01話 満月の転移
「あぁ……。なんでいつも寝る前に読んじゃうんだろう……」
真っ暗な部屋の中で私――根田麻真夜は呟く。
手に握られた携帯端末の画面に移るのは、ネット上のホラー・オカルト話をまとめたサイト『フィアミス』。
このサイトは更新頻度も高く、読みやすいレイアウトで内容もそこそこ良い。私のお気に入りだ。
別にこのサイトを見ること自体はいい。
問題はいっつも寝る前に読んじゃう事。
怖くて眠れなくなるのに、どうしても誘惑に負けてしまう。
自分が怖がりだという事は重々理解している。
だからこそ気になるというか……のめりこめるから楽しいというか……。
怖さを紛らわす為、初めのうちは照明とテレビをつけて寝ていたけど、電気代が恐ろしいことになってやむなく断念。
一人暮らしの高校生であの電気代はヤバい。
携帯端末で音楽を聴いてみたりしたけど、イヤホンをしてると周りの音が聞こえにくくなって逆に怖い。
イヤホン無しだと周りの音も聞こえるけど、音楽がナニかを呼び寄せてしまいそうでこれもやめた。
夜、口笛を吹くとオバケを引き寄せると、母から聞かされていたせいでこんなことを考えるのかもしれない。
結果、学習能力のない臆病者は布団の中で丸まって震えているというワケ。
「うぅ……しかたない……。今日は! テレビをつけて寝よう……」
昨日もそうした気がするけど、眠れないものはしょうがない。
私はごそごそと布団の中を漁り、見つけたリモコンをテレビに向け、電源ボタンを押す。
その瞬間、ぱっと部屋の中が明るくなり、通販番組に出演しているタレントの声が聞こえてきた。
これ、これが欲しかった……。
いつもはすぐにチャンネルを変えてしまう通販番組も、深夜に見るとなぜかおもしろかったり、商品が欲しくなってしまう。
今日は掃除機。
最新式はスリムなのに吸引力が段違い、そのうえ音は静か。
実家にあったのはうるさいし、重いし、吸引力もそれほど……。
ここで、私は寝ているときは死角になる部分をチラリと見やる。
怖い。
テレビをつけたせいで、その部分の闇は深くなったように思える。
何かが潜んでいて、私が眠った途端襲ってきたら……。
体から汗がじんわりと滲み出すのがわかる。
こんな時、いつも『自分が何か強大な力に守られていたらな』とか思ってしまう。
誰にだってあるはず。
寝込みを襲われた事件の概要を読んだ時とか、布団の中で金縛りにあって女に首を絞められる話を読んだ時とか。
何かがいつも自分を守ってくれたら、しかも撃退もしてくれたら、恐怖に支配されることはないのに……。
そんなどうでもいい事を本気で願っていると、だんだんと眠気がやってきた。
人間、どんな感情でも長続きしないもの。
それは恐怖も同じみたい……。
テレビの番組は早朝のニュースへ切り替わっていた。
あるテレビ局の一番早い時間のニュース。
これを見るとここまで起きてしまったかと思う反面、やっと朝かと思い安心する。
ザザッ……ザッ……ザザザザザ……
突然、テレビの画面が乱れノイズが走る。
私はあまりの恐怖に身を固くした。
放送事故……そうであってほしい。
そういえば、過去に個人が電波ジャックを行ったと言われる事件もあったはず……。
それはそれで怖い!
でも画面から視線が逸らせない。
ノイズも収まる気配がない。
次第にノイズの中に人影の様なものが見え始める。
その人影はこちらに白い手を伸ばし、画面から出ようとしたその時、私は恐怖で気を失った。
○ ○ ○
目を覚ました時、私は空中に浮かんでいた。
正確には、布団にくるまったまま浮かんでいる。
「あれ、え?」
声は出た。しかし、力が抜けて体が動かない。
これは、幽体離脱!?
いや違う。
視界の範囲の体は透けているように見えないし、布団も浮かんでいる。
幽体離脱なら布団にも魂があり、それが抜け出ている事になるし……。
いや、付喪神という可能性もあるか。
ていうか、私どんどん天井に近づいてない?
ぶ、ぶつかる!?
「あ! ぎゃ!」
私は思わずギュッと目を瞑る。
が、衝撃はなかった。
ゆっくりと目を開けると、私と布団は住んでいたマンションをすり抜け、夜空に放り出されていた。
「あー、これは夢ね。月が大きすぎるし。てか、飛んでる方に驚くべきかな……」
夜空にはいつもよりキラキラと星が瞬き、黄金に輝く月は恐ろしく大きい。
「んー?」
私は月の中に人を見つけた。
星の輝きに負けぬほど輝く長い金髪が、夜風でゆらゆらと揺れている。
何よりその顔立ちが美しい……。
女の私でもドキッとしてしまうほど整ったパーツ。
体つきは……うーん、衣装が派手でわからない……。
どうやら私は、彼女に引き寄せられているらしい。
どんどんその存在が大きくなっていく。
数秒後には、彼女が目の前に迫ってきていた。
「私は夢のめが……あっ」
あの子「あっ」って言ったよね?
今、私の体と布団は彼女の前で停止すると思いきや、どんどん加速し、月に向かっている。
おそらくその事が金髪の子にとって想定外なのだろう。
必死で追ってきてるし。あぁ、せっかく綺麗な顔が……。
「わたっ! 私は……ゲホッ! ゴホッ!」
金髪の子は飛行するのにも体力を使うのか、大きくせき込んだ。
しかし、この期に及んで自己紹介しようとするとは。
ふふっ、天然みたい……。
そのまま私は月の中に吸い込まれていった。