迷宮書館の司書見習い -33-
12.誰が為に
何も出来ない。
それが一番、許せない。
メーラを目掛けて、杭のような形状の鋭い石礫が飛んで行くのが見えた。
馬鹿な事だって頭ではわかってる。けど、頭と身体は別なんだ。
「おい!」
「マスター!」
リューエストのぎょっとした声。
セレーヤの悲鳴。
二人が追い縋ろうと、引き留めようと手を伸ばしたのは、見なくてもわかったけど、踏み出して飛び出した足も身体も止まらない。
駆けた勢いそのまま飛びつくようにメーラの頭を抱えて、ぎゅっと反射的に目を瞑る。
ゴメン。その言葉はメーラの絶叫に近い声に掻き消えた。
でも、
「この馬鹿!」
襲った衝撃は、石杭の貫く灼熱ではなく。
何かがぶつかるような勢いで私たちを拐った感触だった。
その何かと言えば、今、目の前にいる。
「俺の心臓本気で止める気か!」
「え。何でいんの。ウェル?」
半分狼みたいな見かけのウェルが、あの初対面で人の部屋に不法侵入した時の姿でウェルが、ウェル、が……。
「お前なぁ……」
苦虫大量に噛み潰したような顔で、物凄い溜め息をつきながら、それでも。
「無事で良かった」
どんな姿でも、変わらない。あの優しい茜の瞳を和らげて、ごつっと。額を頭に軽くぶつけてきた。
メーラを抱えた私ごと丸っと抱えたらしい。背中に回ったウェルの腕から、小刻みの振動が伝わってくる。少しずつ落ち着いてくるけど、それは心配をかけた証拠で。
「おぅ……。ちょっと痛かったんだけど、ウェル」
「うるさい。今回はお前が悪い。人の縮んだ寿命の対価だと思え」
「ん? わりとお安いね?」
いや、思わず反射的にそう返していた辺り、自分でも少し呆れたんだけどね。
「……次は無いからな」
案の定、ウェルからも「こいつ……」って感じの視線と雰囲気が伝わってくる。
「主人……」
腕の中から、メーラの声がした。
「あ、メーラ。怪我とか」
「主人の馬鹿ーっ!」
ガバッと顔を上げたメーラの顔は、泣いてぐしゃぐしゃだった。
「何で! 俺なんて庇わなくて良いのに! 俺はまた修理すれば良いけど、主人は、人間は、あんな攻撃受けたらっ」
「あー。ゴメン。ごめんね、メーラ」
「主人の馬鹿あぁぁぁ!」
ひっく、ひっく、としゃくり上げる様子と、ウェルからの無言の責めがマジ痛い。しかも二回言われた。
「うぁ……ゴメン。ほんとゴメン。許して」
泣く子には勝てないと、よく言ったもの。マジ無理。こっちに非があるし。
とは言え、こちらにだって言い分はある。
「メーラがその考え止めてくれるなら、もうしないから」
犠牲になって良い誰かなんて、いない。傷ついて良い誰かも、いない。
少なくとも、私はそう思う。
「幻想化身だからとか、人間だからとか。直せば自分は大丈夫だからとか、そういう考えしないで、何が何でも無事でいる努力をして。そしたら、私もそうするから」
葡萄酒色の涙に濡れた瞳が驚いたみたいに見張られる。それからキュっと唇を引き結んで、メーラは首を縦に振った。
「約束だよ……主人」
「うん。約束」
「って、和んでる場合じゃないだろ! ウェル危ない!」
リューエストの鬼気迫る声が響く。
メーラが今度は私を抱え、ウェルと同時にその場を強く踏んで跳躍する。
「もう~。いい雰囲気だったのに邪魔しないでよ駄犬」
「オレかっ?」
私を抱えたメーラはクスクスと笑う。リューエストをからかう余裕があるなら、多分大丈夫。
「しかし、どうでも良いんだけど何でメーラもウェルもお姫様抱っこをチョイスするかね。もしかして流行ってる?」
笑っていたメーラがピタッと止まる。
「…………主人、その話、詳しく」
「話さんで良い。来るぞ!」
ウェルの声に、飛び退いて飛来した石礫を避けた。
「わぁお。穴空いたね」
迷宮の壁を深く穿つ石礫に、あれに当たってたら終わりだったかもと思うと、やっぱり命って大事だよねと。
うん。ウェルが何か言いたそうな目を向けてくるけど気づかなかった事にしよう。
「御主人様」
気を失っているメルシーを抱えたパロマの元へ、メーラがストっと着地する。メーラが嫌ってわけじゃないのだけど、早々に降ろしてもらい、お姫様抱っこから脱出した。
「パロマ。ありがとう」
その鳩血色の瞳が、泣きそうに歪んでいるのを見ると罪悪感が物凄い。
「ご無事で良かった……」
儚いくらい弱々しい笑みに、これはこれで胸が痛む。
「ご、ごめんね」
「はい」
ちょっとだけ目を丸くしてから、パロマが今度はニッコリ笑ってくれた。
「メルは無事?」
「お身体は怪我などなさそうです。ただ、迷宮と紙魚に憑かれた者の側にいらっしゃったので、空気にあてられているかと。なるべく早く、外にお連れする必要があるかと思います」
「うん。そうだね。……ウェル」
「却下」
「まだ何も言ってないんだけどね?」
聴かずに却下とか酷い。
「聴かなくてもわかる。お前が帰らないなら俺は残る。それより……リューエスト」
「はいぃっ!」
セレーヤと共にこちらに合流しようと向かっていたリューエストが、自分の名を呼ぶウェルの眼光と声が思いのほか鋭かったからか、ビシッと背筋を伸ばし、若干引きつった顔で返事をした。
「外に連れてけ」
「え」
「早く。お前の全速力で行けば、何かに会っても大体はふりきれるだろ」
「全速力って……」
そこまで口にして、何か今度はリューエストが凄く血の気が引いた顔でこっちを見てくる。そう、まるで化け物でも見るような目で。何でだ。
「おまっ、ウェ、ル、なん」
「ゴメン。通訳ぷりーず」
リューエストが何言いたいのか全然わからない。ウェルはそんなリューエストとこちらを見てから、言う。
「こいつは知ってる。それでもこの通りだから、さっさと、やれ」
む。乙女を指差してその言い方は無いんじゃないかな!
「お? ……わぁお」
ウェルの早くしろという言葉に、リューエストは腹をくくったような顔もとい自棄になったような様子で、身を屈め獣のような唸り声を上げる。
そして、いきなり毛が伸びてまるで黒い毛玉のようになったかと思うと、一瞬のうちに人の頭など一噛みで砕けそうな黒狼に変わっていた。
ウェルと違って完全な獣状態で、どこか情けなさそうな色がある金色の瞳だけが、リューエスト感を漂わせている。
何と言うか狼なのにまるで小動物。
「ちょっと! 行くなら早く行ってよ! 抑えてるの大変なんだからね! ワンコ!」
とり憑かれた幻想化身の攻撃を全てダガーで捌きながら、メーラが声を上げる。




