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迷宮書館の司書見習い -37-

 黒い霞の手がこちらに伸びれば、セレーヤが氷鱗で弾き、パロマが風を集めそれを踏み台にして文字どおり、メーラが空を駆け攻撃する。

「アレは何でお前を狙うんだ? 何した」

「喋るなって言ったくせにー。多分だけど紙魚は元々、本が好きな人間を拐いたがるみたいだし、それが理由の大部分じゃないかな」

 そして、細かいところで言うと。

「あと、あの幻想化身は師匠の妹さんのなんだけど、私が自分達の主がいるべき場所に居るのが、許せないのもあるんじゃないかな」

「それは……」

「仕方ないって頭で思うのと、心は別だよ」

 何で。どうして。

 行き場のない感情が体の中で嵐のように吹き荒れる。それは、当然だと思う。

「私だってそうだし」

 自分の大切な人が本来居る場所に、我が物顔でいる馬の骨。しかも自分の大切な人が居た時から比べ、明らかに質の低下した、自分達の大事にしていた場所。まぁ、良くて激おこMAXだろう。

 とはいえ、こちらもその思いのままにフルボッコを食らうわけにはいかない。

「メーラ、そろそろ良い?」

「OKだよ! 主人!」

 メーラのその応えに、ウェルの首に回した腕に力を込めて抱きつく。

「ウェル!」

 合図と共にウェルがとり憑かれた幻想化身の真上を飛び越し、正反対の方向にある壁際に降り立つ。

 とり憑かれた幻想化身がそれを追うのとほぼ同時。

「よいしょ!」

 メーラが腕を大きく引く。

 その手には、五色の組み紐。攻撃の度に張り巡らされていたそれらが、一気に動き、標的の動きに絡みつき縛り上げる。

 そこへセレーヤが作り出した人の顔ほどもある割れないシャボン玉のようなものがくっつき、完全に動きを封じた。

「パロマ!」

 風の足場を駆け上がり、メーラが叫ぶ。メーラの声に頷き、パロマがこちらにやって来る。

 そして、パロマが到着すると同時にメーラは笑顔で赤い果実を、真下のとり憑かれた幻想化身に投下する。

「黄泉路の果実を召し上がれ」

 パロマが視界を遮るように立ち、私達の周囲に風が渦巻いた。



「ふう……。よし! 主人ー! 倒したよー!」

 閃光と爆風、弾け飛んだ床の粉塵が徐々に晴れ、そこには一冊の本を手にしたメーラが立っていた。

「上手くいったようですね」

 メーラの手にした本を見て、パロマは風を解く。

 こちらもウェルの首に回していた腕を解き、ウェルから降りる。

「ウェル、ありがと!」

「ああ」

 流石に人抱えて飛び回るのは骨なのか、ウェルの顔に疲れが滲んでいた。それとも私が重かったか。

「あれ、もう大丈夫なのか?」

「多分」

「大丈夫だよ。マスター」

「セレーヤ」

 メーラの手にした本に警戒するような視線を向けたウェルの呟きに、セレーヤが答える。

「もう……具現化する力、無いから」

「私達はギリギリまで生気が減ると、本に戻りますからね」

「でも、死ぬわけじゃ、ないから」

 本体である書物さえ形を留めていれば、修理と生気を与える事で再び具現化する事も出来る。そういう存在なのだと、セレーヤとパロマは言った。

「今回は紙魚の侵食が深く、具現化出来なくなるまで弱らせるしかなかったので仕方ありません」

「うん。そうだね……」

 パロマの言葉に、頷く。紙魚の侵食は本に戻った時点で全て消えるらしく、後で修繕すれば問題ない。

 とはいえ。

(元から嫌われてるから、正気に戻っても襲われるかもしんないけどね)

「よし。じゃあ行こっか」

 皆で頷き合い、階段へと一歩踏み出したその時。

「ん? っ!」

「主人!」

 卵がひび割れるかのような微かな音。それは瞬く間に大きくなり、そして床が揺れ、あっと思ったときにはもう身体が宙に浮いていた。

(あー……)

 何かを考える暇もない。崩壊する床と共に私達は底へ底へと、落ちていく。

「おい」

「主人……」

 一瞬か、それともそれなりに時間が経ったのか。意識を失っていた時間はわからない。けれど、ウェルとメーラの声に意識が呼び起こされ、重い瞼をゆっくり開く。

「全員死んだとかいう……?」

「大丈夫だな」

「死んでないよ主人!」

 心配そうに覗き込んでいた人間の方のウェルの顔が、物凄く呆れた表情に変わる。

 ゆっくり身体を起こし辺りを見回す。パロマとセレーヤも、すぐ側で心配そうにこちらを見ていたが、起き上がったのを見てホッと安堵したのか胸を撫で下ろした。

「これ良く死ななかったね」

 ふと上を見る。ぶち抜けたのは一階分だけなのだが、どうやらその下、つまり今いる所まで吹き抜けのようになっていたらしい。二・三階分の高さはありそうだ。高さとしては大したことがないが、下手すると瓦礫で死ぬ可能性が高かったと思う。

「ふ。これも日頃の」

「心配の必要ないな。上に戻る階段探すぞ」

「ちょっとワンコ! 主人の言葉遮らないでよ!」

 メーラとウェルのやり取りに生きてる実感を覚えつつも、再び周囲を見回す。

 吹き抜けの広間には六つの通路があり、どれもが同じに見える。

(あ……)

 そのうちの一つ。通路の先に、ひらりと白く翻るものを見た。

「おい! どこ行く気だ」

「幽霊追いかけてくる」

「待て」

 待てと言われて待っていたら見失う。白いものが見えた通路へ踏み込み、誘われるように奥へ。

 幾つもの角を曲がり、その奥で青白く輝きが壁に映るのを見つけた。

 少しだけ慎重に、そこへ向かう。

 そして、光の出ている角を覗く。

「あ……」

「これ、何だよ……あれ、人か……?」

 巨大な部屋一面の氷の中に、女の子がいた。

 白金の髪に白い肌。白いワンピースを身に纏い、瞳を閉じている女の子。師匠の、妹さん。

「普通の氷じゃなさそうだね」

「おい、不用意に触るなよ!」

 ペタと触れると氷の表面が虹色に一瞬光る。光は数字や文字になり、まるで生き物のようにざわめいた後、氷の表面で意味のある文章になった。

 ――――パスワードで氷壁(ひょうへき)の解除を行います

 ――――パスワードをどうぞ

「パスワード……」

 ゆらゆらと光る虹色の文字。それが『早く』と言うように揺らめいた。

(ずっと、待ってた)

 そう。この氷の中で。ずっと、願っていた事は――――。

「"見つけた"よ」

 言葉を口にした瞬間、目の前で、光が溢れた。

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