雪紅 ―――或る少年の一日―――
燦、と天が喋るような、快晴の一日だった。
尤もそのためもあり、朝から身体の内に沁み通るほどしんしんとした冷えがあった。
少年は濃い青紫の外套を着て焦げ茶色のマフラーを巻き、少し薄い色合いの長靴を履いた。飼い犬が甘えるようにしてじゃれつくその頭を一撫でしてやる。ベージュで耳の垂れた犬の鼻は黒く濡れたように光り、円らな眼と合わせて愛らしい。
キイ、と門扉を開けると少年は家の外に出た。毛糸の手袋をしていた手にはしかし門扉の真鍮の冷たさが僅かに伝わった。
思った通り、外の地面は一様に薄く雪が積もったり、透明な氷が張ったりしていた。
それらを踏み散らかして学校に行くのが少年の快感だった。
まっさらな白雪に自らの足跡を真っ先につける。
先に乱し、汚したほうの勝ちだ。
氷を踏みしだき、そのシャリシャリした音を聴く。それは少年にシャーベットを食べるに似た快感をもたらした。
少年が通う学校は古い木造校舎で、門は少年の家とは比べものにならないような立派な造りだ。青錆びが浮いた小さな獅子がその両側の天辺に口を開けてついている。丁度、神社の狛犬のようだ。これを見るたび、少年の内側からはどこか小馬鹿にしたような気持が湧くのだった。
校舎についた丸い時計の針が間もなく朝礼の時間を告げる。
澄んだ鐘の音に、少年は懲りず踏み散らかしていた校庭に積もった雪と、張った氷から名残惜しげに離れた。
靴箱に入るといつもの級友たちが教師に急かされながら、それぞれの教室に向かうのが見える。
この校舎の靴箱は、上部にステンドグラスが設けられ、靴箱の床に美しい色彩を落とす。今はそれに見惚れる余裕はない。
少年は長靴を上履きに履き替え、自分の教室に向かおうとした。
上履きに履き替える時、靴箱に敷かれた簀子の隙間の向こうに蜥蜴が死んでいるのが見えた。死んだ蜥蜴にまでステンドグラスの光は届かない。
ちらりとそれを乾燥気味の心で認めると、少年は今度こそ教室を目指して歩んだ。
教室に入ると、中はふわっと暖かく、後方にストウブの置いてあるのが見えた。中の火は煌々と燃えている。
少年は一瞬、その燃える中に先刻の蜥蜴を投げ入れてやればどうなるかと考えた。埒のない思惑は教師が入室すると同時に消え、そして朝礼が開始された。少年はこの微睡むようなまだるっこしい子供の教育環境というものをまんざら嫌いではなかった。少々、からかうような思いも交えて、愛おしんでいた節すらある。無邪気な箱庭。それが少年から見た学校というものだった。
少年の座る木の机には、以前に誰かがつけたのか焦げ跡があり、その独特の形がどこか髑髏を思わせる。少年はその焦げ跡を気に入っていた。
一日の授業は緩慢に過ぎる。
シュンシュンとストウブの上に置かれた薬缶の音が緩慢さを証立てるようだ。
昼休み、誰かが薬缶を持ち出し、氷の上にふざけて中の湯をかけていた。少年はなるほど、そんな遊び方もあったかとその遊びをした発明家にちょっとした悔しさと妬ましさを感じた。
赤い火は未だ煌々と光っている。
その輝きが尽きる頃、その日の授業も終わりを迎えた。
やがて下校の時刻となり、少年は外套を着てマフラーを巻いた。
教室を出た少年はちらりと隣の教室の、帰り支度をしている一人の少女を見た。ばれないように、すぐに視線を逸らす。
細い天鵞絨の、綺麗な紅色のリボンで髪を結んだ少女は笑っている。
その湾曲した目元を心の中に映し込む。映し込んで、家路に就く。
もう雪や氷はぬかるんだ泥水と化している。
少年はその中を弾むようにして駆けた。
少女の容貌を思い出す。自然に足が速くなる。自然に紅潮した頬が緩む。
赤い火は未だ光っている。




