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迷宮書館の司書見習い  -6-

3.おとぎ話の中の人




「あ、おい。買い出し行くから、送る」

 遠くから終業を告げる鐘の音が聴こえる頃、抱えていた本を棚に収め、ウェルがそう言った。

「お? ありがとー。ウェル」

 迷宮書館へようこそと、師匠が言ってから数日。

 何か大きな事件が起こるでもなく、分館は相変わらず開館準備中だった。

「ウェルさん、御主人様(マスター)を宜しくお願い致しますね」

主人(マスター)、何かされたら言ってね。必ず責任を持って俺達が思い知らせるから」

「黙れこの物騒化身」

「あはは。了解」

「了解するな!」

 小麦の穂みたいな金色の黄昏に染まった帰り道を歩く。

 出会い頭は汚れた格好だったウェルも、今は清潔な白シャツに黒いズボン、革靴だ。

「応募あったか?」

「いやー。無いね。ま、仕方無し」

 緩やかな街への下り坂に、さざめき笑うような風が吹く。

 ウェル以外の宿直要員も絶賛募集中なのだが、今のところ応募はゼロ。

 仕方無い。何たってオバケ屋敷しかもマジもんなのだから。

「そもそも、本に興味が無くて図書館の宿直とか矛盾してるからね」

「本に興味が薄いだけで、嫌いでも無い奴ってのも大概だ」

「それな」

 割りとストライクゾーン狭めの要項も原因だろうけど。

「でも、本当にその紙魚って言う化け物は居るのか?」

「……多分ね」

 浅い部分から徐々に深く潜るのだと聞かされているが、今のところ紙魚と遭遇はしていない。

「師匠の話では、深くなればなるほど遭遇の可能性があるって」

 迷宮の外に出たら姿も保てない脆弱な存在だが、逆に深部に行けば行くほどしっかりとした実体を持ち、強力な個体が現れるらしい。

「ゾッとしないな」

 肩を竦めてウェルがそう言う。

「ウェル、ビビってたもんねぇ~? クックック」

「ビビって無い!」

「あはは。ま、遭わないに越したことはないよ。少なくとも普通はね」

「お前さ、怖がらないよな。どうしてだ?」

「ん? どういう意味かな?」

「……俺はともかく、紙魚が出てきたらお前やスピネルさんは危ないんだろ」

「らしーねー」

 紙魚も見境い無く人間を拐うわけではなく、狙われるのは物語などに興味と知識のある者。迷宮は各地の分館下にあるから、必然的に一番身近な対象として司書が狙われる。

 だから閉館後の長時間、一人で分館に留まる宿直には、狙われにくいタイプが良いらしい。

「怖いってより、何が目的なのか、なんだよね私が気になるのは」

「は?」

「いや、紙魚。本好きの人間拐う目的って何なのかなって」

「奴ら、知能はほとんど無いんだろ?」

「うん。けど、深部の方に行くと知能がある奴も出てくるって言ってたし、そもそも紙魚が例外無く本好き拐う共通の意志があるでしょ。それが、何でかなって」

 紙魚の本能だと言われてはいるのだが。

「化け物の思考なんかわからないぞ」

「だよねー。食べるわけでも無いみたいだし」

「おぞましい事を言うな」

「ククッ、やっぱり怖がってるじゃんウェル」

「ち・が・うっ」

 街並みが見え始め、金色が赤銅へと染め上げる色を変える。

 地面から石畳に靴底の感触が変わり、木々から人の住む建物へと景色が移ろい、夕闇と影絵が踊る。

「買い出しって夕飯でしょ。今日は市場通り?」

「ああ。量が多くて味も良し。そして安い」

「何か主婦みたいだよ」

 そこかしこから漂ってくる良い匂い。どこかの家ではどうやらビーフシチューだ。

「メリー」

「メル。お疲れ」

 薬局の前で閉店作業中のメルに会う。やはり美少女はいつ見ても美少女で見るだけで疲れが取れる。

 目の保養を楽しんでいた後ろから、何故か硬い声音が零れた。

「……お疲れ」

「あら。居たんですね。ウェルさん」

「あれ? メルと喧嘩でもしてんの? ウェル」

 メルとウェルの間には、微妙に緊張みたいな雰囲気が漂っていた。つーか、ウェルが逃げ腰とも言う。

「喧嘩なんてしないわ。メリー。……ね? ウェルさん」

「ああ……」

 のわりにやっぱりウェルが以下略。

(……何だかなぁ。虎と……ワンコ?)

 二人の間にあるものを視覚化するとそんな感じだ。

 虎は言い過ぎだとしても、猫に牽制されて怯んでるワンコ。

「メリー、このまま真っ直ぐお家に帰る? アウラさんから頼まれてる品物届けに行くから、良かったら一緒に」

「あ。ゴメン。ちょっと市場通りに行ってからになるよ。私も姉さんに頼まれてる物あるし、ついでにウェルのご飯買わないと」

「そう……。残念」

「っ!」

 メルは少しだけ残念そうに微笑んだ。可愛い美少女マジ天使なのだが、それを見たウェルがジリジリと後退りする。

「先、行ってる」

「ちょっと、ウェル。……メル、ゴメンまた今度!」

「ええ。必ず」

 逃げ出すようなウェルの後を追い、段々と人も活気も多くなる通りを歩く。

「ウェル」

 人を避けながら、尻尾でも捕まえる様に上着の裾を掴む。

「速いよ。つーか、どうしたの?」

「別に……。お前さ、あいつと何で友人なんだ?」

「美少女マジ天使だから」

「…………」

「美少女は世界の宝だよ?」

「もういい」

 街灯と露店先に吊るされたランプが煌々と照らす市場に足を踏み入れ、目当ての店を探して彷徨(うろつ)くと、流石夕飯時。甘いのや香ばしいのや、様々な食べ物の誘惑(におい)が。

「ウェル、ウェル。あれ。あれ食べよう」

 犬のリードよろしく掴んだままだった上着の裾をクイクイ引っ張り、目当ての店を示す。

「何だ? あれ」

「空洞のある薄くてもちもちした白パンを半分にして、そこにレタスやジャガイモのスライス揚げたやつと、甘辛味付けで一口サイズに切った白身魚のフライ挟んだやつ」

「魚……」

 ポツリと呟いて、ウェルの視線は何度か購入している串焼き屋へ滑る。

「ウェル。たまには違うもの食べなよ」

 らちが明かないので上着の裾を掴んだままウェルを目的の屋台へと引っ張る。

「別に良いだろ」

 僅かな抵抗の後、諦めたのかウェルは引っ張られつつも歩き出す。

「確かに、人の食事にとやかく言う必要無いんだけどね。普通なら」

「……」

「ウェルは大事な宿直要員だから、健康でいてもらわないと」

「…………」

「ウェル?」

 ぴたりと止まった故に、上着の裾を掴んだ手が感じた小さな反動。どうしたのかと振り返ると、ウェルは何故か片手でグシャグシャと髪をかき混ぜていた。

「ノミでもいた?」

「いない!」

「頭かゆいんじゃ」

「違う。……関係無いから気にするな」

「いやいや、ノミは関係あるって」

「そのネタやめろ!」

「はいはい。わかったよ」

 そんな事を言いつつも、屋台に着いて店の兄さんに注文を通す。

「鶏があるな……。俺は鶏のやつで」

 揚げ立て熱々のフライと甘辛タレがモチモチパンと絶妙な相性で、疲れた身体に熱と元気が補充される。

「美味しい。やっぱ仕事帰りの買い食いって癖になるね」

 最初はいつもの焼いた肉スライスに未練たっぷりだったウェルも、今は口に頬張った鶏パンを幸せそうにモグモグと咀嚼していた。

「確かに美味いな」

「でしょ。油ものはやっぱその場で食べないと」

 とは言え店の前でいつまでも固まっては迷惑なので、少し先にある広場へ向けて歩き出す。

 途中、飲み物や頼まれていたものなどを買って、広場に置かれたテーブルの一つに辿り着く。テーブルと言っても、適当に木箱などが置かれていてイスもないもので、買い食い程度ならこれで十分。

「ほい。飲み物」

「あ、悪いな」

「なんの。ついでだから。……うん、レモン水て爽やか」

 天然水にレモンの絞り汁を数滴垂らしただけのもの。けど、爽やかで飲みやすい。

「あれ? メリー」

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