石は菜川だ。お前なんか詳しいな。二次元派だったか?」
「別に二次元派も何もないよ。そんなことより情報収集だよ。ほらほら。」
「わかった、わかったよ。」
そう言って人に話を聞いてみることにした。
まず宿屋の受付の女性へ。
「すみません、ここら辺に冒険者ギルドとかってありませんか?」
「冒険者ギルド??………もしかして傭兵ギルドのことですか?ここら辺には傭兵ギルドしかありませんよ。冒険者ギルドは…たしかもっと西の方に拠点があった気がします。西には危険な迷宮やダンジョンがありますからね。」
「あ、そうなんですか。では、傭兵ギルドというのはどうやっていけば良いですか?」
「えーと、ここの通りから北へ、じゃわかりませんかね、えっと、右へ進んでから黒い看板があるので、その近くのヤバそうな所が傭兵ギルドのはずです。」
「ありがとうございます。もしお金が稼げたら、ここの宿に泊まりに来ますね。まだお金持ってないので。」
「わ、わかりました。」
そう言って傭兵ギルドへ向かった。
真っ黒な看板に真っ白な字がイカツイ感じで書かれていた。読めないが。さっそくヤバそうな所を探すと、すぐ近くにあった。五階建てのそこは、入り口にイカツイ奴が二人立っていた。ドアから奥を覗くと、屈強な男達が酒を飲んで騒いでいた。
「ここに入るの?」
「ここしかないだろ。仕方ない。菜川は何もしなくてもいいぞ?力仕事っぽいし。」
そう言って中へ入った。そして受付まで行くと、受付の女性が言った。
「傭兵ギルドへは初めてですか?」
「はい。初めてです。」
「わかりました。ではどのようなご用件ですか?依頼ですか?入団ですか?」
「えーと、今日中にお金を稼ぎたいので、入団でお願いします。」
「わかりました。ではこの書類に必要な事項を記入して下さい。」
そう言われて俺たちは書類を見た。何が書かれているのかわからない。
「すみません。実は俺たち文字が読めないんです。」
「あ、そうでしたか。これは失礼しました。でもこのギルドに入団する以上、文字が読めなきゃ苦労します。ですからお金を稼ぎながらでも文字を読めるようにして下さい。」
「わかりました。」
「では口頭で質問していきますね。」
そう言われて俺たちはいくつかの質問に答えて無事ギルドカードを手に入れた。出身とか聞かれた時は困ったがな。東京と答えると、受付の女性は少し考えるそぶりをしたが、すぐに東京と記入したようだ。本当にそう書いてるかはわからないけどね。だって文字読めないから。
「はい、これで入団完了です。そして、これがギルドカードですね。それと、これがギルドから支給されるリーラマです。どうぞ。」
「??リーラマとは何ですか?」
初めて聞く言葉だ。リーラマ。英語とかにあるだろうか。とりあえずこの世界の言葉だろう。
「リーラマを知らないのですか!?」
「はい。」
「リーラマというのはですね、ここ最近で開発された非常に便利な魔術道具です。複雑な魔術印がいくつも組み合わされていて、それを使うことで遠くにいても連絡が取れたり、自分のあらゆる能力のステータスを確認できたり、初めて見る文字や言語でも自分の知ってる言語に翻訳してくれたり、色々な機能が付いてる優れものなんです。もう既に大半の人は自分のリーラマを持っていると思ってました。国に申請しても、安価で購入出来ますが、まぁこの傭兵ギルドは運営責任者様のご意向で皆さんに渡してるんです。」
「なるほど。そうだったんですね。では、俺たちもその、り、リーラマというものを使えば、この街の文字は読めるかもしれませんね。」
「え?えぇまぁ、他の言語をご存知でしたら読めると思いますが、全くどこの言語も知らないで、ただ話せるだけの場合は翻訳してくれないんですよ?だって、リーラマは見た文字を深層世界からの情報で魔術翻訳し、脳から記憶を辿って自分の知ってる言語に再び翻訳しているわけですから、記憶に言語が無ければ、二回目の翻訳が出来ないですからね。」
「なるほど。なんとなく仕掛けがわかりました。大丈夫です。他の言語は持ってますから。」
「なら良かったです。さっそく使ってみましょうか。えっと、種族は人族ですよね?でしたら耳にリーラマかけてもらって、起動させるための呪文を詠唱して下さい。…あ、呪文は『深神よ、我を深層へと繋ぎ、叡智を授け給え』です。」
「深神よ、我を深層へと繋ぎ、叡智を授け給え」
すると、俺は右耳にかけたリーラマが皮膚に吸い付くのを感じた。そしてカチッと鳴った。吸い付かれた場所を触ってみるが、そこにはリーラマは無く、皮膚が硬くなっていただけだ。
「リーラマを外したい時は『深神よ、我を深層から隔て、叡智を休め給え』と言ってください。」
「わかりました。それにしてもこれはとても便利ですね。」
そう言って周りを見渡すと、知っている文字が並んでいた。目の前の紙に何が書いてあるかもわかる。そうすると、少し試したいことが出来た。
「すみません、これを読めますか?」
俺は紙に日本語を書いてみた。「おすすめの依頼はありますか?」と。
「えぇ、読めますよ。見たことのない文字ですが…ん?そもそもこんな文字、リーラマの翻訳文字に含まれていましたっけ?」
「??リーラマはなんでも読めるんじゃ無いんですか?」
「いえ、リーラマはリーラマをつけた者から言語を引き出して深層世界に送っているので、昔の文字は古代の人がリーラマをつけない限り読めないんです。つまり、だから、あなたはちょうど今、深層世界に新たな言語を作ったことになるわけですね。あなた達は一体何者なんでしょう。」
受付の女性は興味深そうにこちらを見てきた。なるほど。一つ分かった。リーラマは深層世界から情報を渡す代わりにこちらからの情報も深層世界へ送っているのだ。これはかなり危ないものだな。もし誰かが深層世界へ入り込むことが出来たら、この世のほぼ全ての情報を得られるんじゃ無いか?この世界のプライバシーがばがばだな。
「それで、おすすめの依頼と言ってましたが、先にギルドの説明の方を終わらせたいのですが。宜しいですか?」
「あ、はい。すみません。お願いします。」
そう言うと、受付の女性は話し始めた。要約すると、傭兵ギルドは世界中にあり、他のギルド、例えば魔術ギルドや冒険者ギルドも世界中に拠点を持っている。だが、一つの街にたくさんのギルドが集まると仕事が減ってしまうので、大きな街以外は基本的に一つの街に一つのギルドがある。そうすることで、お互いのギルドが維持出来るわけだ。それこそ、昔は拠点を巡って争いが起きたらしいが、運営責任者達が集まってルールを決めたらしい。また、最近はギルド同士で協力しようってことで、傭兵ギルドの者でも魔術ギルドの仕事を請け負うことも出来るそうだ。もちろん、選べる仕事は限られるが。そして、傭兵ギルドでは主に、要人警護や犯罪者の逮捕、パトロールやら街の外の魔物狩りなど、その街によって異なるが、警察のような感じだ。たが街にとっての大事な施設などの警備は市町村や国が派遣しているそうだ。門番がそれに当たるらしい。あの門番は街に詳しかったから、きっと町会かなんかに雇われているのだろう。
また、この傭兵ギルドでは、一階で食事やクエスト受諾、二階ではトレーニングができ、三階は休憩所として使われていて、シャワールームがある。そして四階と五階ではギルド運営の関係者以外は立ち入り禁止だそうだ。
傭兵ギルドでも、他のギルドでもそうだが、基本的に依頼やクエストは七人一組のパーティで受ける者だそうだ。まぁ最大人数が七人までというだけだが。そして、依頼やクエストをクリアすると深層世界からギルドカードに情報が届き、達成されたことになる。そして同時にギルドにも達成したことが伝わり、報酬が得られる仕組みになっている。報酬までもが深層世界を伝って来ており、ギルドカードを使って買い物をすることが出来る。便利だね。逆に失敗した場合も同じようにギルドにも伝わるため、隠蔽することはできず、失敗した罰として報酬の一割を徴収される。失敗してもまた受けられる依頼ならそこまで高く徴収されないが、急ぎの依頼だったり重要な依頼だったりすると、報酬の三割以上を徴収されることもある。もちろん、急用で依頼を達成出来ないとあらかじめ分かった場合はギルドに連絡することで解約することができる。その場合はギルドから団員へ急ぎの仕事として口頭で伝えられ、報酬が一割増しで貰える。それを狙ってずっとギルドの一階で朝から晩まで酒を飲んだり食事したりしながら待つ奴らもいる。基本的には早い者勝ちだ。だが一回に複数の依頼は受けられない。Sランク以上の団員以外は。
傭兵ギルドではFランクからSSランクまでの階級があり、最初はFランクから始まり、Eランクの依頼とFランクの依頼を受けられる。昇格するためには、自分のランクの一つ上のランクの依頼を決められた回数達成して、かつ自分のランクの仕事を完璧にこなすことが必要である。依頼達成にもランクがあり、完璧ならS級、だいたい完璧ならA級、少しミスがあるけど問題ないならC級、結構ミスしてるけど一応出来てるならD級、ミスが多すぎて無駄が多いけど達成出来たならE級。依頼が達成出来なければ失敗となり、賠償金を払う。また、何度も失敗している場合は降格することがある。事情があれば降格せずに済む場合もある。例えば人間関係のトラブルで依頼の邪魔をされる、とかね。そういったことならギルドが動いてくれる時もあるそうだ。
まぁ大体こんな感じだろう。
「それでは、ここまでで何か質問はありますか?」
「パーティを組んで依頼を達成した場合はどうなりますか?」
「パーティで挑まれた場合は報酬は山分けですが、昇格するためのポイントは稼げます。」
「なるほど。」
「質問が無ければ、あなた方が出来そうな依頼を探すので、席に座って待っていて下さい。」
「わかりました。」
俺たちは座って依頼を待つことにした。隣では先ほどの事を全力でメモしている菜川がいた。こいつも何か話せばよかったのに。
そう思っていると、受付の女性に呼ばれた。
さて、どんな依頼が舞い込んで来るかな!
俺たちはワクワクしながら受付へと歩いていった。