02話 深い森の中で
鳥のさえずりが聞こえる。それもやけに大きく。
まるで外にいるみたいに……。
「……ん」
私は再び目を覚ました時、森の中にいた。
見慣れた家具や壁も天井もない。
一緒に満月に吸い込まれたはずの布団一式もない。
赤い光が射している。
朝焼けなのか、夕焼けなのかもわからない。
「え? あー、あれ?」
えっと、私は早朝に眠りについてそれで……そうだ、夢を見てた。
綺麗な金髪の女の子の。
その夢で私は月に吸い込まれて……。
うーん、わからない。夢の中の夢かな?
「とりあえず、起きるか……」
独り言を言うと、無言の時より集中力が高まると聞いたことがある。
私はむくりと上体を起こす。体の調子は良いみたい。
「あれ? これは……布? マント?」
私はマントの様なものを羽織っていた。
赤黒い生地に金色の糸で刺繍が入れてあり、フードもついている。
着た覚えはない。誰かが着せたのだとすると、よくわからない夢だ。
身に付けている衣服は寝ていた時のままだ。
少し子供っぽいパジャマ。お気に入りだからしょうがない。
それに下着も……まあ、上が無事なんだから当然ある。
確認を終え、自分の体から目をはなし、辺りを見回してみる。
「うーん、深い森の中って感じか……。木しか見えない……」
見渡す限りの木、木、木。
夢にしては地味で面白味がない。
ま、私は眠りが深いのか、普段あまり夢を見ないけど。
「んー。寝れば醒めるかな」
小さい頃、夢と認識した夢の中で眠ることで、夢から抜け出したことがあった。
今回もそれでいけるでしょう。
「さっ! 寝よ!」
明日も学校。最近、遅刻が増えてるからなぁ……。
私はごろんと地面に寝転がり、目を瞑る。
すると、不思議な事が起こった。
羽織っていた見知らぬマントが、寝袋の様に私の体をくるんだのだ!
なんだこれ……これなら布団のままでよくない?
でも、寝心地はかなり良い。
本当によくわからない夢。
グルルゥ……
遠くから獣のうなり声が聞こえてきた。
ま、夢だし何の問題もない。寝よう。
グルルルルゥ……オォォォ……
獣は私にドンドン迫ってきているみたい。
これは犬……狼っぽいかな?
遠吠えも聞こえる。
しかし、このマントかなり薄くて軽いのに全然風を通さないし、温かいなぁ……。
私がうとうとし始めた時、マントの上から妙な感触を感じた。
夢の中なのに妙にリアルな感覚だ。その感覚はどんどん増えていく。
「んんっ……もう」
渋々目を開ける。
そこには灰色の狼の様な生き物が四、五匹いた。
紅く輝くその瞳は、どうやら私を映しているみたい。
「……ぎゃああああああ!!」
叫び声をあげると同時に、狼は前足の爪で私の顔をひっかこうと振り下ろす。
たっ、食べっ……られ……ない?
狼の爪は、私の目の前で見えない壁に阻まれたかのように静止していた。
その後も何度か私の顔を引き裂こうとするも、それが叶うことはない。
い、いったい……どういうことかな……?
他の狼も柔らかなマントを引き裂き、私の身体を貪ろうとしているようだが、まずマントに傷一つ付けられていない。
このマントなんなの……?
狼たちは数十分粘っていたが、そのうち諦め去っていった。
「はぁ……何なの、この夢は」
体には緊張で汗が噴き出していた。
夢とは思えない不快感、緊張感。
急になんか怖くなってきた私は、寝袋状のマントの顔が出ている部分を閉じる。
いったい、これは夢なのかな。
それとも……て、今どうやって顔の部分を閉じた?
「いやああああああああああーーーーーーっ!!」
突如、森に絶叫が響いた。
「こ、こんどは何……」
私は一層身を固くする。
かなり甲高い声。おそらく女、それも若い。
距離も私から近いようだ。
「ど、どうしよう……。助けに行くべきかな……。でも夢みたいだし、いやでも……」
私は今の状況が夢だとは、だんだん思えなくなっている。
あまりにもリアルすぎる感覚。絶叫。月。金髪の女の子……。
「あっ!」
さっきの絶叫、かなりひいき目で見れば、月の下で出会った女の子の声に似ているような気が……しなくもない。
いや、きっとそうだ。助けないと……そんな気がする。
私は意を決し、マントを翻して立ち上がった。
このマントには不思議な力がある。
さっき私を守ったバリアの様な力があれば、とりあえず何とかなるはずだ。
「やるぞ……待ってて」
絶叫はうっとおしいほど連続で響いており、位置の把握は楽だ。
私は声の発生源に向けて駆け出した。
○ ○ ○
「いやああああああああああーーーーーーっ!!」
居た。
木の下にへたり込んでいる女の子が。
その髪は金髪。夢で見た子で間違いない。
彼女の周りには、現実では見たことがない奇妙な小人が二体。
紫の肌に尖った鼻と耳、鋭い目が特徴的だ。
彼らも彼女の絶叫に困惑した動きをしてる……。
といっても、彼女を絶叫させているのも奴らだ。
何とか追い払わないと。
マントは敵の攻撃を通さないみたいだけど、逆にこっちも攻撃の手段を持ち合わせていない。
しかし、このまま彼女を泣き喚かせておくわけにはいかない。
ないないづくしだけど、何とかするしかない。
「うわああああーーっ!」
私も叫び声をあげ、奇妙な生物にキックを仕掛ける。
慣れてないけど、体格では勝ってるから大丈夫なはず!
「グギャアア!」
思った通り、そいつは私の蹴りを受け吹っ飛んだ。
そのまま運悪く木の幹に頭をぶつけ、気絶してしまったようだ。
もう一体は突然現れた奇妙な人間に驚いていたようだが、すぐに手に持っていた木の棒で殴りかかる。
しかし、私の……かどうかわからないマントはその衝撃すら通さない。
原理はよくわからないけど、今はとっても助かる!
私はもう一体にもキックを仕掛ける。
パンチとかキックはマントから体が出てしまうから少し不安だ。
さっきマントから出ている顔が守られていた気がするけど、まだ全てを知ったわけじゃないからね。
そんな事を考えながら放った蹴りは、対象にひょいと避けられてしまった。
さっきのは不意打ちだからうまくいっただけか……。
さてどうするかと私が思案していた時、金髪の少女が叫んだ。
「これ! これを使ってください!」
彼女は自らの服の胸辺りに取りつけてあった宝石のあしらわれたエムブレムを取り外す。
すると、そのエムブレムが光に包まれ、次の瞬間には大きな杖になった。
なんか魔法少女みたいでかっこいい……。
のんきなことを考えてる私に向けて、彼女は出現した杖を投げる。
「おっとっと……」
私はその杖を何とか受け取った。
いろいろな種類の宝石が綺麗に取り付けられた金属製の杖だ。
見た目はかなりごてごてしているのに非常に軽い。
さっき魔法少女みたいだと思ったけど、このデザインと大きさは大魔導師という言葉がふさわしいかも。
「来ますよ!」
なかなかお目にかかれない代物に目を奪われていた私は、女の子の言葉で我に返る。
目の前には棍棒を振り上げた奇妙な生き物が迫っていた。
「大丈夫」
これだけ軽くて頑丈そうな金属製の棒があれば、こいつらぐらい問題ない。
そんなに軽快に動くわけでもないしね。
私は振り下ろされた棍棒を杖で弾き飛ばした。
「グウェ!?」
飛ばされた武器を目で追いながら困惑している敵に、私はフルスイングを叩き込む。
「グゲゲゲゲェーー!!」
腹に杖をもろに食らった敵は、通常では考えられない勢いで森の奥へと吹っ飛んでいった。
「うわー、すごい威力……」
見た目からは想像できないとよく言われるけど、運動神経と腕っぷしはそれなりに自信がある。
それにしても異常な飛距離が出てそうだ。
「真夜さん!」
「うわわっ!」
私の名を呼びながら抱きついてきたのは金髪の少女。
どうして私の名前を知ってるんだろう。
「あぁ……真夜さん! ありがとうございます! このまま死んでしまうのかと怖くて怖くて……」
少女は両手に目を当てシクシクと泣き始めた。
私は慌ててマントの中に彼女を入れ、抱きしめてあげる。
どっちかというと、泣くべきは私の方な気がするけど……。
「あの~。あなたは……」
「ぐすっ……。あっ、はい……。私はドルミー、これでも夢の女神なんです」
少し目が赤くなっていたけど、彼女は笑顔でそう言った。
「ゆ、夢の女神ねぇ……」
今日はちょっとまずいかな。
流石に毎日夜更かしして、怖い話を呼んで、リラックス出来ないまま睡眠。
こんな事を続けてるから夢の中で夢を見たり、女神なんかが出て来るのよ。
睡眠って大事。
「あ……。その顔は信じてませんね……。ひどい……」
あ、また涙目になってる。泣き顔も結構かわいい。
でも笑顔の方が好きだからのってあげよう。
「信じてますよ女神様。で、ここはどこですか?」
「あ、その話は私の隠れ家で。もうすぐ夜です。急いで向かいましょう」
先ほどの涙声からは想像できないほどテキパキ話された。
確かにもう辺りは薄暗くなりかけている。
「こっちです!」
金髪の少女……ドルミーだっけ。
彼女は木々の間を駆け出し始めた。
「さ、急ぎましょう!」
彼女はトテトテと森の中を駆けていく。
走り方もなんか不安定というか、面白い……そんなこと思っちゃダメか。
私は彼女の後ろを大人しくついて行った。