18話 冷氷の王妃
「女神ドルミーとその使徒である真夜殿をお連れしました。謁見の準備はどうなりましたか?」
「はっ! 先ほど完了いたしました。ヒルデルス国王陛下及び、ロウニス王妃陛下が今か今かとお客様をお待ちです」
「わかりました」
リアスさんが、豪華な扉の両脇に立つ人に話しかけている。
全身を覆う金属製の鎧と手に持たれた槍から、この奥に不審な者を立ち入らせないようにする見張りの兵士だと想像できる。
リアスさんとヴァネッサは軽装だったけど、他の兵士の人は違うみたいだ。
「女神殿と真夜殿も準備はよろしいでしょうか?」
「私はオーケーです! ねー、真夜さん?」
「あ……」
正直、ここに来て一番緊張している。
さっきからすれ違ったメイドの人は、私を奇異の目で見ていた。
今、目の前にいる警備の騎士さんは、私を疑いの目で見ている。
自らが仕える姫様が連れてきた伝説上の存在――神とその使徒がまだ年端もいかない女だと知れば、だいたいの人が同じ反応をするだろう。
それはわかっている。わかっていたはずなんだけど……
ここに私を連れてきてくれた二人の騎士が優しすぎて、その差に戸惑っている……のかな。
「……真夜さん」
「はっ……うん、大丈夫……」
完全に意識が遠のいていた私を、ドルミーの声が引き戻す。
「全然大丈夫そうじゃありません……」
彼女の表情は複雑だ。
励ますために笑顔を作りたいけど、この状況を招いたのは転移を行った自分だから、どうしたらいいのかわからない……ってところかな。
出会った時から私には低姿勢で、従順で、不満なんて何も言ってこなかった。
それは彼女なりの後ろめたさ……申し訳ないという感情の表れだったのだろう。
でも、私はドルミーと対等でありたい。
「親しい仲にも礼儀あり」と言うけど、今の彼女は気を遣い過ぎだ。
それに、私のことを何でもできて頼れるすごい人みたいに思っている。
私が本当は甘えたがりってところも、もう少ししたら話せるかな。
……でも、今はまだ頼れる真夜さんで行きますか。
「ドルミー、私不安だから、手を握っていてほしいの」
「……はい! わかりました」
私の手をドルミーがギュッと握る。その手は少し湿っていた。
不安なのは一緒か。
「リアスさん、私たち……いけます」
王様に何言われるかとかは重要じゃない。
ただ、ここまで良くしてくれたリアスさんやヴァネッサに、恥をかかせるわけにはいかない。
いっそ私を連れてきたことが、功績になるぐらいの意気込みで……プレッシャーになりそうだから、これ以上考えるのはよそう。
「……扉を開いてください」
リアスさんが警備の騎士に声をかけると、すぐさま扉は開かれた。
私はドルミーに手を引かれ、謁見の間に入る。
一番に気になったのは、自分たちの両脇に立ち並ぶ多くの騎士や兵士たちだった。
正確な数はわからないけど、移動の休憩時に見たヒロウ近衛騎士団の人数よりは多い。
国王を守るために選び抜かれた精鋭達なんだろう。その出で立ちや視線、どれも鋭く隙がない。
そりゃ王様と部外者が会うとなれば、このくらいの護衛は普通なのだろうけど、 こんなに多いとは思わなかった。
手を繋いでるのがちょっと恥ずかしい……。
それとなく繋がれた手の力を抜いて、離してほしいという意思を伝えようとしたが、より強く握り返されてしまった。
私は諦めて前を見る。
高価そうな長い赤絨毯の道の先に、大きな椅子……玉座が二つあった。
一つには男性が座っている。
まず間違いなくヒルデルス国王だろう。
フサフサの茶ヒゲに煌びやかな衣装、宝石があしらわれた装飾品。わかりやすく王様だ。
少し小太りで、その表情は……真顔だ。
そしてもう一つには女性。
こちらは王妃ロウニスと考えるのが自然。
薄水色のドレスを着こみ、ドルミーの持つものより長く、その分装飾が控えめな杖を持っている。
彼女の目つきは鋭い。それになんだか居心地が悪そうだ。
下々の者に会うために呼びされたのが不満なのかな……。
「真夜さま~! ドルミーさま~!」
……玉座の近くにもう一人、昨日会ったヒロウ姫だ。こちらに大手を振っている。
そして、一緒に城まで移動した近衛騎士団の面々もいた。
彼らもまた他の騎士と同じように真剣な表情で立ち尽くしている。
「国王王妃両陛下、ヒロウ王女の命により、女神ドルミー並びにその使徒、真夜をお連れいたしました」
リアスさんが膝をつき、二人に私たちを紹介する。
その声は謁見の間の隅々にまで響き渡った。
「……う、うむ、ご苦労だった」
ヒルデルス国王が歯切れの悪い返事をする。
それに対してリアスさんは一礼すると、私たちの一歩後ろに下がった。
「御二方もよく来てくださった。そして、我が娘を救っていただいたこと、心より感謝いたしますぞ」
……王様の割にはやけに低姿勢だ。
姫を救ったからか、それとも何か裏があるのか。
「それでどちらがぁ……神……なのでしょうか?」
早くも理由がわかった。
そうか、それはそうだ。目の前に神がいるとなれば、姿勢も低くなろう。
むしろ私、今まで気軽に接し過ぎ?
「私だ。私が夢の女神――ドルミーだ」
やけに声を低くしたドルミーが一歩前へ出た。
普段のですます口調も失われている。
「ほ、ほう。そなたが神……であるか」
国王は返し方を慎重に考えているようだ。
「そうだ。して、ここへ私たちを招いた理由を話してもらいたい。よもや、感謝を述べるためだけとは言うまい」
ドルミーの神らしいと言えばいいのか……とにかく威厳のある話し方は素直にカッコいい。
そして、まだ手を強く握っていてくれる。おかげで少しずつ緊張もほぐれてきた。
「むう、それはだな……」
「お待ちください、あなた」
国王が少し深刻な顔をしながら口を開こうとしたところを、隣に座っているロウニス王妃が遮った。
「女神ドルミーよ、僭越ながらあなたが神であるという確固たる証拠が欲しいのです。なんでもよいのです、とにかく私たちを納得させられるものならば」
疑っていることを隠そうともしない口調。この王妃様……相当できると見た。
ドルミーはどう返すのか……。
「……いいだろう。私の力……それはっ!」
彼女は振り返り、大きな目を見開いて私を見た。
城への移動前、みんなで仕込んだアレを催促している。
私は頭の中でマントに命令を下した。
「このマントと使徒である真夜である!!!」
ドルミーの叫びと同時に、マントの【次元収納】を発動させる。
すると、謁見の間がにわかにざわつき始めた。
取り出している物は、ヴァネッサが訓練に使うらしい巨大な棍棒……メイスって奴かな。
彼女の身長ぐらいある巨大な金属製の棒の先端部分に、大きく膨らんだ箇所がある物だ。
どうせ【次元収納】を試すなら、大きい方がインパクトがあるという意見を採用したけど、そのせいで私自身が持ち上げられないほど重いものを取り出す事になってしまった。
なので、マントからその姿を完全に表したメイスは、そのまま大きな音を立てて床に落ちた。
私としては、こんな重いものを軽々振り回すヴァネッサの方が、マントより驚異的だと思うのだけど……。
「これがマントにかけられた神の加護【次元収納】です。無論、これも数ある加護の一つでしかない」
ドルミーの芝居がかった言葉は、周りの兵士たちの動揺を加速させるには十分だった。
謁見の間が更にざわつく。
「……神よ。よろしければ、もう一つ……そのお力を私たちに示していただけないでしょうか」
ロウニス王妃は用心深い性格の様だ。
表情からは動揺が読み取れない。
「いいでしょう。もっとも分かり易い力……それは【防御障壁】と名付けた身を守る魔法だ。これはどんな攻撃や魔法も通しはしない!」
身を守る魔法なのは確かだけど、無敵かどうかは未検証……。
「そうですか。ではその力、こちらで試させていただきます」
「へ?」
王妃の発言が予想外だったのか、ドルミーが間抜けな声を出す。
同時に王妃も玉座から杖を支えに立ち上がる。
「神の力が宿っているというのならば……私のこの一撃、受け止めていただきましょう」
「なにっ!? やめろロウニス!」
「あなたは黙っていて。どちらにせよ、神を装った不届きものならば、死ぬ事になるのですから……」
国王があからさまに焦っている。
これはまず間違いなく攻撃……それも重いものがくる!?
王妃は国王の静止を振り切り、杖を一度床にコンッとついた。
すると、杖の先端にある大きな青い宝石が外れ、それに連なるチェーンが中から姿を現す。
あれは杖じゃなくてフレイルだったのか。
しかし、あの程度の武器で啖呵を切ったとは思えない。絶対に何かある。
「ドルミー、私の傍に……」
「は、はい真夜さん」
普段の口調に戻ったドルミーを抱き寄せ、マントでお互いをくるむ。
さて、どうくる。
「氷塊よ……」
ぞっとするほど冷たい詠唱と共に、フレイルが振り上げられる。
同時に、先端の宝石部分がどんどん氷に覆われ、一瞬で私たちの何倍もの大きさの氷塊へと成長した。
こ、これ受け止めきれるかな……?
「潰せ」
王妃の一言で、氷塊が落下を始める。
避けては意味はないし、弾き飛ばしても周りの罪無き兵士さん達に迷惑をかけるだけだろう。
ならば……。
「ドルミー私の後ろに回って。あれを受け止める」
「了解です!」
ドルミーの移動を確認後、私はあえて自分の位置を氷塊の中心に調整し、マントに覆われた両手を広げる。
あの王妃に不信感を抱かれたままでは、この城に留まりにくい。
ここは真っ向勝負が最善だと……思うけど、想像以上に氷塊がデカくて怖い!
でも、やる。
私は体全体で氷塊を受け止めた。
重さも衝撃も無い。この攻撃はマントの【防御障壁】で受けられる範囲だったようだ。
「……ほう」
ロウニス王妃が感嘆の声を上げる。
周りの騎士たちのざわつきも、さらに大きくなっていた。
こんなに簡単に受け止めては、逆に機嫌を損ねそうな気がしてたけど一安心。
「ふんっ!!」
王妃は再び氷塊を宙高く振り上げる。
えっ、まだ諦めていないの!?
「……無礼をお許しください、神よ」
その言葉と共に、氷塊が粉々に砕け、粉雪の様に辺りに降り注いだかと思うと、蒸発して消えた。
「その力が本物である事に疑いの余地はありません。しかし、操作は使徒の者が行っているようですね。神の伝承は知っていますが、ぜひ神本人に事情をお聞かせ願いたい。特に、何故その者を使徒に選んだのかという部分を」
むぅ、確かにマントの力だけなら、私である必要がないと判断するのは妥当だ。
それに関してドルミーは……あー、ここでそれ言ったらまた氷塊を振り下ろされかねないかも……。
「ふふっ、それならばいくらでも聞かせてあげましょう」
ドルミーは得意げだ。
これは私の良いところをひたすら話すつもりだろう。
ここで述べるべき選んだ理由というには、弱い。納得させられてしまった私がいう事じゃないけど……。
「ね、ドルミーちょっと……」
「お母様! 真夜さまを選ばれた理由を……ドルミーさまにわざわざ語っていただく必要はありません!」
私がドルミーを制止しようとしたその時、ヒロウ姫様が大きな声を上げた。
あんまり急だから体がビクッと震える。
「なぜならば……私はもう知っているからです! その理由を!」
そういえば、私がクマのような魔物と戦っている時、小屋の中で何やら吹き込んでいたなぁ。
何を話し出すのだろう……怖い……。
と、勝手に怖がっていると、姫様が私にテクテクと近づきてきた。
そして、腰に下げられた剣を私に差し出す。
「どうぞ。お使いください」
その剣は、私がクマに突き立てた姫様の剣だ。
刃の部分が、ラメ加工の様な独特の輝きを見せるのを覚えている。
……で、どう使うのだろう。
「剣を鞘から引き抜き、力を込めてください。あの時の様に」
姫様の目は期待に満ち溢れている。
あの時、つまり魔物との戦いの時。最後の最期で剣は光を放っていた。それを見せてほしいという事ね。
でも、意図的に出したわけじゃないし……。
ええい、物は試しよ!
私は剣を引き抜き、グッと柄を握り、ありったけの力を込めた!
その瞬間、剣がまばゆい光を放ち、私の視界は真っ白になった。




