表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/38

迷宮書館の司書見習い  -5-

 ピカピカになった宿直施設の食堂。樫の木で作られたテーブルと椅子。

 予想していたよりすんなりと終った掃除、やって来た昼食(ランチ)タイム。

 師匠がメルから託されたのは、季節の果実たっぷりなマフィン達だった。

「んー! 美味しいっ。やっぱりメルの作るものって美少女が作ってる事も相まって激ウマですねゲヘヘ」

「後半は自分の心の中にだけ留めておけ」

「だって美味しいから仕方無いですよ。彼女が美少女なのも事実だし」

 そう言いながらレーズンと胡桃(クルミ)のマフィンをたいらげ、オレンジピールのマフィンへと手を伸ばす。

「メーラ達も食べない?」

「私達は本来食物を摂取しませんので。でも、お気遣いありがとうございます」

 やんわりとパロマが断る。

「そっか。……ウェル、もう少しゆっくり食べないと」

「!」

「ほらね」

 マフィンを喉に詰まらせてじたばたもがくウェルに、お茶の入ったマグカップを渡す。

「でも、本当にすぐ終わりましたね」

 月一で清掃を入れている事もあってか、ほとんど軽く埃を叩くだけで済んだ。一番時間を取られたのはむしろ新しいシーツとか当面の生活用品買い出しである。

「良い業者だろう」

「最高です。私も泊まろうかな」

 職員としてごく当たり前の発言だったつもりだが、師匠から返ってきた声は予想外に硬かった。

「駄目だ」

 声音に違和感を感じて師匠を見れば、その顔も同じくらい硬く眉根を寄せている。

「何の為に宿直要員を雇うと思う。お前は絶対泊まるな」

「師匠?」

 強い口調に、マフィンに夢中だったウェルですら目をパチパチさせて驚く。その視線に師匠は我に返ったようで、視線を逸らした。

「すまない。少しきつかった」

「いえ、とりあえず泊まらないようにします」

「ああ。そうしろ」

 微妙に硬い空気が漂うと、ウェルが居心地悪そうに辺りを見る。

「あのさ」

「何だ?」

「寝泊まりするのがそんなに重要なのか?」

「まぁ、書籍は値が張るものもあるから、防犯として」

「……そこの物騒な奴が居ればそれ、事足りるんじゃ」

「ひっどーい! 俺達は物騒なんかじゃないよ」

 ウェルの言葉にメーラが頬を膨らませる。

「いや、ウェルはそう思っても仕方無い」

主人(マスター)!」

「蹴倒されて絞殺されそうになればやむ無しと思う」

「それについてだが、お前、どんな解釈を物語に持っているんだ」

「どういう意味ですか? 師匠」

 気を取り直し、ルイボスのお茶を飲みながら師匠がじとりとこちらを見てくる。

「少なくとも、今までこんな物騒な『白雪姫』は、お前の以外見たことがない」

「むぅ! 酷いよ主人の師匠さん」

 抗議の声を上げるメーラと師匠を、ウェルが何が何だかわからないと言う顔で見ていた。

(ああ、説明後回しにしてたよね。そういえば)

「ウェル、物語化身(イマジンアバター)って知ってる?」

「知らない。何だそれ」

 かい摘まんで簡単に説明すると、ウェルはもう一度メーラをまじまじと見詰める。

「本……なのか?」

 信じられなくても無理はないけれど、実際に目の前にメーラ達はいる。騙してないか? と半信半疑のウェルに首を横に振って見せた。

「正確には物語の化身」

「その物語に対する解釈や思いが具現化した存在だ」

「自分の物語なら(そらん)じてあげるよ!」

「他の方に関する物語は、語ることが出来ませんが」

 最後にパロマが口にした事が引っ掛かる。

「他の物語が?」

「はい。知っていても自分のもとになっている物語以外、私達は語ることが出来ません」

「それと、外に出てる時の本体にも触れないよ主人」

 メーラが後ろから抱き着いて頭に(あご)を乗せてきた。

 サラリと艶のある紫紅髪が肩に滑り落ちる。

「外に出てる時の本体?」

「私達は物語の化身。その本体は御主人様達が創り出した書籍です。……自分で言うのも恥ずかしいですが、私達を小動物と思って下さい。書籍は飼育箱(ケージ)です」

「ああ。なる」

 持ち運びたかったら、箱に入れろ。同じ小動物同士では相性やら何やらで運べなくても、どちらかが箱に入っていればそれも関係無く運べる、と。

「ふふふ、俺は主人だけなら小動物って思われても良いよー? その代わり、すんごく可愛がって欲しいな」

 無邪気なメーラの言葉にウェルが反射的に突っ込みを入れた。

「こんな物騒な小動物いてたまるか」

 ちょっと唇を尖らせ、メーラは拗ねたように返す。

「ワンコ、煩い。絞めちゃうぞ」

「誰がワンコだっ」

「すぐ噛み付いてくる所がワンコでしょ」

「そのくらいにしておけ。そろそろ休憩は終わりだ」

 師匠が溜め息をつきながら呆れた顔でメーラ達にそう言った。

「……パロマ」

「はい。いかが致しました? 御主人様」

「セレーヤの姿がさっきから見えないんだけど、何かあった?」

「ああ。セレは少し人見知りなので……。ですが御主人様が」

「マスター、呼んだ?」

 ひょこりとセレーヤが部屋の扉を開けて顔を覗かせる。

「御主人様が呼べばすぐに」

「なるほど」

 ご覧の通り、とパロマが微笑み、セレーヤはそのまま静かに流れるような足取りで部屋へ入ってくる。

「姿が見えなかったから、どうしたのかなって思ってね」

「マスターが、心配してくれたの? 嬉しい。……でも、心配掛けてごめんなさい」

「良いよ。気にしないで」

 嬉しさと申し訳なさが混ざった結果、恥じらうように頬を染める様が破壊力抜群なセレーヤと話しているのを、じっと見ていたウェルがやや緊張した声音で問い掛けてきた。

「なあ。こいつもアレか? まさか他にもまだ居るのか」

「ワンコにアレとか言われたくないんだけど。主人、やっぱりコレ絞めちゃいたい」

「ダーメ。メーラだって今コレとか言ったでしょ。ウェル、セレーヤだよ。私の物語化身は今のところこの三人だけ」

 いつの間にか、セレーヤはパロマの背に隠れ、その後ろから窺うように顔を出している。

「マスター。今のところ、お客さん来てないよ」

 どうやら、誰も居ない間に利用者や来客がないか見ていてくれたらしい。

「ありがとう。セレーヤ」

 パロマの後ろに半分隠れながらも、セレーヤは仄かに頬を染めて嬉しそうに頷いた。

「一旦、表に戻る。残りの業務説明があるからな」

「はーい。じゃ、片付けしないと」

「御主人様、ここは私が片付けますので、行ってください」

「いや、でも」

 食べてない人に片付けさせるのはちと気が引ける。

「ふふ。大丈夫ですよ。セレがお留守番をしてくれたのですから、後片付けは私がやります」

「主人、パロマは家事好きだから大丈夫」

「マスター、行こう? パロマに、任せてあげて」

 いつの間にかパロマの後ろから抜け出てセレーヤが側に来ていた。

「……わかった。じゃあ、パロマよろしく」

「はい。お任せ下さい」

「ウェル?」

「食器の位置覚えたい。後からいく」

「了解」

 宿直棟の食堂から再び大広間(エントランス)へ戻ると、貸し出しカウンターの前で、一足先に戻っていた師匠が中央図書館の紋章が箔押しされた木箱を小脇に抱え、佇んでいるのが見える。

「師匠?」

「ああ……」

 声を掛けると師匠が振り返った。

 その顔は相変わらず良い目の保養、美形そのものだけど、いつにない影を帯びている。

「どうしました?」

「何が」

「……。いえ、気のせいですね」

(気のせいな訳ないけど、言わないな。コレ)

 明らかにおかしいのに、言わない。なら、これ以上聞いてもこの人は言う事はないだろう。

(前からそうですからね)

 今更変わらない。変わるとしても急には無理だ。

 かくして師匠にそれ以上の突っ込みを入れるなんて無駄な事はせず、ただ次の言葉を待つ。

「分館司書の役割は、ほとんど一般のそれと変わらない」

「……」

「唯一つ。大きく、圧倒的に違う業務が存在する」

 硬い表情と声音が、感情を押し込めている。そんな雰囲気で、師匠は続ける。

「具現化した物語化身達と、各地の分館下に広がっている迷宮を調査する事だ」

 図書館の下には迷宮が埋まっている。

 死体じゃないだけマシだろうか。

「調査ですか」

「驚かないな」

「そりゃ、良く聞いた怪談話ですから」

「怪談話……」

 深刻そうだった師匠の顔が違った意味で苦くなる。

「図書館の下には大昔に迷宮ごと魔物が封じられた、って。司書課程取ってる学生なら皆聞いた事あると思いますが。師匠の時はありませんでした?」

「あったが……。普通、信じるか?」

「メーラ達見た後ですよ?」

 魔法があるなら、他があっても驚かない。

「私が、信じないと思いますか?」

「……いや。そうだな」

「そうですよ」

「お前自体が悪夢みたいなものだしな……」

「そんな。誉めすぎですよ師匠」

「一度医者に行け」

 そんな事を言っている内にウェル達が戻ってくる。

 一応、怪談話についてウェル達にも師匠が話すと、メーラ達は特に驚いた様子もなかった。が。

「…………」

「ウェル、もしかして」

「ち、違う。違うからな」

 いやいやいや、どうみても顔色青くなってる。

「苦手か?」

「大丈夫だ。別に怪談話なんて」

「わ!」

「っ!」

「こら、メーラ」

 ウェルの背後から忍び寄り、驚き息を詰めたウェルを見て、メーラがクスクスと笑う。

「このっ」

「あはは! やーい、ワンコの弱虫」

「コロス」

 んべ、と舌を見せてから楽しそうに逃げ回るメーラと、それを追うウェル。

「完全に遊ばれてるよ。ウェル」

「創造者にそっくりだな」

「人聞きの悪い。私は人で遊んだりしませんよー」

「悪い。耳が遠くなった。もう一度言ってくれ」

「やだ、師匠目の次は耳」

「も・う・一・度・言ってみろ」

「あはははー」

 そんな師弟の心暖まるふれあいを行った後、そろそろ止めるかとウェル達を見る。

「ぐっ……ちょこまかと」

「うっわ。ウェル、大丈夫?」

「問題無い。余裕……」

「いやいや見るからにダウンだよ?」

 勝ち誇った顔で笑うメーラと、その手前でうつ伏せになって力尽きているウェル。おちょくられるだけおちょくられた者の末路はやはり哀れだ。

「ほい。手貸すよ」

 せめて床から起き上がる手助けをと差し出した手。それをウェルはじっと見つめた。

「なに?」

「いや。……大丈夫だ。自分で立てる」

 ウェルが立ち上がるのを見計らい、師匠はカウンターの上に木箱を置いて蓋を開ける。

 滑らかな光沢を放つ真紅の布に守られるように収まっていたのは、丁度手のひらと同じくらいの大きさをした、黒曜石のように黒い二つの板だった。

「迷宮を調査するにあたり、分館司書と物語化身はコレを持つ決まりになってる」

「ほう」

「紛失するなよ。ある程度、衝撃にも耐えられるが、丁寧に扱え。壊すな。壊したら給与から修理代引くからな」

「はーい」

「使い方だが、手にとってみろ」

 箱の中から取り出された黒い板を受け取る。板の片面には白で中央図書館の紋があり、もう片面は何の模様もない。

「側面に押せる部分がある。わかるか?」

「えーと、あ、コレですね」

 指でなぞると、感触の違う部分を見つけ、押してみた。

「わぁお」

 黒一色だった画面が青く染まり発光。次いで目の前に黒く半透明のスクリーンが浮かび上がる。

 青く光る文字がスクリーン中央で『待機中』と表示していた。

「中央の科学庁が作成した最新の通信端末だ。電波や周波数で通信するらしい」

「あー。電話(フォン)も大都市では大分普及してきましたからね」

 科学と名前が付けばもう魔法ではないらしいけれど、実際にはあまり変わらない。

 誰もが出来るわけではないもの、良くわからないものを魔法。

 誰でも簡単に行使できる、ある程度までは理屈のあるものを科学と呼んでいるだけに思える。

(引力とか。そういう力があるってのはわかるけど、何でそんなのがあるのかはわからない。魔法が科学って名前を変えただけ)

 本職からすれば何をと言われそうだが、一般人には科学も魔法も大差無い。特に、こういう技術は。

「L-708?」

 画面下部の隅にあった文字を読むと、それを耳にした師匠はもう一つの端末を取り出してメーラに渡す。

「それがその端末の製造番号だ。こっちは707」

「あ。画面変わった」

 メーラが電源を入れると、画面が『待機中』から『接続中』に変わる。

「対になる端末が電源入ったからな。今のところ、分館の中で対指定の端末とのみ通信出来る。逆に言うと、外や他の端末とは通信出来ない」

「ふむ。『通信可能』になりましたね」

「どちらかが迷宮に入った時点で、勝手に画面が切り替わるそうだ」

「どちらかが?」

「これは絶対の規則だが、司書が迷宮へ行く事は禁止になっている」

「……」

「まぁ。禁止と言うか、入れないようになっているから見たほうが早いな」

 師匠はそう言うと踵を返し、カウンターの中側へ回った。

「ついて来い。ウェルも」

 カウンター横は階段下になっていて、大体は物置として機能する。けれど、師匠が鍵を開けて開いたドアの先に収納物はなく、下へと繋がる階段が姿を見せた。

 石で作られた光の差さない暗闇の階段を降りる。

 ひんやりとした空気が頬や耳を撫でていく。

「ここが入り口だ」

 靴底が到達したのもやはり石畳で出来た床だった。

「もっといかにもダンジョン、てのを想像してたんですが」

 あるいは迷宮! ってのを。

 目の前には、二人並んで降りれる程度の更に下へ続く階段が、部屋のど真ん中にあるだけだ。

「特に何かあるようには……っ!」

「な?」

「ちょっ! 火花飛んだんですが!」

 青白い火花が踏み出した靴先で炸裂(スパーク)した。

「物語化身とか人間以外には反応しないようになってる」

 しれっと言ってくれる。

「無理矢理通ろうとすればこんがり香ばしくなるかもな」

「なりたくありませんて」

 よく見ると迷宮の入り口四隅には黒いビー玉のような半球が埋まっている。少し弄ったくらいでは取れそうにもない。

「にしても、普通は司書が物語化身と一緒に行くもんなんじゃ」

「それはダメだよ主人(マスター)

「中には、オバケが居るから」

 メーラとセレーヤがそう言って、階段へ近付く。

「迷宮は、私達にお任せ下さい」

「パロマ」

 片付けを終えたらしいパロマが一番最後に進み出た。

御主人様(マスター)、ご心配なく。私達は戦えますから」

「戦う?」

「オバケ、居るから。でも、会ったら」

「俺達がバッチリ退治して、調査もきっちりこなすから!」

 うん。訳がわからない。

 前にも同じような感覚を抱いたが、師匠を見る。

「迷宮の中には、紙魚(シミ)がいる」

「紙魚って、本につくあの虫ですか?」

「少し違う。迷宮にいる紙魚は、大部分は実体がない影のようなもの。力も弱くて、迷宮の外に出た途端に消滅するようなものだ」

「それが脅威になるんですか?」

「……紙魚は、司書や化身達に取り憑いて迷宮の深部に連れ去る」

「え」

 ウェルが思わずといった顔で声を溢す。

「ああ、ウェルは大丈夫だ。心配ない」

「何で」

「狙われるのは人間でも司書や作家、そういう人だけだから」

 師匠はそう言って、最後にもう一言付け加えた。

「迷宮書館へようこそ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ