第一話 同体歯車
主人の名誉と安全を守るために手を血で染めるアンドロイド、アイフル。人間に対する渇望を満たすために人間を殺す天涯孤独の機械人形、ジャック。黒い少女、千鶴の奇妙な巡り会いによって二つの生き人形は出会った。
千鶴の血を飲めば、人間になれる...。
かすかな希望を抱くニ体。だが、千鶴には呪われた宿命と運命があった...。
昔から。なんてドラマチックな言葉など、その女には似合わない。
いつの頃からか、その女の伝説は語り継がれてきた。
その女の血を一滴残らず、飲み干したものはどんな願いでも一つだけ叶うという。
不老不死でも、天才的な頭脳もお手のもの。天下統一だって実現できる。正に夢の妙薬!
だが成功したものは一人もいない。血生臭く夢のような話だけが独り歩きして人々の弱き心を惑わせ、叶わぬ欲を掻き立てる。
女の正体は誰も知らない。
神の使いとも、妖怪とも噂される。
けれども、一つだけはっきりしていることがある。
その女の名前は...。
『それでは、日本ロボット工学賞を芥田高文氏に授与されます』
大勢の審査官や記者たちに見守られ、黒スーツを纏った、やや小柄で小太りの男が工学長からトロフィーと賞状が手渡された。
鳴り止まない拍手に応えるかのように、芥田は賞品を片手に取材陣に手を振りかえした。
その隣で芥田の作品、超高性能女型人造人間、アイフルが補佐をしている...。
ジジジ...ジジ...
薄暗い個室。
部屋の隅に置かれた黒い光沢を讃えたブラウン管TVが、授賞式の様子を実況していた。
余程使い古したのだろう。画面は所々、砂嵐に巻き込まれて途切れてしまっている。砂嵐が治まると、今度はどんよりとした虹がかかる。
部屋は辺り一面、大型の物体で覆われていた。よく目を凝らしてみよう。ああ、人形だ。生半可なものではない。五体満足なものもあれば、手足が欠けているもの、挙げ句の果てには頭の製作段階で匙を投げだされているものもある。そんな顔形も姿も完成度も違う彼らには、ある共通点があった。
皆、美少年なのだ。
百を雄に越える瑞々しい男達にぐるりと囲まれるようにして、テレビの前で何かがぶら下がっている。
それは、天井の榛はりから吊るされた太い縄で首を括った男。
ストレスが貯まっていたのだろうか?疲労しきっていたのか?男の肢体は極限まで痩せ細り、頬も骨が見えるほど痩けてしまっている。死体は弁舌なキャスターが芥田のことを語る度に、ぐらり、ぐらりと揺れている。
ガチャン!
その時、けたたましい音が辺りに響き渡った。
申し遅れていたが、先程の人形達の中に一際異様な雰囲気を漂わせている一体がある。
樫の木でこしらえた椅子に腰かけられた、金色の癖毛が生えた少年の人形である。花の彫刻が施された和風の椅子に我が物顔で座るその様は、周りの凡庸な好敵手に自分の高い立ち位置を見せつけている。
それが、糸の切れたように埃の被った床に身を落としたのである。まるで、自分の意思で上層の証である椅子から転げ落ちるように。
ブツン!
途切れ途切れでありながらも、沈黙を破る唯一の機械が音を立てて光を閉ざしてしまった。
テレビが消えたことで、部屋は完全に無音の闇に包まれた。
カチャリ
金髪の人形の人差し指が、僅かに震えた気がした。
「芥田先生、昨日はお疲れさまでした」
クリーム色の回転式ルームチェアに腰掛けた芥田に背後から声を掛けた者がいた。
癖のあるストロベリーブロンドのボブカット、つるんとした卵形の顔。少し太めの眉、ピンク色のつぶらな瞳は星のように輝き、桜のような唇が色づいている。引き締まった体はかっちりとした黒い服で覆われていた。
芥田の長年の経験と頭脳、体力を費やして造り上げた最高傑作、アイフルであった。
「...先生?」
芥田から反応がないので、アイフルは首をかしげた。しかし、それ以上は干渉しない。
人造人間は主人の気分を損ねてはいけない。主人が興味を示さなければ、その時が来るまで待たなければならないのだ。
そして、芥田はその時が来るのが人一倍遅いのもアイフルはうんざりするほど電子頭脳に脳内記録されていた。
だが今回はめでたいのだ。これくらいの我が儘は許されるだろう。きっと。
アイフルは芥田にゆっくりと歩み寄った。
「先生、何をしていらっしゃいますか?」
椅子の背もたれにすらりとした手が掛かる。
「...」
神妙な面持ちで、芥田は最新の超大型テレビの画面を見つめている。
赤い縁取りの眼鏡を掛けた女性ニュースキャスターが少し早口で事実を読み上げている。
「...速報です。今日未明、T県にお住まいの男性が何者かに殺害されました。警察によると男性はバイトの帰り道に襲われたとのことです。脇腹を斬りつけた後、五本の指で胸を突くという残忍な手口です。現場には犯人の物と思われる手形が残されていましたが、指紋の検出はできませんでした。警察は今後も...」
プツン!
芥田は途中でリモコンをテレビに向けた。
「あっ...」
アイフルは頓狂な声を上げてしまった。
「アイフル」
そこで、芥田はやっとアイフルを呼んだ。
「はい」
反射的に姿勢を正した。
「どうやら、恐れていた事態が起こってしまったようだ」
「それは...」
「さっきのニュース、あれの真相を私の部下が電話で教えてくれたのだが」
芥田は職業柄、人脈に富んでいるため、様々な情報が入り乱れる。
当然、嫌な話も舞い込んでくるものだ。
「テレビでは放送できない事実だ。...被害者は五本の指で突かれただけでなく、全身の血液を体外に出されていたそうだ。突っ込んだ指をそのまま真一文字に振り下げて、裂けた傷口を広げて血を掻き出した」
「...人間が出来ることではありませんね」
「それだけではない。...さっきも言っただろう。指紋が回収出来ていないと。奴らは指で止めを刺したと決めつけているが、実際は細く硬い棒のようなもので一突きだ。その位置がまるで指で刺殺したように見えただけだ」
「犯人は余程恨みがあったのでしょうか?」
「分からん。だが、そのようなやり方で人を殺す方法はひとつだけある。それは...」
「...」
アイフルは緊張の漂う顔つきで聞いていた。
血の気の多い話に恐れおののいたのではない。
犯人が誰なのか、予想がついてしまったからだ。
「...二ノ宮久治郎ですね」
「断定はできないが、調べてみる価値はある」
芥田は頷いた。
「あいつは私の好敵手であり、親友だった。若い頃、大学の工学部でよく夢を語り合ったものだ。だが...」
「...」
「卒業後、二ノ宮は何としても人形に魂を吹き込むと言って姿を消してしまった。以後音信不通。こんな形で消息を知るのは極めて残念だ。恐らく、二ノ宮は財を手にした私を妬んで実験体に私の殺害を命じたのだろう」
そこで、芥田はアイフルに椅子を向けた。
「アイフル、私の安全を守れるのは君しかいない。何としてもそいつの正体を炙り出せ!」
「はい!」
アイフルは声を張り上げた。
「ひ....ひぃぃぃぃー!」
人通りの少ない夕方の道端で、女は金切り声を漏らした。
視線の先には、胸を抉られた彼氏らしい男の骸と...女より頭が一つ分高い、少年が立っていた。
少年の右手は紅く、生臭い肉の混じった血にまみれていた。返り血を浴びて袖も汚れている。なのに...女より幼い筈の少年はそんなことなどどこ吹く風と言った涼しい顔をしている。
この態度が、状況を悪化させていることは言うまでもないだろう。
だが。
「くそっ!よくもやったな!」
これで黙っている女ではない。
素行が悪かったとは言え、自分を思いやってくれた男が殺されたのだ。警察に駆け込めば自分達の悪事もバレる。ならば。
あたしが仇を!
女はポケットからバタフライナイフを取り出した。男がいなくても、自分の身を守れるように男が女にくれたものだ。
機会が無いので今まで使うことはなかったが、まさかこんな所でお披露目するとは夢にも思わなかった。
「お前なんか...死ねぇ!」
彼氏の形見のナイフを振りかざし、少年に襲いかかった。
パキン!
「えっ?」
女は目を疑った。
ナイフは少年の胸を貫くつもりだった。だが丈夫な筈の銀の刃やいばが、少年の胸板に負けて柄から真っ二つに折れてしまった。
カラン。力を無くした刃が足元に転がった。
そして、トンっと抜き身を失った柄が胸にぶつかった。
少年は女の手を優しく包み込むと、ゆっくりと胸から柄を引き離した。
固さに負けて折れたナイフだが、それでも少年の胸に浅く傷をつけていた。だが、本来流れるべき生ぬるい液体が...
出ていない。
そして、彼の手は冷たく、固い。
蝋人形のように。
「い..嫌だ...血...血が」
「ち?へぇ。これって『血』って言うのかい?」
恐怖のあまり、足がすくんで動けなくなった女に少年は無垢な笑顔を向けた。
少年は足元に転がっていたナイフの刃先を踏みつけると、バキッと音を立てて粉々に砕けた。
視界から光が落ちた。
今更ながら、この少年にちょっかいを掛けたことを心底後悔していた。
きっかけはほんの些細なことだった。このド派手なカップルは自分達より年の若い青少年にいちゃもんをつけ、金を巻き上げるのが日課だった。盗ったお金はゲームや洋服などに費やしている。しょうもない連中だ。今回も何時ものように、男が女をチラ見したと言いがかりをつけ、女が罵倒し、二人で半殺しにして金をスリ盗ろうとした。すると突然、少年が右手の指を殴りかかろうとした男の喉笛に突き刺してきた。しかも一本ではない。五本全部だ。その指を使って、呻く男の首をまるで何かを探すかのようにぐるぐると動かす。男が命の保障を懇願しても、少年の右手は止まらない。そして、男の吐息が完全に停止してからやっと、さもつまらなそうに指を抜いて、今に至る。
「ねぇ、教えてくれよ。どこから血が出てくるんだ?」
それは好奇心旺盛な少年を彷彿とさせた。
「し、し、し、知らないよ!と、とっとと消えろ!」
女はガタガタと震えながら、少年に叫んだ。
少年は物怖じせず、ただ首をかしげている。
...狂ってる。
...こ、こいつは人間じゃない!
...頭のネジが根こそぎぶっ飛んでるんだ!
第一、少年の顔はどこか作り物じみている。
そう理解した瞬間、女の足は呪縛が解けたように軽くなった。
逃げるんだ!
力を振り絞って身を翻した時であった。
「待ってくれよ」
少年は女を逃がさなかった。
二の腕を捕まれた女に抗う力は無く、ひたすら翻弄される。
「離せよ!化け物が!」
精一杯抵抗したが、びくともしない。
鉛を相手にしているようだ。
「そうだ。指じゃ駄目なんだ」
少年は何かを閃いたように声を上げた。
言葉が出ない女の前で、少年は右の人指し指を弄る。すると指が筒のように外れ、そこから現れたのは...。
「!」
小型のナイフだった。
キラリ、と刃が街灯の灯りに妖しく煌きらめいた。
「これなら、綺麗に...」
少年は、左手を女の眉間に向けた。
「ここから、流れるのかな」
「やめて!」
女の制止など耳に入らない。少年はゆっくりと左手を振り上げ、そして...。
首を根本まで抉られ、荒らされた男。
その隣に無造作に放られている、顔を深く切り刻まれた女の死体を尻目に、少年は納得のいかなそうな面持ちで、身を翻した。
「全然わかんないぜ」
前に出会った男もそうだった。
父さんの家から出て、何も分からない自分にぶつかった顔の真っ赤な男。
足元がふらふらとしていた。
自分勝手に喚いて、俺に殴りかかって来たから避けた。すると、俺の手が男の腹を掠めた。
温かくて、赤い液体。
「な、な、なんだこりゃぁー!!」
男の腹は縦一文字に斬り裂かれていた。
そこから、液体はどくどくと流れていく。
あんまり騒ぐので、楽にしてあげようと近づいた。
...出ていると、痛いんだ。
...なら、全部出してあげればいいんだ。
この指なら、それができる。
「それを見せてくれ。赤いのが流れて傷を掠めるから痛いんだろ?だから...」
「やめろ!来んじゃねぇ!」
酔いが覚めた男が体を動かしたので、誤って胸の真ん中に五本の指が刺さってしまった。
男は腹から出た赤い液体を吐き、がくりと首をもたげてしまった。
少年は不思議そうにしながらも、指を胸から引き抜く。
指は真っ赤に染まっていた。
「...」
少年は袖を捲り、血糊がついた人差し指で腕を斬った。
固い。
冷たい腕は鋭利な刃物を受け付けなかった。それどころか、下手すると刃物の方が欠けてしまいそうだ。
...みんな、暖かかったな。
少年は自分が手を下した者達の顔を思い浮かべた。どれも赤い『血』を垂らし、温かい体を持っていた。
温かくて、脆い体を。
`離せよ!化け物が!’
さっきの女の声がフラッシュバックしてきた。
そして。
...俺には、持ってないものだ!
少年は深い絶望と羨望に苛まれた。憤怒で顔が歪んだ。
ぴちゃっ
物思いにふける少年の後ろで何かを踏みつける音がした。
「誰だ!」
サッと振り返った。
そこには少女がいた。
黒く艶のある髪を胸元まで垂らし、白く鼻筋の通った顔立ち。黒目がちの瞳。少し薄めの唇。整ったプロポーションのその肢体は、ゴスロリを彷彿とさせる、黒のシックなミニ丈ワンピースで覆われていた。
全身黒ずくめで、一見すると地味な印象を受けるが、年頃の少女とは思えぬ匂うような気品が漂い、高貴な雰囲気を醸し出している。
「見たのか?」
本能的に、これは他人に見られては不味いものだということを悟った。
「見たわ」
少女は淡々と答えた。大きな一重瞼の奥にある瞳が少年を見据えた。
この少女は何故か、少年を恐れていない。
度胸があるのか、それとも...。
だが、少年は歓喜した。
この娘なら、『血』が何なのか分かるのかもしれない。
少年は人懐こそうに語った。
「こいつらは温かくて、赤い血が流れていたんだ。でも、俺は固くて冷たくて...血がどこから出てくるか、どうしたら俺の体にも流せるのか分からないんだ。教えてくれよ、君」
少年は黒髪の少女に、指に仕込んだナイフを向けた。こうすれば、誰でもたじろぐ。
さっきの例で確信していた。
だが。
「悪いけど、それはできない相談だ。私の血は誰にも見せられない」
眉一つ動かすことなく、少女は少年の頼みを一蹴した。
「私の血を使えば貴方は破滅する。必ずね」
他の人間と違う、飄々とした態度が少年の神経を逆撫でさせる。
こんな気持ちになったのは初めてだった。
少年は黙って右腕を握ると、それを引き下ろした。
「!」
少年の右肘の先から刃渡り六十センチメートル程の鋭い刃が覗いていた。
しかし、黒い少女は物怖じともしない。
ただ、少年を冷たい瞳で見据えていた。
な、何だ...このっ...黒いオーラはっ!
気を抜くと、この黒い少女の異様な雰囲気に、ずぶずぶと飲まれてしまう。
それだけで少年と、この不可思議な少女の立ち位置を決めるには十分だった。
だが、それを少年は恐れた。
「行くぞっ!」
仕込みナイフが狙いを定める。
油断をすれば、悪魔の左手が飛んでくる。
だが!
少女は飛び上がり、くるりと空中で旋回した。
「何!」
少年が身じろぎしたその時だった。
ガスッ!
黒い少女の強烈な跳び蹴りが、固い顔面に炸裂した。
「くっ!おのれっ!」
少年が顔を拭う。ヒビが入ったかもしれない。
その一瞬の間に、黒い少女は少年を飛び越えていた。
「今朝の猟奇殺人、犯人は貴方のようね」
「...!」
「安心して。誰にも言わない...その代わり、二度と私の前に姿を見せないことね」
忠告を終えると、黒い少女は走り去ってしまった。
「んもう、どこにいるのかしら?」
一方、黒いツナギに着替えたアイフルは、二ノ宮刺客の捜索に手間取っていた。
ニュースで大々的に放送されている上、手口も目立っているので発見までそう時間はかからないだろうと思って舐めていた。それに芥田の邸宅から二ノ宮の家までは車で約一時間もかければ着くと聞いている。道順も記憶している。
...もしかして、道を間違えてたりして。
そんな突拍子もない想像をして、ふっとほくそえんだ。
「とにかく、一刻も早く見つけ出して始末しなければ」
もう、読者諸君はお分かりだろう。
超高性能人造人間アイフル。表向きは芥田の秘書として働いているが、本来は芥田の名誉や称号を狙う輩を影で始末デリートする殺人人造人間なのだ。
人間が人間の命を奪えば、大概はすぐに見つかり、法の裁きが待っている。だがロボットならば、手抜かりが無い。証拠も残さず、迅速に標的を始末出来る。
今までアイフルによって命を奪われた、罪無き人間は数知れず。
一人の人間の成功の影には、数多の人間の血と涙が流れていたのだ。
「あっ!」
アイフルは声を上げた。
いつの間にか、三人の男に囲まれていた。
恐らく、町のならず者だろう。随分前から、彼女を拉致するために尾行してきたのだ。
「何なの貴方たち!」
こんな奴らは一発で仕留められる。だが、下手に騒ぎを起こして、駆けつけてきた人々に正体を知られたら全てが水の泡だ。
「そこを退いて!道を開けてよ!」
勿論、こんなことをして素直に従う相手では無いことは百も承知だ。
「そーんなこと言っちゃって。誘ってんじゃねぇのかよぉ」
馬鹿言っちゃって。アイフルは危うく吐き捨てそうになるのをこらえた。
その間にも、男たちはじりじりとにじりよってくる。
「そーらそら、大人しくしろよ」
「声上げたら分かってるよな?お前の写真ばらまくかんよ」
三人の内の一人が、スマホを目の前でちらつかせる。そこには何時撮られたのか、アイフルの振り向く姿がはっきりと映っていた。
用意周到ってわけね。やるじゃない。
アイフルは心の中で賞賛する。
それに比例してしまい、自然と笑みが溢れる。
「なぁーに笑ってんだよ!おすましちゃんよぉぉ!」
怒りの沸点が低い彼らはご自慢の拳を振り回して、アイフルに襲いかかってきた。
来たわね!やっちゃうんだから!
アイフルは手に力を込めようとした。
その時である。
いきなり、不良三人組が目の前から消えた。
「何!?」
アイフルは手を引き戻し、辺りを見回した。
「ぐわっ!」
「ぎゃあっ!」
「ゴフッ!」
三人を殴り飛ばし、アイフルの危機を救ったのは...カーキ色のツナギを着た少年であった。
彼によって感服泣きまで叩きのめされた彼らは道のど真ん中で伸びている。
すると少年は、真ん中で気を失っている男の胸ぐらを掴んで自分の元へ引き寄せた。
「待って!」
アイフルは駆け寄った。
きょとんとしている少年からグロッキーと化した男を取り上げ、額に指二本を押し当てた。
数秒もしない内に指は離され、次、また次と同じことをやった。
「何も殺すことはないのよ。こうやって、音波を送って記憶を消せば何とでも...」
そこではっとなった。
相手は人間なのだ。こんな突飛な能力を誰が信じるだろうか?もし信じてくれたとしても、今度は自分の力を利用してくるかも知れない。
新たな警戒心が生まれた。
「殺す?ああ、血が全部流れちゃうことか」
「...え?」
何を言っているのだろう?
「貴方...人間がどうやったら死ぬのか、知らないの?」
「えぇ?色々なやり方があるの?」
あろうことか、少年はこの物騒な話に食いついてきたではないか。
「え、ええ。胸の真ん中とか急所を刺せば死ぬし、首を斬られても死ぬわ。...貴方の言っているのは失血死じゃないかしら?」
「失血死?」
「簡単に言うと、生きるために必要な血の量が足らなくなって死んでしまうの」
戸惑いながら、しどろもどろに返答する。
何者かしら。
アイフルは胆が冷えそうになりながら、少年をまじまじと見つめる。
肩まで伸びた癖のある金色の髪。月光に煌めくガラス玉のような青い瞳。整った彫りの深い目鼻立ち。肉感的でつやつやとした蛭のような唇。細身だが、襟袖から見える筋肉が隠れた男らしさを魅せている。
人造人間であるアイフルでもこう思わざるを得ない。
...美しい、と。
「ん?どうしたの?俺の顔に何かついてる?」
少年の声ではっとアイフルは我に帰った。
いけない、いけない。
電子頭脳が壊れてしまったのかしら?
私ともあろうものが。
「な、なんでもないわ。それより貴方、どうして助けてくれたの?」
話を反らし、少年の動機を伺う。
「俺も同じようなことをやられたから」
乙女心を感服泣きまで叩きのめすようなつまらない台詞だが、それが逆にアイフルの過剰なまでの警戒心を緩めることができた。
「じゃあ、貴方は他に用があったというわけね」
「ご、ご名答」
当たり前よ。私は一つの物事に大して一千通りの解釈を先読みできるのよ。
さすがは超性能人造人間、アイフルである。
心の中で自画自賛するアイフルをよそに、少年はポケットから何かを取り出した。
「...これは?」
アイフルは尋ねる。
少年の手の中にあったのは、大きな深紅の椿であった。生花かと思ったが、どうやらコサージュのようだ。
「さっき、君と同じくらいの女の子が落としていったんだ」
「それを届けるために...?」
話は少女を逃がした後へ少し遡ろう。
「くっ...あいつ、何て力だ」
お前が言うなと言いたいところだが、謎の少女の力は少年を遥かに凌駕してしまったので仕方がない。
「...ん?」
ふと、少年は足元に目を落とした。
そこには、何か真っ赤な物体がある。
拾い上げてみた。
「...綺麗だ」
少年は花の名前が分からなかったが、それは椿のコサージュであった。まるで本物のようだ。触ってみると見かけによらず、花びらが固い。
「さっき、あの子が落としてったんだ」
もう一度、椿の髪飾りコサージュを見つめた。
その時である。
「うっ...」
少年は頭を苦しそうに抱えた。
『息子よ』
頭の中に、父の声が響いた。
椅子に腰かけたまま、動けなかったあの日々。
『お前は私の一番の息子だ』
父さん...。
前よりも一段と痩せてしまった。
俺は父さんが語りかける言葉を必死で覚えるだけ。覚えてもすぐに忘れてしまう。覚えても唇が動かない。
悲しかった。
でも、ある話をするときだけは生き生きとしていた。
『息子よ、いつかあの娘を連れてきたらお前は本当に私の息子になれるかもしれない』
『息子よ!私は手掛かりを掴んだぞ!あの娘は...頭に椿の花をつけている!新発見だ!誰も知らない私だけの宝物だ!』
あの娘...父さんが仕切りに口にしていたあの娘の名前は...。
名前はっ...!
「どうかしたの?」
アイフルの声で現実に引き戻された。
「な、なんでもないんだ」
いけない、いけない。慌てて話を反らした。そして、
「歩きながら話そう」
とアイフルを促す。
少年が会話の主導権を握ったのは初めてだ。
「分かったわ」
頷き、アイフルは少年と歩みを進めた。
伸びている不良供が気になるが、恐らく大丈夫だろう。
「それでその花はどこで拾ったの?」
何て説明しよう。少年は困惑した。
「君と同じくらいの女の子が落としていったんだ」
なので、事実からある一点を絞り出して伝えることにした。嘘をついてはいないし、それに少年は巧みな嘘を考案する力を持っていないのだ。
「...それで、どうするの?」
アイフルは畳み掛けてきた。少年はさらに困惑する。
これ以上、この子に誤魔化すことは出来ない。少年は諦めた。
「心当たりがあるんだ」
「心当たり?」
「もしかすると、その子は俺の父さんが探してた女かもしれないんだ。最初に顔を見た時には分からなかった。でも、今さっき思い出したんだ」
「それで、さっきぼうっとしてたの」
少女は納得してくれたようだ。
「俺によく語っていた。あの女を見つければ俺は父さんの本当の息子になれる...人間になれるって!」
アイフルのピンク色の目が丸くなり、立ち止まって少年を見据えた。
しまった!少年は後悔したが、もう遅い。
この子は俺の本当の姿を聞いたら恐れるのだろうか?でも、もう引き下がれない!
少年は覚悟を決めた。
「俺は人形だった!でも父さんが死んでからこうして動けるようになった!でも!」
「...」
「俺には人間と違って温かい血がこれっぽちも流れちゃいない!だから...どうしたら血が流れるのか人間を使って確かめてた!」
「...まさか、殺したの?」
恐々こわごわと尋ねてきたアイフルに少年は素直に頷いた。
「まさか...人間があんなに脆いなんて分からなかったんだ。でも...人間に対する憧れは消えない。少しでも俺の体に温かい血が流れるのなら死んだっていい!何としてもその子を見つける!」
むちゃくちゃな論理だ。だが、アイフルには痛いほど気持ちが分かっていた。
...人間に羨望を抱く機械人形の気持ちは。
「...その子の名は?」
アイフルはその少年に懸けてみることにした。
もし人間になれるのなら、私は主人と対等の関係を築けるかもしれない。
先生が目標としていた「ロボット学会最優秀賞」は成し遂げたのだ。もう、機械人形らしく振る舞う必要などない。
「...ちづる。千鶴と言うんだ」
ワオーン!
夜更け、何処かで犬の遠吠えが聞こえる。
都会の中のどこにでもありそうなとある団地。
その片隅の小さな花壇で、蝶が羽を小刻みに震わせながら身を横たえている。
これは冬を越せない紋白蝶だ。もうすぐ、短い生に終わりを告げようとしている。
すると、何かが音も立てずに近づいてきた。
「可哀想に。子も成せずに死んでしまうのね」
それは、少年とやりあった黒い少女であった。ところが、さっきとは様子が違う。
その目には、憐れみの光が宿っていた。
少女は左手を唇に近づける。かりっと音がしたかと思うと、親指から赤く綺麗な血が滴っていた。
それを紋白蝶にたらりと一滴垂らす。すると、あんなに弱っていた紋白蝶は羽を元気よく羽を震わせ、夜空へ羽ばたかせていった。
秋風がそよめく夜空へ。
「あれだけの血では長くは持たない。でも雄を見つけるまでなら生きられる。まだ...間に合う」
少女はそう言うと、くるりと身を翻した。
「さて...探さなくてはね。この私...千鶴に繋がる唯一の秘密を」
「千鶴...」
それが、私の夢が叶う鍵。
アイフルにはその名が神からの贈り物だと信じて疑わなかった。
心は既に決まっていた。
「私も...私も、千鶴を探すのを手伝うわ!」
身を乗り出し、少年に賛同した。
この得体の知れない少年に協力するなんて馬鹿げていると思う。だが、これしかないのだ。
「でも...君は人間じゃないか」
私が人間?アイフルは少年の言葉に驚愕した。
しかし、少年は人間が音波を出せないことを知らなかったのだ。人間の構造を知らなかったのだ。無理もないだろう。
「私も...私もあなたと同じ人形...人造人間なのよ!」
「...人造人間。俺と同じ...」
今度は少年が驚いていた。目から鱗とといった感じだ。
「私ね、今までご主人様に大切に扱われてきた。でも、何か違うの!小さい人間が人形を可愛がるのと同じ...。ご主人様に女の人が何人も近づいてくるのをただ見ているだけしかできなかった。抱き合って、唇を重ねている所も見たわ。だから、私も同じことをやろうとしたら止められたのよ。『人造人間が出過ぎた真似をするんじゃない』って!」
「アイフル...」
「私は人間になりたい!人間になってご主人様と対等な、女としての立場を築きたいの!お願い!私と一緒に千鶴の元へ行って頂戴!」
もし、夢が叶うなら藁にだってすがって見せるわ!
「...俺は人間を何人も殺した。千鶴にも知られてる。成功するかも分からないよ」
「私が力を貸す!力なら何者にも勝るわ!」
アイフルは力強く宣言した。
その姿に心を打たれた少年はふっと微笑んだ。
「決まりだ」
それははっとするほど魅力的な笑みだった。
何となく照れ臭くて、アイフルは少し顔を反らした。
「私の名はアイフル。EYEFULと言うの。貴方は?」
「名前か...」
少年は目を伏せた。それが何を意味しているのか、アイフルには理解できた。
「ごめんなさい...」
「いいんだよ。君のせいじゃない」
それでも、少年の顔は晴れない。
どうしたらいいのかしら?
考えても思い付かない。なので、当て付けにこう言った。
「あなたの名前、私が考えてもいいかしら?」
「君が?」
少年は目を丸くした。
「そうよ。えーっと...」
アイフルは頭脳をフル回転させて、この少年の為にエネルギーを使う。
先生の名前?いやいや、そんなことをしたら怒られちゃう。
名前なんて考えたこともないので、少し戸惑っていた。
うーん、先生のお知り合いの名前だといまいちぱっとしないなぁ。
アイディアが詰まり、考えが反らされていく。そのほとんどが芥田との思い出だった。
あーあ。トランプしたいなぁ。名前考えるよりも全然楽しいもの。
...その時であった。
「...ジャック」
「?」
浮かび上がったのはジャックのカードであった。実験と称して先生とトランプをした時、先生の手札にジョーカーとハートのジャックのカードが残っていた。私の目の前でシャッフルして引くように促す。私は右のカードを引いた。
それは、ハートのジャックのカード。
アイフルの勝ちである。
「名前!あなたの名前はジャック!ジャックよ!」
これしかない。あなたにぴったりの名前!
「どう?」
あとは、少年の反応次第だ。
「いい名前じゃないか!ジャック...ジャック!うわぁ!俺の名前だ!」
少年...いや、ジャックは子供っぽく無邪気に喜んでいた。その姿をアイフルは慈しむように見つめていた。
子供を持つ女はこんな風なのかな。アイフルはそんな疑問を抱くと共に、何処か温かい気持ちになった。
「ありがとうアイフル!大切にするよ!」
「そんな...大したことしてないわ」
「してるさ!俺は凄く嬉しいんだ!」
「嬉しい...」
私が...感謝をされた。人造人間としてではなく、私が...?
アイフルはジャックの喜ぶ姿を眺めながら、そんな不思議な感覚に戸惑う。
それでも心の底から沸き上がる歓喜には勝てなかった。
次の日。
と言っても、まだ夜明け前だ。
ヒューっと秋風が白い頬を、黒い髪を撫で付ける。
はたはたはた...。服が気紛れにはためく。
闇が漂う通りに、千鶴はゆっくりとその姿を見せた。
「...」
視線はある一点に向けられていた。
あったわ。
灰色の塀にもたれるように落ちている我が分身、椿が。
千鶴は僅かに顔を綻ほころばせ、椿に手を伸ばしていく。
「!」
その時、背後から何者かが両手を差し向けてきた。
千鶴は反射的にそれを避け、灰色の塀に飛び移った。
「...あっ!」
スカートの裾と右足の靴先が焦げている。
そうか...あの時...。
塀へ飛び上がる瞬間、そいつの手が千鶴の足を掴んで引き落とそうとした。それを退けるために、爪先で素早く蹴り上げた。その時に裾も掠めてしまったのか。
「何っ!」
塀にも敵の影!刃を向けられたが、そいつの胸元を肘で突き飛ばし、はす向かいに建っている電柱へ飛び移った。
「なかなかよ」
声は千鶴の左横、つまり電線の方から聞こえた。
「...!」
千鶴がはっと振り向いた瞬間、その隙を狙って目にも止まらぬ速さで背中からタックルを受けた。
「あっ!」
まともに激突すれば、大惨事になる!
千鶴は咄嗟に柔道の受けの構えをとって、落下に備えた。そのお陰で流血することはなかったが、かなりのダメージが残ってしまった。
「あっ...」
痛む体を起こすと、背中に鈍痛が。
焦げていた。
「また会えたね」
小さく笑い声を立てながら、千鶴の前へ姿を現した。
「あんたは...」
「俺はジャック」
私とやりあった奴と...
アイフルはもう一人の姿を捉えた時、はっとなった。
こいつ、いつぞやテレビで見た!
何故、何故ここに!
「私の名はアイフル」
アイフルは花のような笑みを浮かべて挨拶をする。その手はシューっと熱した金属に水が蒸発するような音が聞こえた。
それもそのはず。
掌は熱せられていたのだ。
「どうしてここへ...?」
「これを届けに来たのさ」
ジャックの右手には椿のコサージュがあった。おそらく、千鶴が電柱に飛び移った時に回収したのだろう。
「返して!」
千鶴が取り返そうとすると、ジャックはそれを色々な方向へ動かして阻む。
「返してあげてもいいわ。その代わり条件があるの」
「...条件?」
ジャックから椿を受け取ったアイフルは、わざとらしくこれ見よがしにちらつかせてくる。
「...貴女の血が欲しいの」
不適な笑みを浮かべてアイフルは言った。
並みの人間ならば、萎縮して服従せざるを得ない。怖い笑顔だった。
だが。
「どうして、私の血を求める?」
そんな脅しに屈服せず、千鶴は単刀直入に問うた。
意外な展開だったのか、二人は互いに顔を見合わせる。目で相談した後、言いにくそうに口を開いたのは
「人間になりたい...ただ、それだけなんだ」
ジャックだ。その顔は真剣だった。
「私からもお願い!」
アイフルからも懇願された。さっきとは打って変わり、それは純粋な少女を彷彿とさせた。
「人間になりたいの!人間になって幸せになりたい!」
「一瞬だけでいい!俺の体に温かい血を通わせてくれるなら、死んだっていい!」
二人の熱烈なアピールに千鶴の鉄の心は、少しばかり揺れ動いた気がした。
けれども。
「無理ね」
冷たく突き放した。
「どうしてだ!?」
「私達は...!」
「...命が惜しい訳じゃない。だけど私の血は誰も手にしてはいけない。私の血の力にすがれば、必ず破滅する」
「...そんな」
アイフルは愕然とした。唯一の頼みの綱が途切れた瞬間だった。
「俺達を放っておいて、自分だけその力を使っていい思いをしているんだろ」
「いいえ。そんなことをしたら私は死んでしまう。それにジャック、あんたは人間の仕組みを知りたくて人間を殺した。人間を壊したお前にそんなことを望む資格が何処にある?」
ジャックは言葉に詰まった。
「そ、それは...」
「ジャックを責めないで!」
今度はアイフルが庇った。
「ジャックは人間のことを何も知らなかったのよ。でも!私は人間の仕組みを知ってて、たくさん殺したわ!先生のために!」
「!」
アイフルの告白にジャックは目を丸くした。
頭を鈍器で殴られたような衝撃だった。
「なるほど、お前の主人は自分の名誉を守るためにお前を使って邪魔物を消していったのか。さっきのように」
ジュウウウ...
黒焦げになった背中は物凄い勢いで治癒しかけていた。
彼女の力は、ジャック、そしてアイフルの想像をを遥かに越えていた。
「馬っ鹿らし」
千鶴は嘲った。その瞳は、軽蔑の色で満ちていた。
「主人のために戦っている?違うでしょ?そいつがいないと、何も出来ないからでしょ?」
千鶴の言葉に、アイフルはかっとなった。
「そうよ!貴女の言う通りよ!たった一人の人のために手を紅く染めたわ!それなのに」ご主人様は私のことを人間として扱ってくれない!私のことを人造人間としか見てくれないの!」
「それよ。あんたはジャックを庇ってるつもりだろうけど、あまりにも自分勝手ね。呆れたわ」
「だからこんな私より、ジャックの願いを叶えてよ!ジャックは純粋に人間になりたいのよ!私のように下心の無い、美しい願い事じゃない!」
「アイフル...」
ジャックはアイフルを見つめた。
自分のためにアイフルが動くとは思いもよらなかった。けれど、悪い気分ではなかった。
何かがグーっと込み上げてくるようだ。
「そう、どうしても人間のことが知りたいらしいのね」
そう言うと、千鶴はポケットの中から何かを取り出した。
全部で六枚の紙だ。
「これ、半分ずつあげる」
何が起こったのか理解していない二人に、それを三枚ずつ握らせた。
「なんだこれ?」
ジャックは不思議そうに紙を透かしたり、折り畳んでみたりする。
けれども、アイフルは反応が違った。
「こ、こ、これ!お、お金じゃないの!」
しかも、お顔はかの有名な福沢諭吉さんである。そこで、やっとジャックはその紙幣の価値を悟ったようだ。
「え?!こ、これが父さんが持ってなくて困ってた...」
噂のお金である。
自分の主人がこんな紙切れの為に命を落としたのかと思うと驚くと同時にやるせなくなってくる。
「そ!お金」
「そんな!こんなものが何の...」
「役に立つわ。この世界ではそれを持っていなければ、天下の千鶴もただの無一文と課してしまう、恐ろしいもの」
千鶴は嘘を言っている訳では無さそうだ。
「どうしてこんなに大事なものを...」
「お金は人間のパートナー。それを使って人間の世界を見てみなさい。お前たちの知らない、人間の醜さをね」
「...!」
「それでも人間になりたいのなら考える。だから、椿を返して」
千鶴は、二人に掌を差し出した。そこに乗せろと言うことらしい。
「...そんなことしたら、千鶴は...」
アイフルは、さっと椿を隠すように身をよじった。
「それがないと落ち着かない。...大丈夫、逃げないから」
千鶴に説得され、アイフルは少し考えたかと思うと渋々と言った感じで千鶴に返した。
「ありがとう」
淡々とお礼を述べると、二人を残して、千鶴は背を向けた。
「逃げ場はないぞ」
「..私はまだ近くにいる。それに無一文だから」
ジャックの脅しにそう返すと、歩いて行ってしまった。
闇の中、破けた服からは白い背中が光を放っていた。
低く不気味な機械音。そして、壁という壁に深々と埋め込まれた無数のコンピューター。そして、巨大な画面。
暗い自室で芥田がモニターを見つめていた。
そこには、金髪の美しい少年の姿が写っていた。けれども、すぐ傍にいる筈のアイフルがどこにも見えない。そして、彼との距離は互いの髪がやさしく触れあうほどに近い。
「フッ、やはりか」
芥田は知っていた。
金色の髪の少年は、二ノ宮が創り上げた最高傑作であることを。
風の噂で聞いたことがあったが、まさか真実だったとは。おそらく、私を殺すために近づいてきたのだ。
最初、アイフルが接触した時はすぐに打ち解けてしまったのでどうなるかと思った。だが、それによって足止めが出来た。
アイフルは本当によく働く。
私のためなら何でもしてくれる。
私の安全のためならば、人間の命の一つや二つ、躊躇い無く光の塵とする。
筈だった。
それを、こんななまじっか顔が出来ている薄汚い木偶の坊に阻まれるとは!
芥田の太い拳が机を強く叩いた。
アイフルが出来ないと言うのならこちらにも手がある。
それまで、束の間の幸福を楽しむがいい。
アイフル。
お前に自由などないのだからな。
明るかった。
こんなにも、鮮やかで賑やかだったなんて。
人間の町。
ずっと憧れていた。
「アイフル!あそこ見てみろ!凄く面白そうだぞ!」
「あんなもの見たことない!すっごくいいところだ!」
ジャックは子供のように町中を歩き回り、はしゃいでいる。それを見ていると、何だかとても楽しい気分になる。
だから、今回は何もかも忘れることにした。
「ええ。ジャック!わたしも初めてよ!」
それから、心の中に秘めていた色々な夢を形にした。
服もお洒落な物に変えた。周りのカップルの真似をしてお揃いのシルバーのネックレスを買った。ゲームセンターでプリクラも撮った。とにかく、食に関すること以外の贅沢は金のある限り、全て試しつくす...。
とうとう、町ですることが無くなってしまった。
二人の足は自然に町の最寄り駅へ向かっていた。
お金はまだ、たくさんある。
そして適当な電車に乗って出来る限り、遠くへ行く。
窓から顔を覗かせて興奮するジャックを諌め、何十駅も通過したところで二人は電車から下りた。面倒臭い精算も終え、改札を抜ける。
「うわぁ...」
今度は、アイフルが歓声を上げた。
目の前に広がるのは、緑豊かな自然。人家はぽつぽつと数える程度しかない。何て退屈で辺鄙な町、人はそういうだろう。
でも、無機質な壁、乾いた電子音が取り巻く箱庭の中で過ごしてきたアイフルにとってそれは新鮮に映った。
「初めてかい?」
「?!」
アイフルははっと、ジャックの方を見た。
「貴方、ここを知ってるの?」
「一度だけ。一度だけ、父さんがここへ連れて行ってくれたんだ。どうしても忘れられなくて。だからここへ連れてきたんだ」
ジャックは微笑した。アイフルはそっと目を反らした。
「そう...貴方のお父さん、いい人ね」
「勿論。世界一の父さんさ!」
力なく笑い、俯くアイフルの横で、ジャックは力強く言い張った。
...知ってるのよ。貴方は、二ノ宮からの刺客だって。
最初から見抜いていた。でも、千鶴の誘惑に負けて利害の一致で嫌々、手を組んだ筈だった。
でも。
それだけではなかった。
初めはそうだったかもしれない。
ジャックは純粋だ。
自分の定められた運命に抗い、希望を捨てていない。
例え、それが永遠に叶わぬ夢であっても。
どす黒い血にまみれた欲望であっても。
もし二ノ宮からの刺客でなければ。
私に、大切なご主人様がいなければ。
私は喜んで全てを捨てたのに。
人間をきっぱり諦められたのに。
いつかは戦わなければならない。
いつか訪れるその時を思って、アイフルは胸が苦しくなった。
「あっ!アイフル!あれ見てくれ!」
ジャックはある一点を指差した。
ピー!!
汽笛を鳴らし、軋む音を響かせながら黒い列車が線路を走っている。
「蒸気機関車っていうんだ」
蒸気?ああ、あの原始的な機械ね。
ご主人様が言ってたわ。アイフルはすぐに了解した。
でも...何だろう。この、不思議な気持ちは。
あの黒い機械を見ていると、何だか心が休まるみたいだ。
その思いは、この田舎町を回っている時も消えることはなかった。
そればかりが心に引っ掛かっている。
「アイフル、どうしたんだ?」
ずっと上の空であるアイフルが気になり、ジャックは声をかけた。
「あたし、貴方が見せてくれた機関車に乗りたい」
「蒸気機関車を?どうして?」
「お願い!それを叶えてくれたら、もう我が儘は言わないわ」
「そうか、アイフルの初めての我が儘...か」
そう、ジャックの言う通り、アイフルが自分の意見を口に出したのは初めてだったのである。今までジャックが提案して、アイフルがそれに乗るといった感じであった。
嬉しくてたまらない。
「よし!行こう!」
「本当?本当に行ってくれるの?」
「ああ!勿論だ!」
こうして二人は日が傾くの中、蒸気機関車、すなわちSLに乗車した。
ピー!!
汽笛が高らかに鳴り、白い煙が立ち上る。そして、ゆっくりと音を立てながら光沢のある車輪をレールに滑らせていく。
「...」
スピードは緩やかで、迫力はない。
けれども、それを補う何かがある。
速さに勝る、何かがある。
「もうすぐ、壊されるんだ」
「!」
突拍子もなく、ジャックがそう言うのでアイフルははっとそちらを見た。
言ってしまえば、ムードぶち壊しである。
軽く責めようとしたアイフルはそれをやめてしまう。
彼が浮かない顔をしている。そんな顔を見せたのは初めてだった。
「何が、壊されるの?」
「このSLさ」
壊される?スクラップにされてしまうの?
アイフルは胸の胸がドキドキとした。
「そんな、こんなに温かくて優しい機械をなぜ...」
「さっき、これに乗ってる奴の話を聞いたんだ。SLを動かすための心臓部がガタガタで使い物にならないって。安全に動かせるのはせいぜい今日一回まで。これ以上、動かしたらいつ事故が起きるかわからないし、それがなくてもこんなSLなんて、あっても金にもならない。だから無駄なんだって」
アイフルは唇を噛み締めた。
悔しい。
もっともっと、役割を全うしたいでしょうに。
誰かの勝手な都合で...。
そこでアイフルははっとなった。
声無きSLを蔑ろにする人間達。
それはかつての自分だった。
自分達のために何人、命を失ったか。
何人の未来を奪っていったのか。
私のやってることは...
SLを壊すことと一緒だ。
『お金は人間のパートナー。それを使って人間の世界を見てみなさい。お前達の知らない、人間の醜さをね』
私と、人間は違う。
私はご主人様のために、無償でこの造られた命を費やし、戦っている。それは、ご主人様が無名の頃から続けていた。
初めは命に従っていただけかもしれない。
けれど長い時を過ごす内にだんだんと、この男のためならば、この体を壊してもいいと思えるようになった。
例え、一文の価値が無くなろうとも。
でも、人間は違う。
人間は、価値がなくなれば平気で捨てる。
それが、生きてきた証となる思い出であっても。
一生を添い遂げる、伴侶であっても。
そのくせ、お金の価値にはとてつもなく敏感で。
なんて、なんて愚かな生き物なのだろう。
アイフルは、そこで千鶴の言葉の意味を理解した気がした。
「もし、私が人間になれなかったら...」
「何を言うんだよ。千鶴は俺が何とかする。俺がいれば一殺だ。君は何にも心配しなくていいんだよ」
ジャック、貴方は何処までも私に優しいのね。
でも私は人間になれないわ。
貴方は人間を殺めたと言った。けれど貴方は
...少なくとも私よりは人になれる資格がある。
「私の体を解体して、ここの...SLの部品になるわ」
「どうして...」
「あたしだって人間になりたいわ!でも千鶴は何て言ってたか分かる?」
いいえ。そんなことをしたら私は死んでしまうわ。
「ジャック。人間は少し血が流れたくらいじゃ死なないわ。そんなこと。つまりそれは一滴残らず血を飲まなければいけないのよ!そうなってしまうと...」
人間になれるのは、どちらかだけ。
ジャックの顔がさっと青ざめた。
「...そんな」
ピー!!
何時の間にか、SLは停車した。終点である。
そこから十分も歩けば、帰りの駅に着く。改札を通り、二人は無言でエスカレーターを下った。
ホームへ下りたその時である。
アイフルはいきなり走りだし、停車した電車に乗り込んだ。そして、後に続こうとしたジャックを突き飛ばしたのである。
「!アイフル!」
手を差しのばすが、自動ドアは二人の間を音を立てて遮断した。
さっきから、頭が痛い。
人間に絶望した、あの時から。
何度か、意識がぼやけていた。
きっと、ご主人様の身内である『人間』を馬鹿にした罰なんだわ。
さよなら、ジャック。
楽しい時をありがとう。
急かすようにスピードを増す電車に揺られて、アイフルはピンク色の瞳を伏せた。
その夜。
千鶴は夜の町を徘徊していた。
気がかりはあの二人である。
あまり人に構うのは好きではない。だが下手に逃げても、あの二人は何処までも執拗に追ってくるだろう。
私が『千鶴』でなければ、喜んで力になれたのに。
だんだんと人気がなくなり、灯りも乏しく...ついにあの路地へ着いた。
千鶴はそこへ辿り着いて初めて気がついた。
あら?あたしここへどうして?
一瞬、考え込んだその刹那。
ガツン!
頭を何かで突かれた。
「うっ!」
千鶴は頭を抑えて倒れこんだ。
カラン、と鉄棒が落ちる音がした。
そいつは千鶴の襟首を掴んだかと思うと、ひょいと抱き抱えて行ってしまった。
千鶴の髪から、椿の花がはらりと落ちる。
五枚の花びらの内の一つが、ゆっくりと束から離れて鉄棒の上に舞い降りた。
バチチッ!と音を立てて花びらが閃光を放った。
`もしも...私が人間になれなかったら...´
アイフルの言葉を幾度も反芻する。
アイフル。俺は君の願いを叶えたい。
なぜなら、俺に初めて温かいものをくれたからだ。
今まで、俺は父さんといた。
日に日に生気を失われていく父さん。
その乾ききった口から零れるのは千鶴の伝説と...
芥田への恨み言だけだった。
父さんが死んだ途端、俺は動けるようになった。どうしてだか分からない。
でも動いた。
誰がどう言おうと、これは紛れもない事実だ。
はじめは父さんの仇を打ちたいと言う欲がシンクロして、自由に動かせるようになったのかと思った。
でも、それは違うと知った。
俺が血を知った時から!
俺は父さんを助けたかった!
芥田の、終わらない悪夢にとりつかれた父さんを救いたかった!
畜生!
あんな紙切れの為に父さんは!
ジャックは持っていた札と小銭を地面に叩きつけた。
小銭はコロコロと転がって、排水溝に滑り落ちていく。そしてお札は倒れていた空き缶から流れる液体に触れて、じわじわと滲んでいく。
人間の価値は、金の量で決まる。
千鶴が金を渡してきた時は、何でこんなものを、と疑問に思っていた。だが、今なら分かる。
もし、金持たずに町へ行ったら...。
ジャックはゾクッとした。
金に翻弄される人間がとても哀れで滑稽に見えた。
機械だって同じだ。どんな思い出があろうと関係ない。使えなくなれば、金が集まらなくなる。だから、平気で捨てる。
アイフル。
俺に名前を授け、俺に血よりも温かく、金より尊いものをくれた。
今、俺が願うことはただ一つ!
アイフル!お前に千鶴の血を何としても届ける!
俺には、千鶴の血を手にする資格などない。
人間が物を口にするように、人間を殺した俺には。
でも、アイフルは違う!アイフルは大切な主人を守るために人間を殺した!
やったことは、人間世界では悪いことかも知れない。けれど、アイフルはその優しい心で俺を救ってくれた!
もし、アイフルが人間になりたいというのなら、俺が絶対に叶えて見せる!
例え、俺の体がバラバラになろうとも!
ヒュー!
その時、ジャックの足元に何かが舞い降りた。
「なんだ?」
拾い上げてみると、薄く黒い物体。随分と熱せられていたのだろうか?熱を帯びている。
「っ!」
頭に激痛が走った。そこに流れてきたのは...
アイフルの顔。そして...
苦痛に耐えかねて、挟んだ指先を緩める。
するとそれは生き物のようにふわりと舞い上がる。
ジャックはただならぬ予感がした。
「あっ!」
それが力を失って地面に身を横たえる。
その袂にあったのは深紅の椿だった。
「千鶴の花!」
千鶴の椿の花弁は全部で五枚あった。だけど今は四枚しかない!
ということは...!
全てを悟ったジャックは椿を掬い上げ、一目散にかけていった
「!」
パチッと千鶴は目を開いた。
意識を取り戻して、まず最初に思ったことがある。
なんだ、手が上の方にある。
「気がついたかね」
手を上手に縛られている千鶴を、白衣を纏った中年男が嘲笑った。その傍らにはストロベリーブロンドの髪を持つ少女が。
その少女には見覚えがあった。
「アイフル!」
千鶴は声を上げた。
しかし、様子がおかしい。
何の反応も返ってこない。ただ、なにも言わずに千鶴を見詰めているだけだ。
「ほう、うちのアイフルと知り合いか?残念だが、アイフルはもう君のことなど覚えていない。記憶媒体を消去したからなぁ...千鶴」
「どうして私の名を知っている?」
「アイフルの瞳は私のモニターとリンクしていてね。アイフルの目に映るものは全てお見通しと言うわけだ」
「監視ってやつか。気持ちの悪い奴」
千鶴は口汚く罵った。
だが男は平気だった。
「私の名は芥田高文。ロボット工学の教授の身分をいただいている。見ろ、アイフルを。私の最高傑作だよ」
「その最高傑作を使って、こそ泥のように私をつけ回したくせに。それにお前のお堅い身分とお話には興味がない。悪いことは言わない。私を解放しなさい!」
「そいつは無理な相談だなぁ。千鶴、お前は...」
芥田が言葉を続けようとした時だった。
ブーブーブー!
けたたましいブザーが部屋に、いや邸宅中に響き渡った。
芥田は駆け足でモニターに駆け寄り、赤いボタンを指で押した。
すると画面が明るくなり、映像が流れ始める。
そこに移っていたのは。
「ジャック!」
それは紛れもないジャックであった。金髪をはためかせ、全力で敷地内を捜索している。
安堵した。しかしそれと同時にある疑問も生まれる。
...どうして私の居場所が分かったのかしら?
答えはすぐに見つかった。
ジャックの掌に椿の花があったからだ。
千鶴はふっと皮肉そうに微笑んだ。
やはり...私を簡単に死なせてはくれないようね。
まぁ、死ぬわけにはいかないのだけど。
だが、千鶴の考えと裏腹に状況はどんどん最悪な方向に向かっていく。
芥田のごつごつとした太い手が、モニターの横に設置されたレバーを前に倒す。
すると、千鶴の丸く切られた足元がウィーンと音を立てて降下していく。
ガシャン。あらかじめ、くりぬかれていたであろう丸い型に収まると、足場がやっと安定した。
どうやら、ここは一階...いや、地下か?
部屋を見渡す。
随分と殺風景で馬鹿に広い部屋だ。グランドピアノを十台置いても余裕で人が住めるくらい...。
フッ、私は建築のことがあまりよく分からないのよね。
この千鶴ともあろうものが。
バーーン!
内なる自嘲をこぼし、溜め息をついたその刹那、固い鉄の扉が、木の板のように軽々と開け放たれた。
「アイフル!」
ジャックが部屋に飛び込んできた。一心不乱にアイフルの姿を探している。
「ジャック」
千鶴が呼び掛けると、そこでやっとジャックが彼女の存在に気がついたようた。
「あっ!千鶴!...アイフルは!アイフルはどこへいった!」
「落ち着いて。それよりもどうして私の居場所が分かったの?」
恐らく、椿のお陰ね。
千鶴は確信していた。
だが、ジャックの口からは千鶴の予想を遥かに凌駕する返答が来た。
「分からない。千鶴、お前の髪飾りを見つけた時に黒く焦げた花びらがあった。それに触れた途端、俺は訳が分からなくなって...でもやっとのことでこれだけは...」
千鶴は納得したように頷き、次に目配せをした。これ以上、ジャックの話を聞いていられない。自分から理由を聞いておいて、途中で中断するのは気が引けるが今は脱出が先決だ。
何もかも了解したジャックが、千鶴を縛っている縄に手を掛ける。
その時、千鶴の耳は何かを捉えた。
「!」
よく耳を澄まさないと分からない。並みの人間には聞こえぬ音!
「ジャック!後ろへ飛べ!」
「なっ!」
姿形では想像もつかない、千鶴の大声にジャックはたじろいだ。しかし、絶対に逆らうことが許されない千鶴の気迫が、ジャックの固い足を動かした。
ガシャーン!
ジャックが足を地につけた瞬間、二人の間を隔てるように何かが床に跳び下りてきた。
そいつは俯いていた。その顔をゆっくりと上げる。
顔を見ると、ジャックは叫んだ。
「アイ...フル!」
再会に喜び、頬が緩んだ。その刹那!
シュ!
アイフルの手刀が飛んできた。
ジャックはかわす。
速い!
少しでも遅ければ、俺は!
アイフルの右手が、バチチッと電流を帯びていた。
ジャックは訳が分からなくなった。
「何をするんだ!やめろ!やめろ!」
ジャックの制止に耳を傾けず、アイフルはただひたすら攻撃を加え続ける。
動きに無駄がない。まさに機械のようだ。
機械...。
ジャックははっと顔を上げた。
まさか...。
そのまさかを裏付ける証拠を作るように、千鶴が助言をする。
「ジャック!今のアイフルはあんたのことを忘れてしまってるんだ!」
「何っ?!」
「アイフルを造った芥田高文がアイフルの記憶媒体を丸ごと消して感情のない機械にした!だから、アイフルにはあんたが敵と見なされてるんだ!」
「そんな?!...アイフル!アイフル!!」
ジャックの呼び掛けにアイフルは一言も答えず、そして目も会わせることはない。
ただ、ひたすらジャックへの攻撃の手を緩めない。
「くそ!」
ジャックは右の肘先を床に落とした。
そこから、刃渡り六十の刀を眼前に晒す。
「とぁぁーーー!」
ジャックは左手で、電流が走るアイフルの右手を抑えた。
感電する!
千鶴が息を飲んだ、正にその時!
「たぁー!」
ジャックの声と共に...アイフルの右手が宙を舞った。
「...」
凄い。正に体当たりの攻撃。
わざと右腕を掴んで動きを封じ、感電するまでの僅かな時間で右腕を落とすとは。
私もかつて右腕を落とされたことがあるが...そいつのやり方に勝るとも劣らない。
恐ろしいわね。
金属は電流を通す。
その当たり前の論理がこうも覆されてしまうとは。
私が言うのも難だが、言わせてもらおう。
こいつらには人間の常識は無いのだ。
「アイフル、許してくれ。こうしなければ...また、一緒に歩くことが出来なくなるんだ!」
ジャックがアイフルに哀れみの目を向けた、その時であった。
「芥田様に刃向かう愚か者。お前の命、この私が貰う!」
突然、アイフルが叫んだことでこの場にいた誰もが怯んだ。
芥田高文...。
そうか!思い出したぞ!
奴が...奴が父さんを殺したんだ!
父さんが言っていた。親友だった父さんを裏切って、手柄を独り占めにして大学の教授という最高身分を奪い取った奴!
しかもそれだけでは飽きたらず、自分の保身のために根も葉もない噂を大学やマスコミに流し、父さんの心をズタズタにした!
まさか...。
そんなはずはない!あんな悪魔から、アイフルが生まれるはずはないんだ!
葛藤するジャックを、芥田はモニターで見つめていた。
フフフ、やっと悟ったらしいな。
さて、これからどうなるか、楽しみだ。
「覚悟を決めろ!」
アイフルは飛び上がり、ジャックを目掛けて猛烈な足蹴りを降り下ろしてきた。しかも、腕よりも高圧な電流を振り撒いて!
「来るな!」
もう遅い。勝敗はすぐに決まる。
ジャックは右腕に手をかけた。
バチッ!
電流がほどばしった。
アイフルの左足を抑えたジャックの胸に、アイフルの左手が突き刺さっていた。
そして...ジャックの刀はアイフルの首を切り裂いていた。
「うっ...」
切り込みを入れられたアイフルはジャックから身を離し、斬られた箇所を押さえ込んだ。
「痛むのか!」
「五月蝿い!敵の情けはいらない!」
ああ、アイフルだ。やっぱり君はアイフルなんだ!
他人のことを人一倍、気にするくせに自分の身は顧みない。
人間とは言い難い、その電流にまみれた体、そして未知なる能力。
それなのに、君の心はこんなにも熱く、温かい!
そんなこと、俺にはできないよ。
だからかもしれない。だから、俺はアイフルに...。
「一度ならず、二度までも失態を犯した!このままでは先生に会わせる顔がない!何としてもお前をぶっ殺してやる!今までもそうしてきた!そうしなければ、先生は先生でいられなくなってしまうんだ!」
一方、千鶴もアイフルに違和感を覚えていた。
芥田って奴は...アイフルの記憶を消したと言っていた。
とすれば、アイフルがあんな行動を起こすなんて絶対にあり得ない。
もし、仮に一般知識くらいは残しておいたとしても...全く辻褄が合わないわ。
もしや...感情が戻ったのか?
断定は出来ないが、そうかもしれない。
ただ、思いやる相手が違うだけだ。
あとはもう、ジャックに託すだけ!
「受けて立つ!俺は俺の勝手な理由で人を殺した!ケダモノだった俺を正してくれた君に殺されるのなら本望だ!」
もう、恐れなかった。
ジャックはすがすがしい気持ちでいっぱいだった。
二人は、同時に飛び上がった。
父さん。すみません。
俺は父さんの望みを叶えられないかもしれません。
でも、でも、もしもまた会えるのなら。
俺は貴方に素晴らしい物を見せられます。
「うらぁー!!」
人間としての、美しい心を!
バチバチバチバチ....!!
閃光がほどばしった。
一見すると、アイフルの優勢は明らかだ。
だが、実際はどうなのか?
ドサッ!
二つの塊が、固い床に叩きつけられた。
動かぬ。
相討ちか?
いや、違う!
女の肘が動き、ゆっくりと体勢を整えていく。
「ほほほほ...!!!もう動けない!両肩、両膝、あらゆる関節に電流を流し込んだ。いくらお前が不死身の肉体と天性の運を併せ持っていても身体の故障に勝てはしない!...フフ、動くな。動かなければ、楽に殺してやる」
アイフルが勝ち誇った笑みを讃えてジャックに歩み寄っていく。
...最悪の事態だ。千鶴は絶望に苛まれた。
こうなったら仕方がない、何としてもこの拘束を解かなければ!
だが、現実は男を見捨ててはいなかった!
「ぐっ...!」
痛がりながらも立ち上がったその一瞬、男は目にも止まらぬ動きでアイフルの左手を素手で抑え、鎖骨の真ん中を右手の刀で貫いた。
「ぐっ!何故...何故動けるんだ!いいや、そんなはずはない!あんたは...」
「...水」
「何?」
「水だよ」
そう言うと、ジャックは口を使って左手を落とした。そこから透明な液体が流れてくる。
「俺の左の肘には...精製水が貯められていたのさ。芥田が電流の研究を熱心に勉強していたのを隣でずっと父さんは見ていた。だから父さんは俺の左手に水を仕込んだ。電流を武器にする人造人間。それを必ず作るだろうと踏んでね」
「そんな...」
「だだし、これが使えるのは一度だけ。だから、わざとあんな無謀な技を最初に仕掛けたんだ」
ジャックは落とした左手を拾って元通りにはめ直した。
アイフルの膝がガクッと落ちた。
それを、ジャックが支える。
「...殺せ。もう、私にはここにいる資格がない」
「...」
「なぜ殺さないんだ!」
「殺せない!」
ジャックは叫んだ。そして、アイフルの髪をいとおしそうに撫で付ける。
「もう...私には先生の期待には答えられない。失敗は死を持って償いたい...先生の...ために...私は...」
「アイフル、俺のためには生きてはくれないのか」
「!」
「アイフル、もういいんだ。俺をここまで追い込んだ。君は充分に戦った。恥じることは何もない」
優しげに語りかけるジャックに、アイフルはゆっくりと尋ねた。
「どうして...私を庇うの...私は貴方を...」
「知りたいか?」
ジャックはアイフルの額に合わせるように、顔を近づけた。
「俺はアイフルが好きだから。俺はもう、君なしでは生きられない。君が人間になろうが感情のない機械になろうが構わない。アイフルであることに、変わりはないのだから!」
「っ!」
アイフルは目を見開いた。
記憶が流れ込んでくる。
これは、過去の私。
人間に憧れ、ある男と手を組んだ。
...千鶴に拒絶されても、あたしたちは精一杯人間でいようとした。
幸せだった。人間でなくても、私達は幸せだった。
男を思いやって、私は身を引いたはずなのに。
貴方はまた...来てくれたのか。
貴方は...貴方の名は...。
「ジャック...ジャック!」
瞳に光が灯り、ジャックを見据えた。
優しい光。
ジャックは歓喜した。
「アイフル!」
完全に覚醒したアイフルを、ジャックは精一杯抱き締めた。
「ありがとう...ジャック」
アイフルは、ジャックの抱擁を返すために、残った腕で背中に手を回そうとした。
その時であった。
「この裏切り者の屑機械人形め!」
ドアが開く音がした。そして。
ジャックの目の前から女の姿が消えていった。
ドサッ!
床の上に、アイフルの体は崩れ落ちた。
その胸には、電流を帯びた弾が埋まっていた。
「アイフルの電流を上回る、新開発の電流だ。その電流は他の電流を侵食し、自分の領域を広げていくんだ」
仕組みはミントの生態に近い。
デザートのあしらいでお馴染みのミントは、実は繁殖力の強い危険植物として恐れられている。一株でも自宅の庭に植えてしまえば最後、庭園は短期間でミントの葉で覆われてしまうのだ。全て刈り取っても、少しでも根を残していれば、それが伸びて地下茎が分岐してコロニーを作り...。絶対にミントの呪縛から逃れられないのだ。
もし、人間の体にミントを繁殖させることができたら?
そう想像してみれば、よく分かるだろう。
「アイフル!」
ジャックは駆け寄り、弾を取り出そうとした。けれども、電流の威力が強すぎる。電流に負けた左手がびしびしとひび割れていく。
痛い。痛みを感じない筈の体が燃えるように痛む。やむを得ず一旦、身を離すしか選択肢がなかった。
「先生...」
アイフルは芥田を見上げた。
「アイフル、君は実に見事だったよ。電気を操る人造人間でありながら、人間としての感情を持つ。その力が二ノ宮の刺客を誘い込み...千鶴を捕らえることが出来た!」
「千鶴!?どうして千鶴の名が出てくるんだ!」
噛みつくジャックに、芥田はせせら笑った。
「私はアイフルなど期待していない。人間に似せた機械人形などいずれボロが出てくる。だけどな、こんなものでロボット学会最優秀賞が獲れるとは思っても見なかった。だが、まだ足りない!私の望みは千鶴。千鶴の血を我が肉体に取り込み、無限の可能性を以て世界を支配するのだ!」
何としてもお前をぶっ殺してやる!
今までもそうしてきた!そうしなければ、先生は先生でいられなくなってしまうんだ!
...アイフルは捨て駒だった。
名誉のための道具。
千鶴を手にいれるための切り札だったんだ!
アイフルの優しさも、葛藤も、怒りも、悲しみも。恋慕も。
全て、芥田が初めから仕組んだことだった。
「...貴様と言うやつはぁー!」
凄まじい怒りでジャックの顔は歪んだ。
そんなジャックを芥田はフンと鼻で笑った。
「フン、人造人間がどうあがこうが、所詮は人間の下僕であり、道具なんだよ。...面白いかっただろう。この世の名残に教えてやったのさ。お前はここで、私の尊き犠牲になる。そのことを光栄に思うがいい」
「...させないわ」
芥田の演説に掻き消されてしまう程にか細く、それでいて力強い声が耳に届く。
千鶴だった。
芥田はせせら笑った。
「無駄な抵抗はよせ。お前の運命は決まってるんだ」
「お前如きに...私を縛ることはできない!」
千鶴は渾身の力を込める。縄を吊るす柱がぐらりと揺れたかと思うと、ブチッと音を立てて縄が切れた。
「なっ!バカな!鋼で出来た縄を!」
ボタボタと四方に散らばる縄の残骸を、信じられないと言った感じで千鶴を見比べた。
「人間のちっぽけな常識など、『千鶴』には通用しない」
千鶴は、驚愕の色を隠せない芥田にゆっくりと歩み寄っていく。
「運命が決まってるのはお前だ。芥田とやら。私を殺して血を得たところでお前には何の価値も残らない...もうすぐ、ここにマスコミと警察がやって来るから」
「何?!」
血相を変えた芥田に、千鶴はさらに追い討ちをかける。
「アイフルに殴られてここに連れてこられる前、私は警察署と新聞社をはしごした帰りだった。それに私の靴には警視庁お墨付きの発信器を取り付けてある。録音機能付きのね。お前の真実、全て警察に届いてるわよ」
芥田は全て了解した。
まさか、千鶴はわざとこの私に捕まったのか!
私を破滅に追い込むために!
「何故、私の道の邪魔をする?」
「アイフルはね、ジャックと結託して私の血を求めてきたの。人造人間だから。貴方に認めてくれないから辛いって。ほっとけなった。だから私が出来ることをしたまでよ」
「その情けがお前の首を絞めているのだぞ?どちらにせよ、お前はあいつらに構った。思いやりを振りかざすのなら、どうしてあいつらの戦いを止めなかった。お前のほざく思いやりとやらはそんなものなのか?」
「私は...二人の命がけの戦いを中断させることなんて出来なかった。だから...私は心を限界まで抑えこんでいた。だが!」
千鶴はぐっと拳を握り、そして叫んだ。
「お前にそんな情けをかけるつもりはない!下らん野心に取り憑かれた外道め!お前はこの私を怒らせたんだ!」
「ほざくな!たかが女狐にこの私が負けると思うかぁぁ!」
芥田は千鶴に電流銃を向けた。
千鶴は、ばっとスカートをはためかせてこちらへ向かってきた。
馬鹿め、私の方が一瞬速いわ!
余裕の笑みを浮かべ、引き金を引こうとした。が。
引けない!
引き金にかけた人差し指が震える。
痺れている!
自由を失った掌を、ピンク色の瞳がしっかり見据えていた。
千鶴の白い足が、芥田の眼前に現れた。
「!」
ドスっ!
千鶴の足蹴りをまともに食らった芥田は十メートルの上空をくるくると舞い...天井に体を叩きつけられてから地上に戻ってきた。
「ぐっ...」
人差し指がまだ痺れている。
それもそのはず。
アイフルの電流を帯びた針が刺さっていたのだから。
それはアイフルの口の中に装備されている、吹き矢に似た構造の武器だ。
「ち、千鶴。私を殺すのか」
半笑いを浮かべながらも明らかに怯えきっている芥田に、千鶴は腰に片手を当てながら冷たく見下ろした。
「私はお前がどうなろうと知ったことではない。お前に時間をかけることすら無駄だ。だが...後ろの二人はどうかしらね」
千鶴は後ろを見やった。
倒れたアイフルと憤怒の形相で睨み付けるジャック。二人の瞳は冷たい光で満ちていた。
「な、なんだ。人造人間の癖に私に楯突くのか!この私に...」
その瞬間。
ジャックの刀が、芥田の胸を貫いていた。
「なっ...」
「芥田とやら。お前はアイフルを苦しめ、そして手酷く裏切った。お前がやっていることはあのSLを簡単に切り捨てる奴らと同じだ」
「お前もお前の勝手な都合で人間を殺しただろ。人のことは言えんわ、二ノ宮の腰巾着め」
「父さんの敵討ちなんかじゃない!」
「ぐはっ!」
芥田の大きな口から、鮮血が溢れてくる。
「確かに、俺は何人も殺した。血が欲しいと言う勝手な都合で。人間の世界じゃ、許されないことだって分かってる。でもお前は違う!お前のやってることは屑以下だ。人間の道徳を逆手にとり、アイフルを利用してたくさんの人間を血祭りに上げた!俺にはな、名誉って言う物にすねかじってるお前よりも...自分しか見えてないお前よりも...他人のために傷つき、自分を犠牲にし、お前に尽くしたアイフルの方がよほど人間らしい素晴らしい奴に見える!俺は今、後ろでお前のために苦しんでいる女のためにここにいるんだ!」
ジャックの左足が、芥田の下腹に押し付けてくる。
もう、後へは引けない!
「アイフルを使って邪魔物を殺せば、自分は責められることはない。...俺も人間じゃない。だから...」
ジャックが何を言いたいのか。
分からない芥田ではなかった。
「やめろ!」
「俺の左足はな...」
「!」
千鶴がはっと顔を上げた。
バチバチバチバチ..パチッ
そして電流にまみれた金属の塊も、ゆっくりと肢体を動かしていく。
カッと閃光が走った!
千鶴はアイフルに駆け寄り、軽々と持ち上げて出来る限り、距離をとっていく。
「爆弾だ!」
ドガーン!!
轟音と熱風が部屋中を覆い尽くす。
千鶴はアイフルを庇うように屈んでいた。
「ち...ちづる」
掠れた声が呼んだ。
「アイフル!」
「あんな...あんなことをした私を...私のために...ごめんなさい」
「もう、あんたがしたことは忘れたわ」
問題は...ジャックがどうなったかね。
状況は絶望的だった。
私は...アイフルを連れて逃げるだけで精一杯だった。
だけど、アイフルにとっては奴は命とも言える存在。そして、アイフルはもう...。
アイフルにとって、必要なものはこれじゃない。
その時、千鶴とアイフルの瞳は何かを捉えた。
片足でふらつきながらも...爆風の中、立ちすくむ男の姿を!
「ジャック!」
アイフルは安堵した。千鶴はアイフルを抱き抱かえ、全力で男の元へ駆け寄った。
辿り着いた時、男の体はどさりと倒れた。
「ジャック!」
電流に包まれたアイフルが、黒く焼け焦げたジャックの元に行く。
煤にまみれた顔を払い落とすと、ジャックの顔が見える。
「アイフル!しっかりしろ!」
「良かった...ジャックが無事で...最期に会えて...良かった...」
「アイフル...!」
「ああっジャック...私の...ジャ...ッ...ク...」
そこで、アイフルの半身は地に落ちる。
もう動かない。
アイフルは永久に落ちたのだ。
「アイフル!」
ジャックはアイフルを抱き締めた。アイフルの死を、そして己の瞳から流れることのない、涙を怨みながら泣いた。
千鶴には掛ける言葉が分からない。けれど。
「ジャック。アイフルはもう死んでいる。ここまで動いていたのも奇跡なんだよ。そして、あんたも死ぬんだ。あんたの体もイカれてる...素人でも分かるわ」
千鶴は知っていた。
ジャックの左足を起動させてしまうと、ジャックも死を迎えることに。
ジャックも分かっている筈だった。
「そう...か」
ふらつきながらも、不思議と取り乱すことはなかった。
笑っていた。乾いた微笑みだった。
「千鶴、俺から頼みがある」
「...何だ?」
「俺の中枢歯車を...アイフルの部品と一つにして欲しい。それを、父さんの故郷にあるSLに届けてくれ。日本で一番古くて、でっかいSLだからすぐ分かる。俺とアイフルはずっとそこで...」
「分かった。出来ないことはない」
人造人間の癖に。
二人の心は人間だったわ。
私の血なんていらない。
私の血の価値を越えたのよ。
「そうか...ありがとう。...迷惑かけたな」
「もう...何も言わないで。何も...」
「千鶴...全部焦げたけどこれだけは...これだけは...」
ジャックは懐から、震える手で何かを取り出した。
わが分身、椿。
それはあれだけの死闘と爆発に耐えて、傷一つなく、花弁も揃えて、優美な姿を讃えていた。
「あばよ...千鶴。アイフルと...先に待ってる...ぜ」
それが、ジャックの辞世の句だった。
燃え盛る炎、そして動かぬ二つの塊を前に、千鶴は一人佇んでいた。
「次のニュースです。今日未明。ロボット工学最優秀賞者の芥田孝文氏の自宅から出火しました。警察は機動隊を結成し、強行突破を図りましたが、依然として芥田氏は行方不明です。しかし、その場で押収した品の中から発見した黒いハイヒールから、とんでもない事実を発見しました。芥田は人造人間、アイフルを凶器に自分の同僚、上司など様々な人間を殺害していることが分かりました。他にも証拠品が上がり、これを受けて、日本ロボット会連盟は芥田氏の最優秀賞は撤廃することを決定致しました。警察は殺人容疑で芥田氏の行方を追っています」
ピー!
高らかに鳴り響く汽笛。
今日も快調だ。
このSLは中心部品の老朽が急激に進行したため、処分される予定だった。だが、代わりになる部品を匿名で届けてくれた英雄によって、再び人々に感動と安らぎを与えることになったのだ。
「しかし...変わった女の子だったよな」
汽車を見送る駅員二人が、語り合う。
束の間の休息だ。
「全くだ。いきなり来て、これを使って汽車を直してくれって聞かなくてさ。でも、駄目で元々やってみたら、ぴったりはまったんだよ。それがまるで生き物みたいでさ。俺、肝っ玉が冷えるかと思ったぜ」
「まっ。良いじゃないか。それがなかったらこいつも解体行きだったんだ。結果オーライってことだよ」
その話題はそれきり、途絶えた。
人々を乗せたSLを、裸足の千鶴は小高い丘から見つめていた。
「...これからは、ずっと一緒ね」
二人は終わった。だけど、汚い人の手によって生み出された二体は罪を犯しながらも、その一瞬の時を生きた。
そして、二人は同体歯車として新しい生を歩んでいく。
でも、私は誰かと生を共にすることも、死ぬことすらも許されない。
私は千鶴。
永遠を生きる者。
千鶴はくるりと背を向ける。
黒髪が、そして赤い椿が、暖かい風に揺らめく。
同体歯車(原題:IFの丘)〉
小学校高学年から温めていた話です。
でも後から見直して「IFはアイフルって読むけどこれ絶対パッと見じゃ分からないだろうな」「つか千鶴いらなくね?丘はどこで出てくるんだよ」と突っ込みどころが満載だったので、たくさん修正しちゃいました笑
アイフルは、どんな顔にでも変わる所謂『千の顔を持つ女』であり、無限の視力を持つ人造人間でした。
ジャックの祖先も、人間の血を定期的に補充しないと暴走してしまう寄生虫みたいな設定でした。
それだけならまだいい。酷いのが、千鶴を置いてけぼりにして、二人でラブラブになっていくと言う。正にリア充はぜろ!です(笑)
色々変わりましたが、人ではない者同士の愛、と言うテーマは全くぶれてません。
でもなー、人間の愛も負けてないと思うんだけどなー(テーマぶち壊し)と書き終わってからポジティブシンキングに考えたのはここだけの秘密。
〈追記〉
千鶴。母の親友の名前です。めっちゃ美人です。黒いオーラは出てません。ただひたすら可愛いです。先日も会いましたが、やはり美人でした。ほんとに四...っとといけねっ。私情はここまでにして。
いつまでも若く、美しい。正に母の親友です。その縁起にあやかり、お名前を頂戴いたしました。