23話 訓練終わりのお風呂
「ぐぅ……今日も厳しい訓練でしたね……」
奥から絞り出すようにドルミーが呻く。
明日はいよいよシャリアとの模擬戦の日。
つまり訓練開始より一週間がたった。
訓練内容は特に変わらず基礎の体力づくり。
なにしろ私たちは全くの素人、一週間あっても基礎訓練は終わらないだろう。
まあ、一日目より気持ち訓練が楽になっている事が救いかな。
「明日はいよいよですね。お風呂にゆっくりつかって心と体を癒しましょう!」
「そうね。寝るのとお風呂に入るのはまた違うからね」
今向かっているのは、前にヴァネッサさんと入ったお城の大浴場だ。
リアスさんから許可はもらっている。
「でも決闘に参加を決めて、シャリアさんに勝って、そこからはずっとここで訓練なんですかね……。少し気が遠くなりそうです……って、私が弱音を吐いてはいけませんね……」
「この世界の戦いがどういうものなのか……よくわかってないし、一週間じゃ訓練の成果もでない。不安になるのは仕方ないよ。でも、何もしないと不安は募るだけ。今は体力をつけよう。何するにも体力は役に立つ……」
「真夜さんは強いですね」
「あー、本当は……こう説教くさいこと言うガラじゃないんだけどね」
「いえいえ。私、真夜さんの言葉で元気が湧いてきましたもの」
胸の前でグッと拳を握りしめ、ドルミーが笑顔を作る。
「……まぁ、そう言ってくれると私も気が楽かな」
少し照れくさくなって私はドルミーから視線を逸らす。
彼女の言葉で私も元気が湧いてきた。
そういう意味では私たちお似合いのコンビかな。
そんな事を考えているうちに、大浴場の前に辿り着いた。
扉の鍵は……もちろん開いているので、そのまま中に入る。
「今回も貸切状態で二人っきりですね」
「本当に気楽で助かる。向こうから見て私は異世界人なのに、なんというか……自由にやらせてもらえてるというか。気を遣ってもらえて」
服を脱ぎながら、しみじみと感じる。
私の世界なら異世界人なんて、秘密機関に捕獲されて研究対象にされそうだ。
なんせ宇宙人はすでに捕獲されていると聞く。
……いや、この世界でもそうなっていたかもしれない。
結局は出会った人で運命は決まる。
リアスさんやヴァネッサ、そしてヒロウ姫様に出会えた事に感謝しなければ。
おかげで体を鍛えられるし、魔法も身に付ける機会がありそうだ。
強くなれば私の目的、ドルミーの役目の達成にもぐんと近づく。
お返しに姫様の願いを叶えないとバチが当たりそうなぐらい沢山のものをもらっている。
今から入る温かなお風呂もそうだし、その後に食べる晩ごはんもだ。
「真夜さん、手が止まってますよ」
私の顔を覗き込むドルミーは、すでに裸にバスタオル一枚になっていた。
装飾品を外すとただの女の子に見えるので、大変いかがわしい。
「考え事してると、よく手が止まっちゃうの」
「それは……直した方がいいです」
「……そうね。冷えるし先に入ってて」
「はーい!」
ドルミーは元気よく返事をすると、浴場に入っていった。
私も汗だくだし、疲れてるし、明日の為に早く寝ないといけないし、さっさと入んないとね。
そういえば今日は脱衣所にミスティスさんがいない。服の洗濯はどうなる……。
「いやああああああああああーーーーーーっ!!」
聞いたことがある悲鳴。間違いなくドルミーだ。
私は服も脱ぎかけのまま浴場に駆け込む。
まさか、誰か浴場に潜んでいたか。
この短い距離でもドルミーから目を離したのは失策……。
「だ、だれ!?」
私の震えた声が浴場内に響き渡る。
湯気で多少視界が悪いが、すぐに二人の人影を見つけた。
一人はドルミー。
完全に床に組み伏せられている。
そして、もう一人は……顔に覚えがある。
「ま、真夜さん! この人がズルしようとしてます! 私を人質にして不戦勝を勝ち取るつもりです!」
その叫びに反応して、ドルミーを組み伏せている人物――王との謁見時に私たちに戦いを申し込んできたシャリア・アラード訓練兵が私の方を見た。
あの時は真面目な良い子そうに見えたのに、まさかこんな……いやでも。
「お、お前たちは……」
シャリアは殺気立った目で私とドルミーを交互に見る。
そして、最後に自分の体を見た。
そう、彼女は裸だ。
近くに濡れたバスタオルも落ちている。
私たちを襲うつもりならば、わざわざ裸になる必要がない。
それに、彼女の肌もお湯に濡れて赤みががっている。
おそらく入浴中に急に入ってきたドルミーに驚き、咄嗟に自由を奪ったというところだろう。
「あっ、いやっ! 見るな!」
顔をさらに赤くしたシャリアはドルミーを解放し、落ちていたタオルを体に巻き付け、白濁した湯で満たされた浴槽の中に飛び込んでいった。
はじらう姿はなかなかかわいい。
「ドルミー大丈夫?」
私は床に押し付けられていたドルミーに手を貸し、立ち上がらせる。
「ううっ……酷い事されました……」
ドルミーの顔には床のタイルの跡がついている。
かなり強く押さえつけられたようだ。
勘違いとはいえ、これは謝ってもらわないと。
「あなたシャリアさんだよね。ビックリしてやっちゃたのはわかるけど、謝ってくれない?」
少し言葉がキツイだろうか。
いや、こういう時は下手にでるものじゃない。
「……す、すまない。悪気はなかったんだ」
あら意外に素直。まあ、とりあえず安心かな。
「ドルミー、これでいい?」
「は、はい……。でも、怖かった……」
今にも泣きだしそうなドルミーを軽く抱きしめた後、私はまだ下着をつけている事に気付いた。
「すぐ脱いでくるからまってて」
そう伝えると、私は素早く脱衣所に戻り、雑に下着をはぎ取る。
そして、それをカゴに投げ込もうとした時、ミスティスさんが扉を開け、中に入ってきた。
「あら、真夜さま。まだお着替え中でしたか。今日は来るのが少し遅れたので、もうすでに入浴されていると……」
ちょうどいいところに来てくれた。
一応彼女の事をそれとなく聞いておこう。
「今日は私たちのほかに……」
「そうそうですっ! 今日はロウニス王妃の計らいで、シャリアさんもこのお風呂に来る予定なんです。これを伝えておかないとビックリしちゃいますよね。思い出せてよかった……」
うーん、数分遅かったかな……。
「あー、なんというか、彼女と被っちゃったみたいで……」
「あらぁ、そうでしたか。それは少し困りましたね。シャリアさんはちょっぴりシャイなところがありますから、優しく接してあげてください」
大勢の前で大見得切った割にシャイと。
まあ、一度話してみたいとずっと思っていたし、私にとっては良い機会。
「わかりました。洗濯いつもありがとうございます」
「いえいえ。ごゆっくり~」
ミスティスさんに軽く頭を下げると、私は再び浴場に突入する。
すると、扉のすぐ近くでドルミーが不安そうな顔で待っていた。
両腕で自らの体を抱き縮こまっている。
「あれ、待っててくれたの? ありがとう。でも、風邪引いちゃうよ」
「ど、どういたしまして……。本当はあの人が怖いから待ってただけなんですけどね……」
未だ恐怖を拭えないドルミーを連れ、私はシャワーでサッと体を流し、浴槽に入る。
今日のお湯も乳白色。浸かればその部分は見えなくなる濃さだ。温度も変わらずほどよい。
「あ~なんというか、体に染み渡るって感じねぇ……」
ふだん勝手に感情が表情に現れがちな私も、今はそれが自覚できる。
顔は緩みきっているだろうな。
「真夜さんのいう通りですぅ……。私、もうなんだかここで眠ってしまいそうなくらい気持ちいい……」
先ほどまで恐怖に震えていたドルミーも、その体を暖かな湯につける事で心身ともにほぐれたようだ。
これでとりあえず冷静にあっちの彼女と話せそう。
あっちの彼女というのは、もちろんシャリアのこと。
彼女は私たちから距離を取り、浴槽の中央にある湯が湧き出るオブジェの方に体を向けていた。
バスタオルを身体に巻きつけ体育座りをしながらも、目だけは時折こちらの様子を伺っている。
話をする前に、私も少し彼女を観察することにしよう。
まず、目につくのは……濡れた深い緑色の髪かな。
謁見の間で見た時はポニーテールだったけど、今は解かれている。
うーむ、ここまでしっかり色のついた緑髪は私の世界でもほとんど見ない。
蛍光色に近い緑ならテレビとかで見たことがあるけど。
ヴァネッサの燃えるような赤髪、リアスさんの深い青色もそうだけど、こっちの世界ではこういう色の髪の毛が普通に存在するみたい。いまさらだけど。
髪の事はまあこんなもんかな。
他に気になるのは、肩や顔に見えるあざや小さな傷。
一生傷にはならない程度だけど、訓練の激しさがうかがえる。
彼女は真剣だ。
姫様の事を真剣に考えているから、部外者の私に運命を託したくないんだ。
その気持ちは尊敬できるし、任せたい気持ちもある。
でも、今の彼女では……。
私はお湯を両手ですくい、顔にばしゃばしゃとかける。
「……ちょっと怖くなってきたな」
私のぼそっとした呟きを聞き逃さなかったドルミーが、目を見開きながらこちらを見た。
「あ、明日のことですか……?」
シャリアには届かない小声でドルミーが尋ねる。
「うーん、それはまあいいの。どっちかというと、その後のことかなぁ」
「決闘が……やっぱり強大な敵と戦うのは怖いですよね」
その言い方だと、シャリアが大したことのない相手みたいに聞こえる。
……正直に言うと私もそう思ってる。
なんというか、親衛隊の二人や王妃を前にした時のような「異質な存在感」を感じない。
その違いが魔力に由来するのか、それとも経験に由来するのかはわからないけど、今のシャリアでは国王の親衛隊を負かすような相手には敵わない……と感じる。
「まあ、怖いといえば怖いけど。それも少し違う……かな」
「そうですか……」
「戦い自体が怖いというより、負けた時に申し訳ないな……って感じ。今、こうやってお風呂に入れてるのも、ご飯が食べられるのも、私が戦力として期待されてるからだからね。ダメだった時、どんな反応をされるか……ちょっと怖い」
私は水面に映る自分の顔を見つめらがら言った。
前髪から垂れ落ちた水滴が水面に波紋を生み、私の顔をゆがめる。
「それは……確かに良い反応はしないでしょうね……」
「やっぱ、そうよね」
「でも、それは真夜さんだけのせいじゃないと思います。その……私がこういうこと言うとアレなんですけど、姫様を守るのは本来は親衛隊や他の騎士の人の役目であって、その人たちが最善策として真夜さんに頼る事を選ぼうとしているんです。その判断が間違った結果を生もうとも、すべてを真夜さんの責任にする人はいないと思うんです」
「……そういう考え方もあるか」
想像以上に論理的な答えでビックリした。
もっと根性で何とかするタイプだと思ってたし。
でも、言っている事は正しい。
そうだ。
今、私にできる事はとにかく勝利の確率を上げる事。
そして、期待されているのはルール的に『マント』だ!
そのマントは姫を守るために使う。つまり一番危険なのは私自身。
下手すれば死ぬかもしれない。戦いの後の事を考えても仕方ない。
まず、私の為に頑張るしかない。
……これじゃ根性で何とかするタイプは私だなぁ。
「ちょっと楽になった。ありがとう、ドルミー」
「これくらいの事しか出来ませんから。なんでも相談してくださいね」
こういう時、誰かと悩みを分かち合えると楽だ。
私は視線を再びシャリアに送る。
すると、こちらを見ていた彼女と目が合った。
彼女はビクッと体を震わせると、そっぽを向く。
その隙に私はシャリアにゆっくりと近づいた。




