迷宮書館の司書見習い -35-
端末はメーラ達に追従していて、こちらを映していないし声もここなら届かないだろう事を確認する。
「ウェル、秘密だよ?」
内緒話をしよう。何も出来ないのに、それを望んだ愚か者の話を。
「三年前、師匠の妹さんと師匠は喧嘩をした。原因は毎年兄妹で過ごしていた月祭に、妹さんはこの迷宮の調査って仕事が入って、師匠は代わりに別の……友人とお祭りに行こうとしたこと。それが元で妹心のわからない師匠と師匠が大好きな妹さんで大喧嘩」
売り言葉に買い言葉。喧嘩そのままに、師匠は妹さんに言ってしまったらしい。
「もう二度と顔もみたくない。妹さんも同じような事を言ったんだって」
それを悔やんでいると、あんな事を言ったから、本当になったんだと。三年。ずっと師匠は思い続けている。
「それをね、無かったことにしたいんだ」
本当はそれ自体を無かったことにしたい。時計の針を巻き戻して、無かったことにできるなら。そう願って、でもそれは土台無理な話。
無理な事を願っているだけの時間は無駄だ。
「無かったことには出来なくても、見つけて取り戻すことは不可能じゃない」
不可能じゃないなら、私に出来る全てで。
「どんな手を使っても、取り戻す。そう決めたから、この機会は逃したくないんだよ」
師匠が迷宮に行けないのは知っていた。だって行けるならそれこそ毎日、見つかるまで帰ってこないはずだ。
それをしない、できないのは、理由があるという事。
(それが結界なんてのは流石にわからなかったけど)
ついでに言えば、行方不明の原因と迷宮に入る司書は幻想化身の主だけというのもなるまでわからなかった。
「あの結界、出るのは出来ても、今度は入れないし」
次は偶然ではなく故意になる。
「次は俺がやってやるから、今回はもう帰らないかって言ったら?」
「うん。却下」
「即答か」
「当たり前だよ、ウェル。ちなみにリューエストでもね」
確かに使えるものは何でも使う。手段は選ばない。
けど。
「友達を故意に巻き込みたいわけないでしょ」
友人の大切にしてる人も同じく。
何を手段とするか。それは間違えちゃいけない。
「メーラ達は、私の願いを知っている。それを叶える為に、手助けする為に応えてくれた。だから力を借りるけど、もしそうじゃなかったら、メーラ達だって巻き込みたくないんだよ」
だってこれは、
「私の、ただのわがままだから」
誰の為でもない。自分の為に、したいこと。
「スピネルさんの為じゃなく?」
「違うよ」
「スピネルさんの妹を助けるのが願いなのに?」
「うん」
これは私の為。
「ウェル、秘密だよ」
私の、願い。
「心の底から笑った顔を、見たいんだ」
あの日、失われたもの。
何をやっても、笑っているけど、笑ってない。
本当の彼の笑顔を、知っている。
「師匠はね、笑うと意外と可愛いんだよ」
ウェルは口をつぐんで、やがて腹の底から吐き出すような深い溜め息をついた。
「おや。呆れた?」
「……いや、そうじゃない」
「?」
「わかった。けどな……」
「おわっ」
何だろうと思っていたら、ウェルがいきなり片手で頭をグシャグシャして来た! 撫でるなんて優しさがない!
「ちょっ、ウェル! 乙女の髪の毛を乱暴にかき混ぜないでくれないかなっ」
抗議すると手は退けるけど、整えるとかそういうアフターケアが皆無だ!
「俺はヤバいと思ったら担いででも、地上に連れ戻すからな」
「いや、一人で逃げてくれれば良いんだけど」
「却下だ。そもそもメーラ達みたいな助長しか周りにいないのがおかしいんだ」
「えー」
「俺は抑止力として、手伝う。だから、行けるとこまで付き合うからな」
白闇の中、人狼の姿でウェルが笑う。
「言ったろ。叶える手伝いしてやるって」
その顔はやっぱり、人間のウェルだった。
さて、通路から次なる目的地を見る。
「やっぱり、あの人をどうにかしないと無理そうだね」
「無理だろうな」
「ちなみに、少し引き返してあっち側の通路まで迂回できると思う?」
「もっと無理だ」
「だよねぇ」
どうしたものか。
「どのみちアレは放置できないし」
メーラ達が激しい攻防を続けている、とり憑かれた幻想化身。
地上にはキャロルも師匠もいるし、紙魚に反応する結界があるから外に出ることはないだろうけど。
「……よし」
「待て。何が良しだ?」
「どうして警戒してるのかな? ウェル」
「するに決まってるだろ。何を考えたか言え」
「私、雇い主なのにー」
「実質はスピネルさんと国からの給与だろ。話を逸らそうとするな。その手には乗らない」
ち。ウェルもなかなか学習する。
「今考えたことも言ってみろ。何かろくでもない悪態つかなかったか?」
「別に悪態なんかついてないよ。舌打ちしただけ」
「悪態だろうそれ」




