迷宮書館の司書見習い -7-
「お? ユート兄さん! 仕事上がりー? お疲れー」
「メリーも、お疲れ」
人混みの中から手を振って、ユート兄さんが現れる。
「……ええと、誰、かな?」
「兄さんとウェルって初対面だっけ。今度、うちの図書館に宿直要員入ったウェルだよ。ウェル、この人はユート兄さん。郵便配達してるんだ」
「君が噂の……」
やや不躾とも言えるくらいユート兄さんはウェルを頭から足先まで眺めた。
「そっか。うん。宜しく。リヒターが助かってるって言ってたよ」
「どうも……」
「ユート兄さんとウェルの顔合わせも済んだところで、兄さん後ろの人達は?」
ユート兄さんとは違って品性も顔も良くなさそうなお兄さん達が、ズラリと並ぶ。と言うより、包囲していた。
「さあ? 誰だろ。知らない人達だね」
兄さんが知らなくても相手の顔や雰囲気からは物凄く物騒な気配が漂っている。が。
「あ。そんな事より」
兄さんめっちゃどうでも良さそうにこっちに向き直って笑顔で会話再開。
「おい、なめたマネしてんじゃねーぞ!」
でーすーよーねー。と心の中で頷きたくなる。
しかも例によって例のごとく、ユート兄さんはそんな凄む相手に一瞥も寄越さない。
「調査始めたんだって? 何か怖い思いしてない? 大丈夫?」
「てっめぇ……!」
「兄さん兄さん、自然スルーは可哀想だよ」
「お前も同情すんじゃねーよ! 兄妹揃って馬鹿にしてんのか!」
ごろつきA(仮)の声に、仲間か手下かわからないけれど他の奴らも殺気立つ。
ごろつきAは仲間を呼んだ。ごろつきB・C・その他が現れた! とか思ったのはここだけの話。
「外野が煩いからあっちで話そうか」
「誰がモブだゴラァァァ!」
ジリジリと円を狭め、ごろつき達は凶悪な顔と雰囲気で迫ってくる。
「何でいつも問題起こすんだ……」
「えー。いやいや、これは違うし。ユート兄さんだよ」
軽口を叩くこちらへ、ごろつきの一人が手を伸ばす。
「は。あんま似てねぇ妹だな、痛っぁぁぁ!」
「何、人の妹に触ろうとしてるの? 手の皮剥がれるくらい洗ってから許可取りにおいでよ。許可しないけど」
「兄さん、ウェルが怯える。抑えて。ついでにその人、手の骨砕けそうな音してるよ?」
「怯えてない!」
ユート兄さんが眼の笑ってない笑顔で、指骨粉砕一歩手前になったごろつきを解放したのとほぼ同時に、仲間が怒りの咆哮を上げ襲い掛かってくる。
「下がってろよ!」
「勿論。頑張れウェル」
足手まといは袖にはける事こそ最重要事項だよね。そんな方針の下、乱闘めいた輪から抜け出す。
(わお。ウェル凄い。ユート兄さんからの流れ弾? 全部避けてる)
「あ。ゴメン。腕が滑って」
「うわ! あんた今のわざっ」
「あはは。やだな偶然だよ。謝ったのに」
(美形が戯れてる姿って良いよね。……てのは置いといて)
適当な屋台でミートパイやらマフィンを買い込む。
それから自分は自分の仕事をすべく辺りを見回し、静かに息を吸って。
「ユート兄さん頑張れー!」
「え? ユートちゃん?」
「ユート君がいるの? どこ?」
わざと大きく上げた声に、次々釣れるマダム達。
「ユートちゃーん」
「ちょっとアンタ達、ユート君に何してるのよ」
(こういう風に仲間を呼ぶから、一番の雑魚も初めに倒しておかなきゃいけないんだよね)
集まったマダム達がごろつき達を睨む。その迫力にたじろぐ姿を視界の端に追いやりつつ、ごろつき達に巻き込まれそうな勢いで固まっているウェルの袖を掴んで引いた。
「ほら、今のうちにさっさとずらかるよ」
「ずらかる……」
「撤収ー」
「おい、兄貴は良いのか」
「ユート兄さんなら大丈夫。守護者がこれだけ居るし」
少しだけ確認の意味も込めて振り返ると、気付いたユート兄さんがいつものように微笑み手を振ってくれる。後はまかせて、と声に出さず唇の動きがそれを伝えていた。
「うん。やっぱさっさと行こう」
兄さんの犠牲を無駄にしない為にも!
「……何かスピネルさんの気持ちがわかってきたぞ」
絶対今、茶化しただろ。そんな視線をバッチリ感じる。けど。
「嫌だなウェル。他人の事なんて本当にはわからないよ」
「え」
「ほらほら、とにかく行くよ」
ウェルの袖を掴んで人混みに紛れ、広場を出る。
抜け出し足を踏み入れた表通りは、黄昏から紫闇へ空の色彩が変化し、街灯が路を照らし始め、家々の窓からは零れる灯りが影絵を作っていた。
「いやー、ハプニングだったね」
「ハプニングって……あのなぁ」
「うん?」
「騒ぎの種はお前じゃないのか」
「だから言ってるじゃない。私は巻き込まれただけだよ。ユート兄さんの事しかり、ウェルしかり」
「俺は」
「乙女の寝室に不法侵入したの忘れた?」
半分予想はしていたが、ウェルは面白いほどわかりやすく硬直する。それでも、何かに抵抗するように声を絞り出し悪足掻きを試みた。
「何の事だ」
しかし今にも卒倒しそうな蒼い顔で言われても。
「夜中に私の部屋に窓からは乱入。か弱く可憐な乙女の口を塞いだ所業についてだけど」
「か弱いとか可憐とかどこから」
「うん。まあ、それは冗談だけど、窓から侵入してモフモフな腕で押さえ込んできたのは間違いないよね」
「も……」
絶句するウェルに向けてニッコリ笑った。
「立ち話も何だし、送ってくれるついでにそこら辺もお話しようか」




