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迷宮書館の司書見習い -31-

11.幕間ノ章 赤き物語はかく語る



 主人(マスター)の願いを叶えること。

 それが、俺達の存在意義。

 生まれた理由。

 たとえ物語(げんてん)は違っても、同じ主人に創られた俺達のそれだけは同じ。

 主人。主人。主人。

 どうしようもなく恋しいのは、雛鳥の刷り込みだと主人は思っているだろうけど、それは違う。

 俺は、主人が好きだから。

 好きな人の願いだから叶えたい。好きな人だから守りたい。

 好きな人に創られた兄弟のような幻想化身達(パロマとセレーヤ)も、主人の次に大事で大好き。

 だからその邪魔をする奴は……。

「大嫌いなんだよね」

 足下で石畳の床が弾け飛ぶ。次々と()ぜるそれがうっとうしい。

 原因は主人の大切な人をこんな場所へ連れてきた、目の前で暴れる幻想化身(イマジンアバター)

 初対面から絶対許さないって思ってた、あの化身。

 紙魚にとり憑かれた幻想化身を、俺達は『成れの果て』って呼んでる。

「主人の事、馬鹿にしといて自分がコレとかほんと」

 自分の主人を守れなくて、取り返そうとして紙魚なんかにとり憑かれて。それだけならまだ馬鹿で済むけど。

「救いようがない真性の大馬鹿」

 馬鹿は嫌い。大馬鹿はもっと嫌い。けど、そんなのでも。

「メーラ!」

 主人(このひと)は助けたがる。

 朝方の暁にじむ薔薇色の空みたいな髪と柔らかな白い肌。今は心配の色が見え隠れしているけど、悠久の時を思うような深い緑の瞳は、いつも諦めず曇らない。

 一目見ただけで、自然と笑みが浮かぶ。そんな存在(ひと)だから。

「大丈夫だよ。主人(マスター)。平気平気」

 ひょいっとウザったくしつこく足下へ飛んで来る石礫の攻撃を避けて見せれば、主人の表情も少しだけホッとしたような色を浮かべる。

「意識がほとんど侵食されているみたいですが、どうします? メーラ」

「決まってるよ。起き上がれないくらいまで、叩き潰す」

 一緒に礫を避けたパロマが隣に並ぶ。その視線が大馬鹿者の背後で倒れている主人の友人に向けられている。

「難しそうですね」

 ざわざわと成れの果ての髪が、それ自体が生きて意思を持っているみたいに蠢いて、主人の友人の身体に絡み付いている。

「女の子の身体に絡み付くとか、いやらしいよねあいつ!」

 自分の主人かそうでないか見分ける自我も残っていない。パロマはきっと同情してるだろうけど、俺としては思いっきり「バーカ!」って言ってやりたくなる。

 自分の主人と同じ髪色でも。自分の主人と同じ瞳の色でも。

 自分の主人じゃない。

 そんな事すらわからなくなったなんて、本当に馬鹿だ。

 人違いして、それでもすがりつくなんて。

(だから、コテンパンにしてあげる)

 紙魚にとり憑かれても、自我をどれだけ侵食されても、俺は主人を間違えない自信だけはある。パロマやセレーヤも、きっと同じ。

 だって、主人と主人の願いが全てだから。

 この世界に生まれようと思ったのは、主人がいたから。

 主人の求めるものを知って、叶えたいと思ったから。

(主人が、好きだから)

 雛鳥の刷り込みなんかじゃない。

 自分の意志で、選んだ。俺の主人。

(主人が望む、結末を、あげたい)

 ――――もう一度、笑ってほしい

 ――――大切な親友がもう一度、心の底から笑ってくれるなら

 ――――その為なら、何だってやってみせる

 ――――絶対に、彼の妹を取り戻す

 成れの果ての主人を助けたいって、主人が望むなら全力で俺はそれを叶える。

 だって俺は……。



「そうして、お妃様は真っ赤に焼けた鉄の靴で死ぬまで踊り続けましたとさ。おしまい」

「…………」

「どったのウェル? 顔色悪いよ?」

 白雪姫を聴き終わったそこには、何とも言えない空気が漂っていた。

(うん。ワンコの顔色が青林檎(あおりんご)だ)

 何となくわかる。現在広く知られている方ではなく、今読み終えたのは原作に近いもの。残酷だなんだと改変がかかる前のもの。童話が子供向けだから残酷じゃないなんて誰が決めたんだろうか。

(残酷って意味も、よく分からないけど)

 顔色青林檎で黙っていたウェルが口を開く。

「これ、本当に子供向けの話か……?」

 予想通りの言葉だった。

「うん。バリバリの童話だよ?」

「六才の子供に美しさで嫉妬して殺そうとする話が……?」

「そうだけど?」

「最後、真っ赤に焼けた鉄の靴で踊り死ぬ話が子供向け?」

「んー。これは私の持論だけど、そもそも童話ってくくりにみんな惑わされ過ぎてるよね。これ童話集の一編なわけだけど、元々はただの口承民話を集めて編纂(へんさん)しただけだし」

 軽く本を閉じる音がする。

「それ抜きにして、童話。(わらべ)に聴かせる話。そこから考えても全然おかしく無いんだけど」

「子供にこんなもん聴かせるのが正しいのか……」

「ウェル、これ聴いたら見知らぬ人や森が怖くならない?」

「子供の時に聴いてたらトラウマもんだろ!」

「だから、それで良いんだよ」

「は?」

 メリーベルはそれで良いのだと頷いた。

「乳母が聴かせる話。子供に危ない事を教える話。だから、怖いなって思ってそれを避けたり、英雄やお姫様に憧れて行動するなら、それで正解なの。まぁ、それだとウェルの言った通り、童話はトラウマ製造工場になりかねないから、一般に広く広める用に今は改変されてるけど」

 言葉を切って、メリーベルはウェル、そしてメーラを見て、微笑んだ。

「でもね、白雪姫は怖いってより、私は一番人間らしい強さの物語だと思ってる。お妃も白雪姫も、他の人も、自分の欲望に忠実だし、……どんな手を使っても望む勝利を勝ち取る信念は、見習いたいよ」

「見習うな。怖いだけだ」

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