21話 姫とお食事会
「それにしても、ドルミーがあんなに堂々と話せたなんて、本当に助かったわ。ありがとうね」
「いえいえ、あれくらい当然です。これでも神様ですから」
国王との謁見を終え、私とドルミーは今夜宿泊する部屋へと戻ってきていた。
窓から見える空はすっかり暗くなっていて、星や少し欠けた月が輝いている。
「わぁ、落ち着いた良いお部屋。お城にはこんなところもあったなんて、私、知りませんでした」
そうそう、今部屋にいるのは私たちだけではない。
このお城の主であるヒルデルス国王の実の娘、ヒロウ姫がいる。
彼女は謁見後、国王に何事かを耳打ちし、部屋に帰る私たちにくっついて来た。
「このくらい狭いのも悪くないですね……」
ベッドに寝っころびながら、ヒロウ姫はつぶやく
お姫様の部屋はもっと広いのだろう。
この部屋だって相当なものだと思うけど……。
「もうすぐ係の者がお食事を持ってきます。少し遅い時間になってしまいましたけど、お腹が空いてはぐっすり眠れませんものね」
そういえば、城への移動中に軽食をとって以来何も食べていない。
一仕事終え、張りつめていた緊張が解けると、空腹と疲労が一気に押し寄せてきた。
王がすぐに返してくれたのも、食事を部屋で用意してくれるのも、それを察してのことだろう。
気の利くいい人だ。
さて……お城のディナーだし、オシャレな料理かなぁ……。
いや、そういう料理は分量が少ない事が多い。
このかつてない空腹にそれでは生殺しだ。とにかく今は量を食べたい!
部屋に設置されている丸テーブルの前の椅子に座り、私はもんもんとしながら料理を待った。
数分か、数十分か……。
扉がコンコンコンッとノックされた。
ハッキリとした時間はわからないけど、ずいぶん長い間待った気がする。
それは間違いなく空腹のせいで時間感覚が狂った事が原因だ。
係の人を責めてはいけないぞ……。
「失礼します。お食事をお待ちしました~」
聞いたことがある声と共に、扉が開かれる。
「料理人たちが『神の口に合う料理は何だって』悩んじゃってね。それに、他の人の分も作ってる最中で忙しそうだったから、代わりに私が作っちゃった!」
カラカラと料理を乗せた台車を押してきたのはヴァネッサだ。
頭には三角巾、体にはエプロンを身につけている。
こう見ると大衆食堂の看板娘みたいで様になってるなぁ……。
「あとね、量も作りすぎちゃった! いっつも大人数に作ってるから癖が出ちゃった。無理せず残していいからね」
ヴァネッサは少し申し訳なさそうに喋りながら、大皿を机の上に乗せる。
その皿にあったのは、えっ……炒飯……か……?
西洋風のお城にあまり馴染まない料理だ。
しかし、香ばしい匂いがたまらない上、望み通り量が多い。
私は一向に構わない。むしろありがたい!
ご飯大好き。炭水化物大好き。
「まぁ! 炒飯ね! 私、このお料理がすっかり好物になってしまいました!」
「姫様もどうぞ。ただ、あまり食べられてはお身体が……」
「問題ありませんって!その分、体を動かせば良いんです。明日からは真夜さまもいます。気合を入れていきますよ!」
まだまだ元気な姫様は、自分で取り皿に炒飯を適量盛りつけ、ガツガツと食べ始めた。
豪快……。
「この料理はここ数年で浸透してきたものでね。お二人のお口に合えばいいんだけど」
ほー、この世界では割と最近できた料理なのか。
どんな料理もそうなんだけど、はじめに考えた人はすごい。
そのおかげで、生きるために必須である食事を楽しむことが出来るんだからね。
……まぁ、初めて考えてなくてもネットにレシピを載せられるレベルなら十分すごい。
私は何グラム入れればいいとか見当もつかないし、たまにお世話になるし。
むぅ、空腹で頭がおかしくなりかけている。早く食べねば!
「美味しそうな匂いがしてます。いただきますね」
「私もいただきます!」
ドルミーもお腹が空いていたのだろう。
皿に炒飯を取り、食べ始めた。
では、私も……。
「……おいしい」
「本当ですね! すっごくおいしい! ヴァネッサさんがこんなに料理がお上手だったなんて……。しかも、この短時間で作ったとなれば手際も相当イイ!」
「そうでしょう? ヴァネッサには、たまに私の夜食を作ってもらっているのですが、初めて食べた時、それは驚きました! シェフ達の料理とは少し違うけど、それがまた良いのです」
「高貴な方々にお褒めいただき光栄です。あたしはプロの料理人たちみたいな、崩して食べるのがもったいない見てくれの良い料理は作れないけど、味は負けてないと自分でも思うよ。なーんてね!」
ヴァネッサさんは豪快に笑う。
リアスさんから料理が得意だとは聞いていたけれど、ここまで美味だとは……。
ラーメン屋さんの炒飯というか、中華料理屋さんの炒飯って感じ。
家で私がちゃちゃっと作るものとは全く違う!
ご飯もパラパラ、細かく刻まれた野菜やお肉もいい味出している。
塩気と薬味がきいていて、味に偏りやムラもない。混ぜ方もうまいのだろう。
何より米が日本の物に近い。海外の細長い感じの米とは違う。
こんなに良いお米どこで作っているのだろう。気になるところだ。
「あるもので作ったスープもあるからねー」
至れり尽くせりとはこの事だ。
私たちは受け取った中華風コーンスープの様なものを飲みながら、今日の出来事について話始める。
あっ、このスープも玉子がふんわりしていていいね……。
まず口を開いたのはヒロウ姫だ。
「それにしてもドルミー様、私の両親との会話お見事でした。父は温厚ですが、家族や国の事となると少々強引なところもあって……。上手く時間と選択権を得られたのは素晴らしいことです」
「いや~それほどでも~」
お腹が満たされてドルミーも上機嫌だ。
少し頬を赤らめて照れている。
「母はお察しの通り元騎士、それも冒険者を経験してから騎士になった戦闘のエキスパートです。逆に言えば、戦闘以外の事はあまり得意でないのですが……」
「でも、王妃様が一撃ですぐ力を認めてくれて良かったです。やっぱり、エキスパートにはあれだけで実力を図れるものなんですね」
「ほほほ、あの一撃は重たい氷塊を叩きつける……だけの魔法ではありませんよ!」
「え?」
「あの氷塊魔法は母が考えた水属性魔法なのですが、その真価は大きさではなく、温度なんです。触れたものを瞬時に凍らせる程の低温。母は受け止めた事よりも、真夜さまのマントが凍りつかない事に注目したのだと思います」
おおぅ……てっきり重いだけだと思ってたけど、あれに直に触れてたら凍ってたのか……。
一瞬で凍らせるって事は、氷塊の周りも相当な低温だったはずだ。
マントにくるまれてたから全然気づかなかったけど、王妃は相当な殺意をあの一撃に込めていたんだ……。
そう考えるとなんだか肌寒くなってきた……。
スープのおかわりをもらおう。
「ヴァネッサ、スープのおかわりを……」
「ふふっ、はいよ!」
口には出さなかったけど、完全におかわりの意図をよまれてたな。
「母は現役時代、あの氷塊魔法で大量発生した魔物を駆除したらしいのです。触れた魔物が瞬時に凍り、氷塊に貼り付く……そうして雪だるま式に氷塊は巨大化していくでしょう? 死骸も一か所にまとまって後始末も簡単。非常に合理的な魔法で、我が母ながら惚れ惚れします……」
怖いから何とか話題を変えよう。
えーっと……そうねぇ……。
「姫はあのシャリアって女の子の事は知ってる?」
それだけ恐ろしい氷塊魔法をノーダメージ凌いだ私に、異議を申し立ててきた勇気ある訓練兵のことだ。
城内では有名人かもしれない。
「あー、あの子ビックリしましたねー。私もたまに騎士たちの訓練を眺めたり、混ざって体を動かしたりするのですが、あまり記憶に残ってません……。大人しい子だったと思うのですが……」
ありゃ、予想は外れた。
普段おとなしい子が思い切った行動に出たとなると、何か思いつめているのだろうか。
なんだか心配になってきた。まだ話した事もないけど、結構好きなんだよね。
私はもう一度ヴァネッサさんに声をかける。
「あのヴァネッサさん。もしよかったら、シャリアって子のことをよく見ておいてあげてください」
「そうだね。今頃、恥ずかしくなって、枕に顔を埋めてベッドの上で転がってるかも」
あぁ、なんとなくその姿が想像できる。直接話してみたいなぁ……。
「対戦相手の心配をするなんて、真夜には余裕があるね」
「感じ悪かったですか……?」
「いや、そんなことないよ。あの子に隠された力でもない限り、氷塊魔法以上のものは出てこないからねぇ。真夜の勝ちはほぼ確定と言っていい」
勝てる算段がないのに国王の前に進み出て異議を申し立てた……いや、絶対裏があるよ。
何か彼女なりに奥の手があるに違いない。
私が神妙な顔をしていると、ヒロウ姫が少し含みのある笑顔で話しかけてきた。
「真夜さま、もしかしてシャリアが何か隠された力を持っているとお思いですか?」
私、本当に顔に出やすいみたいだ。
「はい……」
「彼女の適性を見るに、その可能性は低いですね」
「適性?」
「詳しい仕組みの説明は省きますが、とにかく個人の持つ魔法の適性を測る手段があるのですよ。彼女はまあまあどの属性も優秀で……逆に言えば、そこまで飛び抜けたものはない……でしたね、ヴァネッサ?」
「その通りです姫様。集団で動くことが前提の兵士としては、私より優秀かもしれません。が! まだまだ修練が足りていませんね。訓練担当に話を聞いたところ、武術も特に可もなく不可もなく……とのことです」
意外に兵士の管理はしっかり行われているみたいだ。
個人によって異なる適性か……私は何が得意なんだろう?
性格診断が割と好きな私はワクワクを感じずにはいられないワードだ。
……って!
お腹いっぱいになって脳が鈍っているなぁ。
さっき、私の力は【光】と派手に判明したところだ。
「あの、私の光って……何なんですか?」
「あれは魔法さ。光属性のね」
属性魔法!
カッコいい響きだ。しかも、光は意外にレアなのでは……?
「光は原初の属性で、すべての魔法は光から始まったと言われている。……とは言うものの、あまり詳しいことはわかってないんだ。あらゆる属性を極めた一部の到達者が使用することが出来るって感じ。ま、もちろん例外はあるけどね」
げ、原初の魔法……。
そうか、そんな大層なモノなのんだ。
そりゃ、王も王妃も兵士の皆さんも驚いて、ドルミーが私を選んだことに納得するワケだ。
「真夜さま、実は私も光属性を扱えるのです。まだ、ほんのわずかな光ですけど……」
急にレア感が薄れた!
いや、姫が光を纏える剣を持っていた訳だから、当然なんだ。
王族なら特別な力に目覚めても不思議じゃないし。
にしても、これで姫がお転婆な理由もハッキリしたわ。
『一部の者にしか使えない原初の光に目覚めたお姫様』なんて状況、私でも魔物を狩りに行きたくなってしまう。
姫様まだ若そうだし、体が勝手に敵を求めて動いちゃったんだろうね。
魔物どころか、魔王とか魔神を狩る気持ちだったのかもしれない。
いるかは知らないけど。
「私、真夜さまが光を纏う姿に感動いたしました。そして、未熟な力に酔っていた自分が恥ずかしくなりました……。これからは、あなたの様になる為、一から鍛えなおします……」
姫様が私に酔っている。
まあ、『一部の者にしか使えない原初の光を使いこなす神に選ばれし異世界の美少女』だからね、私は。
……むず痒い。
他の事を聞いてみよう。
「そういえば、リアスさんが魔力には目覚めさせる手順があると言ってましたけど、私はどうして使えるようになったんですかね?」
「真夜の場合は、魔力に反応する魔宝石に導かれた形だね。他にも魔法を食らったり、感情が爆発したり、命が危機に陥ったり……。それでもダメなら、持ってる魔力自体が少ないから、修行したりね。真夜は運が良いね」
ヴァネッサは鍋に残ったスープをおたまで掬って飲みながら、恐ろしいことを言う。
いやー、助けられた。私の魔力にね……。
また話題を変えよう。
「これから一週間、何をして過ごせば……」
「明日から姫と一緒に基礎訓練を始めるよ」
「えっ、基礎訓練?」
「そう! 加護の力だけでこの先やっていくより、真夜自身も強くなった方がいいと思わないかい? そんな血反吐を吐くほど厳しいもんじゃないからやってみよう、ね?」
騎士の訓練……現代でいうところの軍隊の訓練……嫌だ……。
「あ! それに真夜に合う武器も探さないとねぇ~。何が似合うかなぁ? 私と一緒の斧とか……」
「やります! 訓練します。お手柔らかにお願いします……」
冷静に考えれば答えは出ていたはずだ。
この世界で魔物と戦う、ならば武器がいる。
訓練は嫌だけど、それ無しに武器を扱える気がしない。
ここは耐える時なのだ……。
……武器はやっぱり剣がいいな。
「うん! いい返事だ! じゃあ明日朝九時からね。本当は早起きするんだけど、姫は朝が弱い上、ご飯を食べないと動かないし」
「姫として当然ですよね、真夜さま?」
「えっ……まぁ、姫らしい振る舞いですね」
「うふふっ、わかってらっしゃる。流石、神に選ばれし者!」
わからんところで評価が上がった。
まあ、良し!
「真夜さんの訓練に私も混ぜてください!」
声を上げたのはドルミー。
すでに眠たそうだが、その目はふざけている訳ではなさそうだ。
それはヴァネッサにも伝わっている。
「女神様もどうぞ。さて、明日に備えて食事会はお開きにしますか。たくさん作った料理も全部食べてくれて、作った甲斐があるってもんよ!」
「そうですね。私も久々にやる気のある訓練になりそうです。しっかり寝ませんと」
それからあっという間に食器を台車に乗せると、ヴァネッサとヒロウ姫はドアの前まで移動した。
「あれ、姫様は真夜と一緒に寝ると思っていましたが?」
「いえいえ、お二人には積もる話もあるでしょう。お邪魔してはいけません」
「へー、そうですか。じゃあ、真夜と女神様おやすみなさい。ご飯の時間になったら誰か起こしに来ると思うから」
「おやすみなさい真夜さま、ドルミー様。明日から一緒にがんばりましょう」
私とドルミーも挨拶を返し、扉はパタンと閉められた。
すると、先ほどまでの喧騒が嘘の様に、広い部屋は静まり返った。
静寂に耐えきれず、先に口を開いたのは私。
「……二人ともやると決めたらすぐね。さっさと帰っちゃった」
「寂しいですか?」
「いや、ドルミーがいるし、それになんだか眠くなってきた」
「では……寝ましょうか」
「うん」
私は今着ている服を脱ぎ、部屋にあったハンガーにつるし、【次元収納】からパジャマを取り出し、着用する。
もちろん、このパジャマはこの世界に来た時に着ていたものだ。
ドルミーも寝るのに邪魔になる装飾品を取り外し、一緒にベッドに寝転んだ。
「広いですね」
「うん、こんなベッドで寝る日が来るとは思わなかった。お姫様になった気分」
「それは良かったです」
「……今日はありがとう。さっきも言ったけど、もう一回」
「いえいえ、そのくらい当然です」
「明日の訓練大丈夫? 体の調子はまだ戻ってないみたいだけど」
「頑張ります。その為にも、今日はもう寝ましょう」
「そうね。おやすみ、ドルミー」
「おやすみなさい、真夜……」
最後の「さん」は聞き取れなかった。
ドルミーはものの数秒で寝息を立て始める。限界だったみたい。
そういう私も限界……。
まあ、でも今日は上手くいったから、気持ちよく眠れそうね……。




