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輝きの時代

作者: 結崎ミリ

 アスリートが最も輝くのは、大会で優勝した時だと僕は思う。

それは大会の規模が大きければ大きいほど自己満足感は強くなり、人の評価はあがる。

 優勝、そして表彰台。

 誰よりも上の世界を眺められる唯一の場所。

 そこからの景色は人生の中でも最も輝かしく、美しい。


 血の滲むような努力、悔しくて泣いてしまった日、鬼のように厳しい恩師、怪我で出場できなかった大会、励ましてくれた友人、応援してくれた家族。


 それら全てが走馬灯のように駆け巡り、身体中が悦びに打ちひしがれ、自分をこの場所へ立たせてくれた全てに感謝する。

 当然だ。

 頂きに立つということは、それほどの困難を乗り越えた先にあるたった一つの栄光なのだから。

 

 しかし、僕はここであることを考えていた。

 いや、違うな。

『アスリートになろうと決めた日からこうしようと決めていたことだ』 

 おそらく、ここにいる何百、何千もの人々の誰一人として、そのことに見当もついていないだろう。

 

 僕は表彰状に立った。

 優勝の金メダルを授与され、割れんばかりの歓声と拍手に包まれた時、僕はさも当然のようにこう言った。


「優勝したので、今回を持ちまして、僕は引退します」

 

 歓声は驚愕に、拍手は静寂へと変わり、そこにいた僕を除く人々の誰もが目を丸くし、ざわめいていた。

「うそでしょ?」「引退なんてありえない」「これからじゃないか何故だ」「皆の期待を裏切るつもりか」

 そんな阿鼻叫喚にも似た声が、僕の耳を刺激する。


 これだ、僕が望んでいたのはこの声だ、この瞬間だ。


 狂っていると考える人もいるかもしれないが、そうではない。

僕はアマチュアの時からずっと考えていたこと、それが、


『最も輝いている時代に引退をしたい』


ということだ。願望とも言っていい。

 理由は複数ある。

 一つ目は、これ以上、上の景色が存在しないこと。

今この瞬間より、上の景色に立つことなどあり得ない。今現在、僕は世界大会の頂点に立っている。この上になにがあるというのだ。そう、何もない。何一つ存在しない。


 二つ目は、衰退していく自分を見たくないこと。

努力をし、最高のコンディションで挑み、手に入れたこの力は、いずれ衰退してしまう。誰しも年齢や病気怪我には勝てないものだ。今、何も問題がないにしても、いずれ僕は気づいてしまうんだ。最も輝いていたかつての自分には二度と届かないことを。それは、とてつもなく辛いことだろう。

 

 三つ目は、これまで一つの事に費やしてきた時間を、他の事に使っていきたいからだ。

世界には様々なことがある。自分が知っていること、知らないこと、体験しないと後悔すること、将来を添い遂げる人を見つけること、など、やってみたいことで溢れているんだ。

自分を鍛える為だけに費やしてきた時間を、今度は自分の欲に使っていきたい。


 そして四つ目、これが最も大きい理由になる。

最も輝いている時に引退をして、人々の記憶に僕という最強の人物がいたことを刻み付けたい。それは、最高にかっこいいことではないだろうか。かっこよく、舞台を去り、永遠に栄光を持ち続ける。


 それが、僕の行ってきた、全ての集大成だ。


 表彰台を降りた後、自然と涙が出てきた。

 あぁ、これで本当に終わりなんだ、と。

 だが一片の後悔もない、あるわけがない。


 僕の心はこれまでの人生で感じたことがないほどの、もう二度と味わうことがない、最高の充実感で満たされた。 

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