04話 不思議な力とこれからの事
次の朝、私はドルミーより先に目覚めた。
窓から朝日が差し込んでいる。
「この世界」が「私の世界」と一緒なら太陽の光って事だけど、気にするのはそこじゃないか。
やっぱりこれは夢でなく現実なんだ。
ドルミーは私の腕にしがみついて眠っている。
少し腕を動かすと素直に離れた。寝顔はとても幼い感じがして、憎めないなぁ。
起こすのもなんだし、うまくマントから抜け出して……っと。
少し部屋の中を探索してみますか……といっても、大したものはなさそう。
仕方ない。ボロボロの木戸をギィと押し開け、小屋の外に出る。
うーむ、空気が良い。
私の基準でいうと、かなり早朝の森って感じ。
そう考えると睡眠時間は長くないはずなのに、体の調子はすこぶる良い。頭もスッキリ。
こういう朝は、何かを頑張ろうって気持ちになる……まあ、何をすればいいのかは分からないけど。
小屋の周りは木ばかりで、他の人間がいる気配は無い。
冷静になったら朝でも深い森って怖い……。本物の化け物に昼夜なんて関係なさそうだし……。
私はそそくさと小屋に戻ることにした。
「あっ……おはようございます、真夜さん……」
小屋に入るとドルミーは眠たそうに目を擦っていた。
何度見ても髪がキラキラしていて美しい。
でも、なんというか……やっぱり女神かと言われると、存在感が足りないかなぁ。
「あっ! すいません……。昨日は勝手に寝ちゃって……」
「別に気にしてないよ」
「あのぉ……。近くの湧水を汲みに行こうと思うのですが、ついて来ていただけませんか?」
そういえば昨日から何も飲んでない。
水の確保は何より重要な事だし、断る理由もない。
「うん、了解」
私たちは小屋に置いてあった空のビンを数本手に持ち、外へ出た。
「マントも持ってきてくださいね」
おっと、忘れてた。
これがないと、私たちは身を守るすべがない。
……そういえば、このマントは私のいう事をある程度聞いてくれるみたい。
昨日もそうだったし。
じゃあ、呼んだら飛んでくるかも?
「……来い」
私の呼びかけに答え、マントがボロボロの扉を優しく開けて出て来る。
そのうえ、出た後の扉を閉めた。
割と器用に動かせる。
でも、これは私の視界内にマントがあるから出来る事……の様な気がする。
「めんどくさいかもしれませんが、そうやっていろいろ試してみてください」
「うん、結構いろんな事ができそう」
マントをうねうねと動かしながら歩いていると、私たちは綺麗な湧水が出ている岩場に辿り着いた。
二人で一本一本ビンに水を入れると、数分で作業は終わった。
「さて、水も汲めましたし、小屋に戻ってゆっくり今後の事を話しましょう!」
笑顔のドルミーは水のいっぱい入ったビン何本か抱え、歩き出そうとする。
しかし、足腰が弱いのか、フラフラしていた。
ビンを持ってあげようにも、私自身すでに数本抱えている。
確かにビンは重いとはいえ、私と同じくらいの年齢に見えるドルミーがふらつく程とは思えない。
魔力を失って、体も弱ってるのかな……。
ふと、私は羽織っているマントを見つめる。
そうだ。このマントにくるんで持てばいいんだ。
外からの衝撃は防いでくれるから落としても割れないだろうし、うんピッタリ!
「ね、ドルミー。重そうだから私が全部持ってあげる」
「え、でも……」
「ほら、マントの上において」
私はマントを脱ぐと、地面に広げる。
そして、まず自分の持っているビンを置くと、そのビンはマントの中に吸い込まれてしまった……えぇ!?
「ド、ドルミー。このマントって魔法を使う代わりに飲食が必要だったり……する?」
「え……真夜さん大丈夫ですか……?」
すっごく心配されてしまった。
大丈夫じゃないかも……。
「ビ、ビンをマントが呑み込んじゃったんだけど……」
「あー。きっとそれは、異空間につながってるんだと思います。空間操作系の魔法が発動したのかな? いろいろ制限があるはずですが、とても収納に便利なはずです。この世界でも普通の人には使えない貴重な魔法みたいですよ!」
空間って……なんか上級魔法感ビンビンね。
私はドルミーが持ってるビンも異空間に収納する。
そして本当に何が出来るかわかってないんだな、と再認識した。
「これ取り出せるの?」
「もちろんです。取り出す物を思い浮かべてください」
私は水の入ったビンを思い浮かべ、マントに手をかざすと、ニュッとビンが出てきた。
確かにこれはすごく便利だ。
完全に出てきたビンを手に取ると同時に、この魔法を【次元収納】と呼ぶことにした。
入れられる物とそうでない物をしっかり把握しておきたい。
とりあえず一般的考えて生き物は無理そう。
「よし、じゃあビンは全部任せて」
「それではお言葉に甘えさせてもらって……」
私はすべてのビンを収納したマントを再び羽織った。
そして、その場で少し跳ねてみる。
ビンの分の重さは感じないどころか、体が少し軽い。
マント自体が浮遊していた事を考えると……もしかして私、空飛べちゃう?
だってマントだもんね!
両腕を天に突出し、私は叫んだ。
「とう!」
……ダメだわ。
「マントだし飛べると思ったんだけどなぁ……」
「ごめんなさい……」
「ド、ドルミーのせいじゃないから、気にしないで」
飛べないのは残念だけど、体が軽いのは確か。
おそらく多少、重力を軽減できるのかもしれない。
試してみよう。
「ちょっと木に登ってみる」
「えっ!」
私は近くの背の高い木を選び、登る。
木登りも意外に得意だし、高いところも好き。
数分もしないうちに、私は木のてっぺんに辿り着いた。
そこから辺りを見回してみると、それほど遠くないところに町を発見した。
それほど大きくないものの、町並みはなかなか美しい。
「当たり前だけど、他の人もいるのね……」
これからいろんな人と会うのだろう。
でも、今はそんな先の事を考えにきたわけじゃない。
「ドルミー! 木から離れといてね!!」
「は、はーい!」
よし、じゃあ降りるか。
私はマントを脱ぎ、四隅を両手で持って、パラシュート状にする。
すると、持っている布の部分が手首に巻き付きグッと固定した。
「いくよ!」
掛け声とともに私は木から飛び降りる。
一瞬、体が浮遊感を感じた。
でも、すぐに重力に捕えられ地面へ落ちていった。
ゆっくりと。
「これは出来るみたい」
マントは大きく膨らみ、見事にパラシュートの役目を果たした。
物理法則的に普通なら不可能だけど、このマントには出来る。
ふわーっと落ちる様はまるで昔遊んだゲームの様だ。
葉っぱやショール、ニワトリで滑空するやつ。
「真夜さん! 急に叫ぶからビックリしましたよ」
「ごめんごめん」
地面に着地すると、マントは勝手に元の状態に戻った。
「ドルミーがくれたこの力、やっぱりすごい」
高い所から落ちても大丈夫なのはもちろん。
今回は試せないけど、ムササビの様な滑空も可能に思える。
場所によっては結構移動距離を稼げるかもしれない。
何より、もし事故ってもダメージを通さないのが良い。
安全なスカイダイビングが楽しめそう。
……ちょっと思考が遊びに寄りすぎてるかな。
「そう言っていただけると、私もうれしいです」
「じゃあ、小屋に戻ろう」
○ ○ ○
小屋に戻ってきた私たちは今、水を飲んでいる。
普通に飲んでるけど、異世界の人間には毒とかそういう事ないよね……。
「ふー。で、どの魔物を倒すの?」
私は腕利きの傭兵の様に尋ねてみた。
そういえばこの世界にはどんな職業があるのかな。
魔物がいるわけだから、それを狩る職業がありそう。
「まずは森の中の弱い魔物からですね。私がせめて攻撃魔法を使えるようになるまでは、大物を狩るのは避けた方がいいでしょう」
「マントの力があれば、攻撃は防げるけど……」
「マントはどっちかというと防御・補助よりみたいですからね。攻撃手段を見つけるまでは、危ない橋は渡らないようにしましょう」
意外と冷静な判断が出来る子だ。
少し安心。
「あと……その……町へ行って、食べ物の買い出しもお願いしたいです。恥ずかしながら、体の調子が良くなくて……。一緒に行って帰ってこれそうにありません……」
そうきたか。
歩き方からして不安定だったから仕方ないけど、一人で見ず知らずの世界の町へ買い物ねぇ……。
「わかった。でも、お金の価値とか何が美味しいかとか、私にはわからないよ」
「もちろんお教えします」
ドルミーが言うには、この世界のお金は私の世界と似ているらしい。
一円硬貨、十円硬貨、百円硬貨、五百円硬貨、ここまでは私の世界と一緒。
デザインはもちろん違うけど。
ここから上も紙幣ではなく硬貨が続くのがこの世界。
千円硬貨、五千円硬貨、一万円硬貨、さらにさらに……といった具合に。
「この世界も円なの!?」
「あっ! わかりやすいように【言語翻訳】の魔法を真夜さん自身に与えてあったのですが、いりませんか?」
そういうことね。気が利くわ。
「訳したままにしておいて」
「了解です! 食べ物に関しては真夜さんの世界と大差ありません。ただ、ここにはあまりしっかりした調理器具がないので、複雑なお料理は作れないと思ってください」
こっちと変わらないか……。
とりあえずパンとか売ってそう。
食べ物と寝床の確保が出来れば、生きていくには困らない。頑張りますか。
「では、このカゴを持って行ってください。こっちはお金です。街の近くのまでは私もご一緒します。道を教えないといけませんからね」
カゴを受け取った後、私は残っていた水を飲み干す。
あー、なんか緊張してきた。
「私、あんまり知らない人と話すの得意じゃないのよねー」
「真夜さんの見た目は完璧ですから。下手にビクビクせずに、堂々としていてください。町は冒険者が来ることも多いので、見慣れない顔でも目立ちませんよ」
堂々とね……。
あっ、そういえば私まだパジャマだし、寝てる時に呼び出されたから靴がない。
「ドルミー、このパジャマじゃ目立つよね……? あと、靴が……」
「パジャマは上手くマントで隠してください。靴と靴下はあります。地味なものですけど……」
流石にパジャマで外を歩くのはこの世界でも目立つか。
服もいつか手に入れたいところね。
ドルミーと一緒に選びたいから今回は見送るけど。
「じゃ、行きますか。しんどそうだし、私の腕につかまって良いよ」
靴と靴下をはき終えたので、ドルミーに声をかける。
どこで手に入れたのかは知らないけど、サイズは合っていた。
「あ、ありがとうございます」
「お礼なんていいよ、これぐらい」
「はい……」
嬉しそうな笑みを浮かべるドルミーを連れて、私は小屋の外へ出た。