迷宮書館の司書見習い -34-
「よろしくお願いします」
パロマがすまなそうな笑顔でそう言って、メーラの援護をしに行った。
「ついていかなくて、平気?」
心配を含んだ声でセレーヤが声を掛けると、リューエストが無言で首を軽く縦に動かす。
「上に着いたらキャロルさんが待ってる。そいつ引き渡せ」
ウェルの言葉に黒狼になったリューエストが頷く。その大きな口を開けて、そっとメルシーの胴を咥え、駆け出した。
あっという間にその姿は迷宮の通路、その先へ。
「あ。スピネルさん達が帰ってくる前に元に戻っておけよ」
駆け出す直前にウェルが思い出したようにそう声を掛けていたのは、果たして聴こえただろうか。
「師匠達、そう言えば一緒じゃないんだ? つか、ウェル。今更だけど、どうやって迷宮入ったの?」
「スピネルさん達は各所に連絡報告相談」
「おやー? 何か遠回しのように見えて結構直接的に非難されてる気がする」
「俺は、事態の報告してすぐ引き返した。それで」
「ちょっとー、ワンコ。無駄話してるなら、もう少し離れてくれるー?」
高い音はダガーが礫を弾く音。メーラが取りこぼせば、パロマが全て拾う。
(訓練の時も見たけど、凄いコンビネーション)
その二人が防戦一方……防御に専念するしかない相手。改めて思うけど、足手まといはさっさと邪魔にならない所に行った方が良い。
「通路入口まで下がる」
「了解」
ウェルと一緒に通路まで下がる。途中飛んで来る礫はどう対処しようかと思っていたけど、セレーヤがついてきてくれた。
礫が飛んで来る度、セレーヤの両手が翳され、顔くらいの大きさの氷の鱗のようなものが浮かび上がる。礫が当たると、それはキラキラ砕けて消えるのだが、礫も落ちている所を見ると強度はなかなかのものらしい。
通路口まで退避したのを見計らい、セレーヤがやや緊張した面持ちでこちらに振り返る。
「マスター、無事?」
「うん。ありがとう、セレーヤ」
「良かった」
言葉と状態に相違無い事を確かめたようで、セレーヤはホッとしたように表情を緩め、けれどすぐにウェルに目を向けた。
「マスターのこと、頼める……?」
「ああ」
ウェルの返事に、セレーヤは小さく微笑むと踵を返し、メーラ達の元へ駆けて行く。
「ここならあれの攻撃も届かなそうだな」
「メーラ達が退けてくれてるおかげで、ね」
気をつけるのは流れ弾でこの通路口を崩される事かな。
「一応聴くが、このまま上に戻る気は?」
「ゴメン。無い」
「ハッ!」
裂帛の声と共にパロマが腕を振るうと、風刃が礫を両断して弾き落とす。その合間に、メーラが距離を詰め、素早く何度もダガーで斬りつける。
そこにセレーヤが加わり、先程は身を護ってくれていた氷鱗が一転して鋭く敵に飛んで切り裂いていく。
ぶっちゃけ出来ることはない。
近付いても足手まといの邪魔になるだけだし、変に指示出す方がメーラ達の動きを鈍らせる。
いっそウェルの言うとおりに上に戻る方がメーラ達にとっても良いのだろうとは、思う。
「で、何がしたい」
「え? 何かするのウェルの」
「ふざけるだけなら問答無用で連れ戻す」
「あ。ゴメン。ふざけてました。だから首根っこ掴まえようとするの止めようか」
ちょっとした場を和ませる冗談だったのだが、ウェルがマジで首根っこ掴んで上に連行しそうな雰囲気だった為、とりあえず壁に背を張り付けて謝ってみた。自主壁ドン。
「…………」
ウェルに物凄い呆れた顔された。
「もう一度聴くぞ。何がしたい」
物凄い呆れた顔したくせに、何でか。
「リューエストの気持ちわかるかも……」
「は?」
何で。
「ねぇ、ウェル。言ったら叶えてくれるの?」
「叶えられるものなら。―――― 叶える手伝いしてやるよ」
仕方なさそうに息をついてから、何でそんなに茜の瞳で優しく笑うんだろう?
「よし。じゃあキリキリ働いてもらおっかな!」
「お前なぁ……。いや、もう良い……。で、何したいんだ?」
「ウェル、あそこにある階段見える?」
「おい、まさか……」
察しが良いようで大変よろしい。
「ぴんぽーん。次の目的地はあそこです」
「次の、って……」
おぉ。ウェルの目が流石にじっとり半眼になった。
「えーとね。最終的な目的は……」
「…………」
無言。無言で先を促された!
回答次第では怒られるパターンだこれ。
(でも、まぁ)
怒られても呆れられても、変わらない。
「見つけること。師匠の、妹さんを」
「スピネルさんの妹……」
「うん」
おや。ウェルのくせに鋭いね。
「いつって何が?」
にっこり笑ってとぼけてみたけど、人狼は鼻が利くらしい。
「いつからそれを狙ってた?」
「狙うなんて人聞きの悪い。人命救助が目的なのにまるで悪者みたいな言い方」
「…………」
あれ? なんか良くあるミステリーの謎解き後に犯人がとる行動ぽくなった。おかしい。
「断っておくけど、今回の件は偶然だからね」
「それは知ってる」
念のために無駄かも知れないと釘を指したら、あっさり肯定して信じられた。
何と言うか、からかいたくなる即答具合。
「へぇ?」
なのでわざとらしくニヤッと笑ってみたけれど。
「計画的だったら、あの薬屋を巻き込まないだろ」
不意打ちだった。
「…………」
仕方なさそうな、呆れたような、そんな顔。文字通り人間の顔じゃないのに、何でかな? それはいつものウェルの顔に見えた。物凄く呆れた顔をするのに、優しい。そんな顔。
「見くびるなよ。それくらいなら、俺だってわかる」
拗ねたように尻尾を揺らして、腕を組んでウェルはそう言うけど、いや、普通わからないと思う。
少なくとも、師匠は疑う。ユート兄さんなら、まあ同じようにわかるかも。ただ、兄さんは兄さんだからで。
普通は、師匠の反応だと思う。リューエストだって同じ反応する自信がある。
「どうした?」
黙ったこちらに、ウェルが不思議そうに聞いてきた。
「……三年」
「は?」
「三年前から、だよ」
迷宮に入ろうと。師匠の妹さんを探して見つけようと思ったのは。




